15:ヒヒイロカネ
「冷たい――っ!?」
その瞬間、ぶわっと自分の魔力が爆発させられたような感覚。
シーラは慌ててヒヒイロカネから手を離そうとしてみるけれど、なぜか自分の意思で手を離すことが、動かすことができない。
「シルフ、助けて!」
『え、シーラ!? いったいどうしたっていうの!?』
シルフから見たら、シーラは普通にヒヒイロカネを手にしているようにしか見えないのだ。いったい何から助ければいいのか、戸惑う。
シーラもどうしたらいいかわからず、焦りだけが増していく。
冷たいヒヒイロカネの感触が、まるで体全体に広がっていっているようだ。指先が冷たくなって、何かに体を支配されているような、そんな錯覚――いや、もしかしたら錯覚ではなかったかもしれない。
そんなシーラを見て、シルフはヒヒイロカネがなんらかの影響を及ぼしているということに気づき、それをシーラから取り上げようと手を伸ばす。
けれど。
バシン!
シーラの手が、シルフの手を叩きそれを拒んだ。
『シーラ!?』
「…………」
いつの間にそうなってしまったのか、シーラの目は虚ろになってしまっている。綺麗な瞳に光はなく、自分の意思を持っていないように見える。
いくら魔力をふんだんに含んでいるとはいえ、たかが鉱石。シーラが意識を乗っ取られるなんてと、シルフは驚愕する。
どうすればいい?
おそらくヒヒイロカネから手を離させればシーラの意識は戻るのだろうが、それは難しそうだ。
『シーラを傷つけるわけにもいかないし……どうして突然ヒヒイロカネに意識を乗っ取られてるのよ!』
魔法でぶっとばして終わり! であればシルフの得意分野だけれど、そういうわけにもいかない。
――どうしてヒヒイロカネがシーラの体を乗っ取ったの?
その理由がシルフにはわからない。
そもそも、鉱石があれほどの魔力を持つことだって珍しいのに、さらに力を使い人相手に何かをしでかしてくるなんて。
『でも、魔力を持つ鉱石って言ったら……』
一つの可能性を考えるが、それ以上思案させないとでもいうようにシーラの拳がシルフへ向かって繰り出された。
『うわっと!』
すぐに避けて致命的なことにはならなかったけれど、このままマグマの中心で戦い続けるわけにはいかない。
――どうにかして、シーラを気絶させて連れて帰れないかしら?
とりあえず、ここから脱出したい。
けれどこちらを敵として認識しているらしいシーラを攻撃し気絶させるのは、至難の技だ。一対一で行うのは、無理だろう。
『私の眷属を呼んでフルボッコにしちゃう? でも、眷属たちが怪我をしてしまう可能性も高いし』
シルフが悩んでいると、シーラを呼ぶ声が遠くから響いた。
「シーラ、シーラー! どこー!?」
『あれは……赤竜? その背中には、人が乗っているのか』
はるか頭上から振ってきた声は、ピアのものだ。
シャクアにシーラのことを教えられて、泣きながらここまでやってきた。かなり急いでいた上に泣きじゃくったせいで、顔はぐちゃぐちゃだ。
「シーラ、よかった無事で!」
シャクアの背でそういうや否や、ピアは軽やかに飛び降り山頂へ向けて一直線に下りてきた。
「ちょ、ピア様!?」
「おいおい、まじかよ!」
「うわあぁっ」
同じくシャクアの背中に乗っていたルピカ、クラース、アルフが叫ぶ。その後を自分たちも続ければ格好よかったのかもしれないけれど、あいにくルピカたちにそんな芸当はできない。
ピアはシーラのすぐ横、マグマの中央に着地しようとし――顔をしかめる。マグマが魔力を持ち、襲いかかってくることを肌で感じたようだ。
面倒な――そう思いながらも、魔法を使う。
