5:仲間の怪我は……
夜行性の鳥の魔物が低い声で鳴くなか、シーラは眠れずにいた。
ルピカと一緒にふっわふわの布団にくるまれて、本来であれば幸せなまどろみを体験していてもおかしくはない。朝までぐっすり、眠りたい。
――でも、こんな柔らかい布団は初めてなんだもん!
そう、シーラは慣れない柔らかさに緊張して眠れなかった。
なんとも笑ってしまうけれど、村にはこんな謎のふわふわした寝具は存在しなかった。麻のちょっとごわっとしたものか、綿から作ったつるっとした肌触りのものがほとんどだった。
隣を見ると、ナイトキャップを付けたルピカが気持ちよさそうに寝ている。先ほどまでシーラの足をくすぐっていたため、笑いつかれて心地よく眠れているのだろう。
「気持ちよくて好きではあるんだけど……」
いかんせん、慣れない。
慣れたら幸せだろうから、王都に行ったら絶対ゲットしようと思うシーラだった。
「目が覚める」
むぅ。
目をつぶっても、睡魔がこない。体は疲れているはずなのに、旅立ったことにより高いテンションが維持され興奮しているんだろうということがわかる。
子供みたい……と思うけれど、実際十五歳の女の子だから仕方がない。
こっそり布団を抜け出し、シーラは外の風にあたることにした。
このテントは、リビングの役割を果たしているメインルームのほかに、二つの部屋が存在する。広すぎるよね!? そう驚いたシーラに、ルピカが魔法アイテムだということを教えてくれた。
テント内に存在しているものに関しては、そのまま持ち運びが可能だというから驚きだ。
シーラも旅をするうえでもちろんほしいと思ったが、とても稀少で高級なため伝手がないと入手すらできないのだと聞きがっかりした。
三つある部屋のうち一つは、今までシーラとルピカが寝ていた寝室。
もう一つは聖女マリアの寝室で、今はアルフの治療を行うために使っている。
クラースが寝室は、隣のテントにあるのだという。男女でわけているため、テントを二つ用意しているのだ。
――聖女さん、大丈夫かな?
テントのリビングルームから奥へ続く部屋の入り口を見て、心配になる。
夜ご飯はクラースの持って行ったスープだけだったはずだ。過度の治癒魔法は体に疲れも溜まるし、怪我をしている人もそうだけれど、聖女のことも心配になる。
「……そうだ!」
シーラはリビングに置いていた自分の鞄を覗き込み、水筒と薬草、姉の持たせてくれた金平糖を取り出す。
「薬草はこのままだとちょっと苦いから、お姉ちゃん特製の金平糖と一緒にすりつぶすっと……!」
金平糖を袋に入れ、小さなトンカチでガツンと叩きつける。袋の中で割れたのを確認し、すり鉢に出す。そこに薬草を入れて、二つを擦り合わせる。
かなりの力任せに見えるけれど、これで作るポーションもどきはかなり性能がいい。シーラの密かな自慢ではあるが、実は姉の金平糖にたっぷり薬草やら魔力回復効果がなされているのでそれの恩恵もかなり大きい。
コップに水筒の水――実はエリクサーを注ぎ、その中に混ぜ合わせたものと少量の蜂蜜を加えて混ぜ合わせてできあがりだ。
シーラはこれを、『元気が出る特製水』と呼んでいる。一見するとハイ・エリクサーと同じに見えるが、ハイ・エリクサーの方がずっと手間をかけて作っているため、効果が段違いなのだ。
「これを飲んだら、きっと聖女さんも元気になるはず」
シーラはマリアがいるであろう部屋の前まで行き、声をかける。
「聖女さん、あの、私シーラっていいます。入ってもいいですか?」
ドキドキしながら返事を待つも、中からは何の反応もない。
……おかしいな? シーラが首を傾げ、どうしたのだろうと悩む。そしてすぐに、疲れ果てて聖女まで倒れてしまったのでは!! という結論にたどり着く。
もしそうならば、かなりの非常事態かもしれない。大変だと思い、部屋へ続く入り口の布をめくり中へ入る。
「大丈夫ですか、聖女さんっ!! これを飲めば元気に――って、あれ?」
聖女なんていないぞ?
はたと、シーラの動きがとまる。
「そうか、反応がなかったのは中にいなかったからか……恥ずかしい勘違い!」
熱くなった頬に手を当てて、しゃがみ込む。穴が合ったら入ってしまいたいが、幸い誰にも見られていないのでいいかと軽く考えることにした。
見張り番をしているクラースに聞けば、聖女の居場所もわかるだろう。そう思い出ていこうとすると、小さなうめき声がシーラの耳に届く。
「……うっ」
「え?」
薄暗い室内をよく見てみると、奥のベッドの人が一人寝ていた。
すぐに、怪我をしているアルフだということに気付く。聖女の力を持ってしても、治せないほどの重症だったはずだ。
「確か……魔王にやられた酷い怪我、だよね?」
シーラは魔王に会ったことがないからその強さは知らないけれど、クラースたちの話を聞く限りかなり手強い相手だったのだろうということは簡単に想像できる。
助けてあげたい。しかし、治癒魔法の苦手なシーラにはどうしようもない。持ってきたハイ・エリクサーであれば完治させられるかもしれないが、いかんせん聖女でも治せない重症だ。ハイ・エリクサーも、効果がないかもしれない。
――でも、どれほどの怪我なんだろう?
うめき声が聞こえたということは、口はあるはずだ。
「……失礼します」
聖女やクラースに無許可で入るのは悪いかとも思いつつも、シーラは中へ入りベッドの前まで行く。
そこに横たわっていたのは、十六歳くらいの少年だった。
色素の薄い、黄緑色の柔らかな髪。体は鍛えられているようで、ほっそりとしていながらも筋肉がついていてたくましい。
シーラはじっと、寝ている少年を観察していく。
ぱっと見た感じでは、どこにも異常はない。
「顔は、ある。首も、ある。上半身もあるし……じゃあ足がないのかな?」
シーツをぺらっとめくってみた。
「あれ? 足もちゃんとある」
聖女の力を持ってしても、治すのが難しいほどの大怪我ではなかったのだろうか。
体中にかすり傷があり、頭と胸に包帯が巻かれてはいるけれど……そこまで広範囲ではない。呼吸も自力で行っているため、内臓が潰れている……という可能性も低そうだ。
シーラはもう一度少年を見て、首を傾げる。
「全然重症じゃないじゃん」