4:お肉は大好きです
温かいスープに、焼いた肉。
今日の料理当番はクラースだったようで、男らしい料理が食卓にならんだ。村を出てからずっと歩いていたため、シーラは腹ぺこだ。
クラースが料理を取り分け、シーラはそれを受け取る。美味しそうな香で、とても食欲をそそられる。
「ほらよ、美味いぞ」
「ありがとう!」
しかしシーラがお皿を受け取ってすぐ、ルピカが慌ててそれを止めようとした。
「ああっ! クラース!!」
「ん?」
ルピカの慌てた様子を見て、シーラとクラースはどうしたのかと首を傾げる。すると、「え? いいんですか?」と、逆にルピカが首を傾げ返した。
「いやいや、夕飯に誘っといてシーラにご馳走しないってのは……」
「そうじゃないです!」
お前、育ちがいいくせにそんなみみっちいことを言うのか? と、クラースの顔に書いてあるのが見える。
ルピカは慌てて首を振り、「違います!」と再度否定する。
料理を手に持ったシーラを見て、「お肉です」と告げた。
「シーラさん、お肉は食べられるんですか? その、ベジタリアンでしたら野菜だけとか、お肉以外のものを用意します。遠慮しないで言ってください」
「え?」
「まじか、そうなのか?」
ルピカの言葉に、シーラとクラースは驚き同時に声をあげる。クラースは「悪いことをしたな」と頭をかいて謝罪するが、シーラは訳がわからずきょとんとしたままだ。
「…………?」
――お肉が食べられないなんて、言ってないのに。
どうしてルピカはそんな勘違いをしているんだろうか。
肉が食べられないという事実はないし、むしろ栄養満点なので肉は好きな部類だ。なぜ食べられないかもしれないなんて、そんなことを思ったのだろうか。
すると、ルピカがシーラの隣に移動してきた。クラースに聞こえないように、こっそり耳打ちで理由を教えてくれた。
「シーラさん、エルフでしょう? その、エルフは森と共に生きるゆえに肉を食さない……と、聞いたことがあるんですが……」
「うそっ! 全然、そんなことないよ。みんなお肉大好きだもん」
「そ、そうなんですか!? それはなんというか、大発見です」
「大発見って……」
ルピカの物言いに、思わず苦笑してしまう。
シーラが住んでいた村には、なんの規則もなかった。
お酒を飲んでの宴会もするし、大きな獲物を獲ったらみんなで焼いて食べる。むしろ、シーラの村に肉が嫌いな人は存在しない。
森の恵みに感謝して、いただくのだ。
「なんだ、二人してこそこそと……って、シーラお前、耳長ぇな」
「!!」
「あ、フードかぶるの忘れてた」
今更だが、シーラは下ろしていたフードを被る。
ルピカはせっかくお肉のことをこっそり伝えたのに、すっかり目印である耳を隠させることを忘れてしまっていて項垂れる。
クラースは仲間だし、脳筋だし、バカだし……エルフだとばれることはないだろうけれどと、若干失礼なことも考える。
「なんだ、気にしてたのか? 悪ぃ、言わないからここではあんま気にすんな」
「ありがと」
ルピカの予想した通り、クラースはシーラがエルフだという考えに至らなかった。今では存在しないとまで言われているエルフなので、ぱっと出なくてもまぁ……お察しである。
「とりあえず、俺はマリアにスープ運んでくる。その後はこのまま見張りもするから、二人はゆっくり休めよ」
「ええ。ありがとう、クラース」
スープを持ってテントへ消えるクラースを見送って、シーラとルピカは夕食にありついたのだった。
◇ ◇ ◇
クラースが食事を終えてから、シーラとルピカは休むためにテントへ入る。
遠目からだとわからなかったが、近くで見たテントは細やかな刺繍が施されていた。こんな素敵なテントは初めてで、思わず間近でじっくり観察してしまったほどだ。
中へ入ると、さらに驚く。
「うわ、すごい……見たことないものがいっぱい」
「そう? 好きに見ていいですよ」
予想していたより広い室内に、思わず開いた口がふさがらない。
入ってすぐは靴を脱ぐスペースになっていて、ふわふわのラグが敷いてある。思わずしゃがみ手で撫でて、そのふわふわ具合を確かめる。
その上に置かれているクッションを抱きしめると、とても柔らかい。布が朱色に染められていて、見た目も華やかだ。
「ふわぁ、ふわふわ。村にはこんなふわふわなもの、ないのに。生地も麻だから、結構ごわごわしてるし……」
――こんな素敵なもの、村にはなかった。
シーラの都会への憧れが、いっそう上がっていく。
ぎゅっと抱きしめて、クッションに頬ずりする。
「それに、靴を脱いでっていうのも初めて。家の中でも、靴を脱ぐことはなかったから」
「わたくしたちは戦うことが多いから、休むときは靴を脱いでマッサージして、足を休ませるんです。シーラさん、ここに座ってください」
「?」
ルピカが示したのは、二人掛けのソファ。
クッションを持ったまま腰かけると、頷いたルピカが隅に置いてあったタライを持ってきた。
「タライ?」
「そう。足を入れて……よし、《ウォーター》!」
ルピカが魔法を使い、タライに水――ではなく、お湯をはる。
「うはーっ、気持ちいぃぃ」
村を旅立ち、今日一日ずっと歩きっぱなしだった足が温まってとても気持ちいい。ふにゃりと表情を緩めて、シーラは心地よさに包まれる。
そんな姿を見て笑い、ルピカはシーラの足をゆっくりとマッサージしていく。
「わ、ルピカさん! そんなこと……っ!」
たくさん歩いたので、足は汚れている。慌てて止めようとするが、ルピカは気にせず手を動かしていく。
「大丈夫です。足のマッサージって、気持ちいいでしょう?」
「な、なるほどぉ……ふぉっ!?」
「ちなみに、足にはツボっていうものがあるんです。痛いと、きっと体が悪いんだけど――」
「くすぐったいだけで、痛みはまったくないですね」
痛みはなく、不思議な心地よさとわずかなくすぐったさがシーラを支配するだけだ。
ルピカはグリグリと容赦なくシーラの足裏のツボを押すが、どれもシーラは痛くないらしい。健康的という証拠かもしれないが、めずらしい。
「すごいですね、普通は痛いはずなんですけど……」
ツボを押しても痛くない人なんて、初めて見たとルピカが告げる。
そして同時に、ルピカに湧きあがる少しのいたずら心。
「…………」
「ぴゃっ!? やだ、くすぐった……あはははっ!」
ツボが効かないのであれば、いっそくすぐってしまえ!
そう結論付けたルピカが、こちょこちょとシーラの足裏をくすぐる。ツボは効かなかったけれど、くすぐりは効果絶大だった。
「シーラさん、可愛い」
「やだやだ、駄目、くすぐったすぎて、もう……っ!!」
「ごめんなさい、こんなつもりはなかったんですけど……シーラさんの反応が可愛すぎて」
もっとくすぐりたいです、なんてルピカが容赦のないことを言う。
「駄目、だめぇ……ひゃっ!」
悶えるシーラを見て、ルピカはどんどん楽しくなってくる。思う存分くすぐったときには、二人ともがぐったりとしていた。
「はぁ、はぁ……」
「ごめんなさい、止まらなくて」
「うぅ、いつかルピカさんにもやり返してあげるから!」
シーラは涙目になって、ソファに沈み込んだ。
だってシーラの反応が可愛いからつい楽しくて……とは、ルピカ談。