「マグマごときが私の邪魔をできるとは思わないことね! 纏うは風の鎧、貫くための武器は氷の刃、触れるものすべてを凍てつかせる! 【アイシクル・ウィンド】」
驚くことに、ピアは襲いくるマグマを無理やりねじ伏せた。そんなこと不可能だろうと誰もが思うだろうけれど、さすがは魔王の名を冠していただけある。
マグマはピアに触れる前に氷となり、音を立てて砕け散った。
まさに見事という一言だろう。
「シーラ! と、それにシルフも一緒だったのね。……どうかしたの?」
着地したピアは周囲を見回して、ただならぬ雰囲気を感じ取って眉をよせた。シーラは自分が来たのに何も言ってくれないし、シルフも神妙な表情をしている。
長く生きているピアは、シルフとはシーラと出会う以前からの付き合いだ。そんな彼女まで、自分のことを相手にしてくれないなんて……。
「もしかして、私が来たのはやっぱり迷惑だったの!?」
ピアの目に涙が浮かんで、慌ててシルフが反論する。
『違うわよ! ピア、あなたシーラを見ても何も感じないの?』
「え?」
シルフに言われて、ピアは改めてシーラに目を向けた。
ヒヒイロカネを手に持っていて、目が虚ろだ。
「んん?」
いつものシーラじゃないと、ピアは気づく。
同時に、その手に持っているヒヒイロカネがすさまじい魔力を持っていて、シーラになんらかの影響を与えているということも。
「原因は、ヒヒイロカネね? シルフ、何があったの」
『シーラがヒヒイロカネに触れたとたん、こうなったの。原因らしい原因は、思い浮かばないわね』
「そうなの。何かしらね、あれ。私もあんなヒヒイロカネ、初めて見たわ」
ピアは今まで何度かヒヒイロカネを手に入れたことがあったけれど、これほどのものは初めてだ。
今までは人の意思を乗っ取るようなことはなかったし、今の状態が異質であるということは一目でわかる。
『シーラが『助けて』って言ったのに、私は助けられなかった。シーラからヒヒイロカネを離せばいいと思うんだけど、攻撃してくるから難しいと思う』
「なるほどね。確かに、シルフがシーラを攻撃して奪うっていうのはできなさそうね」
シルフの説明に納得して、しかしピアは容赦なくシーラの眼前までいき己の拳をその腹に突き立てた。
「うぐ――っ!」
『ピア!?』
あまりの速さにシーラも避けることができず、ピアの攻撃を食らってしまう。そのままヒヒイロカネが置かれていた岩に激突し、その衝撃で手に持っていたヒヒイロカネが落ちた。
「ふう、ひとまずこれで大丈夫ね」
『だからってピア、乱暴すぎるわよ』
呆れたとでもいうように、シルフは額に手を当ててため息をついた。
すぐにシーラの下へいき外傷はないかなど、確認をする。お腹に少し痣ができた程度だけれど、これくらいならばシーラの自己治癒が働いてすぐに治るだろう。
心配そうにしているシルフとは逆に、ピアは笑って「大丈夫!」と告げる。
「シーラはタフだし、このくらいは平気よ。すぐ目を覚ますわ」
『だといいんだけど……』
岩にぶつかってできた小さな傷はすぐに治り、あとはシーラが目を覚ますのを待てばいい。そう思っていたピアだったけれど、シーラがなかなか目を覚まさないので少しそわそわしてきた。
シーラをじっと見つめて、「まだ起きないの?」と言う。
『私もすぐに目を覚ますと思ったんだけど……』
ピアとシルフは二人で顔を見合わせ、首を傾げる。
そしてその視線は、気絶したままのシーラから地面に転がっているヒヒイロカネへと向けられた。
「とりあえず、シーラをこんな目にあわせたヒヒイロカネは破壊してしまおうかしら?」
ピアが拳に炎を纏わらせいい笑顔でそう告げると、シルフは慌ててそれを止める。
『待ちなさいピア! もしかしたら、精霊が宿ってるかもしれないのよ――!』
「え?」




