6:守り神との遭遇
続けて山の中を進んでいくと、徐々に空気が冷えてきた。標高が上がったのだろうか? そう最初は思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
ルピカは腕をさするようにして、ほかのメンバーを見た。
「なんだかこの周辺、空気がおかしくないですか?」
「ちょっと寒くなったきがするね」
シーラが頷くと、アルフとクラースも同じように同意する。
標高以外の原因があるだろうと考えると、守り神に関係している可能性が高い。
「あ、精霊に聞いて見たらいいかも! ハク、おいで!」
『はーい、呼んだ?』
「この山に守り神がいるみたいなんだけど、居場所が知りたくて。ハクならわかる?」
『守り神〜?』
呼び出されたのは、シーラの杖に宿る風の精霊ハク。
切りそろえられた綺麗な緑色の髪と、深緑の瞳。ずっと魔力が足りず顕現できていなかったけれど、シーラが魔力を与えて呼び出し名前をつけてあげた。
ハクは目を閉じて、気配を張り巡らせて周囲の様子をうかがう。
『なんだか、弱々しい気配がするね。おそらく山の守り神だけど、なんでだろう?』
見つけてくれたらしいが、なぜ守り神がこんな状態になっているのかハクが疑問を抱く。けれど、それはシーラたちも聞かされてはいない。
ルピカがハクへ、自分たちも知らないことを説明する。
「守り神の下へ、わたくしたちを案内していただけますか?」
『いいよ、こっち』
「ありがとうございます」
ハクは軽く頷いて、さらに山の頂上方面へと向かっていく。
「なんだ、最初から精霊に聞いたらよかったのか」
「うっかりしてたね。でもよかった、これで早く魔女の村へ行くことができそうだよ」
「だな」
クラースはやれやれといいながら、「とっとと行こうぜ」とアルフを急かす。苦笑しつつも、アルフも解決に向けて早く進みたいので歩くスピードを早めた。
ハクの後に続いて行くと、山の中腹ほどの場所で横の道へとそれた。
周囲には色とりどりの花が咲いたままで、果物も実っている。それを食べる食べに鳥たちがきていて、ピピピと愛らしい声で鳴く。
最初は木々の多い山だから……程度に考えていた。
野生の動物はたくさんいるだろうと。けれど、ハクの行く先はどんどん動物が増え、シーラたちを警戒しているようにも見える。
「動物がいっぱいいるね」
シーラがハクに話しかけると、軽い頷きが返ってきた。
『守り神が弱っているんだから、そりゃあね。守るために、動物たちが集まってるんだよ』
「へえ、優しいんだね」
『みんな守り神が大事なんだよ。僕ら精霊が、魔力をくれるシーラを好きになるのと似てるかもしれないね。自分たちの住処を守ってくれてる存在は、偉大だよ』
だから別に、この状態は異常でもなんでもない。
むしろ、動物たちに慕われている山の守り神を助けてあげなければとさえ思う。
「相手が凶暴そうではなくて、少しほっとしました」
ハクの話を聞いたルピカが胸をほっと撫で下ろすと、木々の合間から山の岩肌が姿を現した。そこは洞窟になっているようで、近くには美味しそうな木の実がなっている。
どうやら、あそこに守り神がいるようだ。
洞窟の中を覗き込んで見ると、動物が横たわっていた。
体の周囲が光り輝いていて、一目で山の神だろうということがわかる。
「えっと、クマかな?」
「クマ……だな。でも、光ってる」
シーラの問いかけに頷いたのは、クラースだ。
告げた通り、守り神の外見はクマそのものだった。体長は三メートルほどありそうだけれど、今は地面に横たわってしまっている。絶え絶えの呼吸が聞いているだけでとても辛く、一体何があったのかとシーラたちは顔をしかめる。
特に怪我をしているわけではないので、外傷的な問題ではないだろう。
「でも、きっと元気になるよ……《ヒーリング》」
シーラが治癒魔法を使うと、守り神が声をあげて目を開いた。どうやら多少は効果があったようだとほっとする。
――私は村で一番治癒魔法が苦手だったからなぁ。
もしかしたらちゃんと癒してあげられないかもしれないと、不安だったのだ。
「さすがはシーラですね。守り神様も、なんだか元気になっているようです。……会話はできるのでしょうか?」
「ありがとう、ルピカ。私も初めてあったから、どうだろう?」
シーラはしゃがみ込んで、守り神へそっと声をかける。
「私はシーラ。あなたはこの山の守り神?」
『ガゥ……』
言葉を発することはしなかったけれど、シーラの言葉を肯定ととれるように低く唸る。どうやら守り神で間違いなさそうだ。
確かに多少は回復しているみたいだが、完全復活という感じではない。魔女たちが回復できないと言っていたことも頷ける。
「ん~、声に覇気がないね。体の中に怪我をしてるとかってこともないだろうし……」
『シーラ、魔力がないみたい。体が光ってるのは、魔力を放出してるから』
「え、魔力を? なんで?」
ハクの言葉を聞いて、シーラは守り神を見る。
守り神だから光っているのかと思っていたけれど、そうではなかったようだ。確かに注意して見ていると、その光が魔力をおびていることがわかる。
それを守り神が自分の意志で行っているのか、それとも強制的にその状態にさせられてしまっているのか……。
『動物たちを守るためじゃないかな? 植物が枯れて食べ物に困ったら、死んじゃうから。守り神が自分の魔力を使って……せめてこの山だけでもって、守ってるんだ』
「だから魔力がないんだね。でも、それだと根本的に解決するには、呪いを解かないと無理だね」
もしここで守り神の魔力を回復することができたとしても、それをすぐに使ってしまってはどうしようもない。
ルピカはどうしたものかと考えながら、口を開く。
「これだと、魔女の条件を満たすことができませんね……」
呪いを解くために、ピアの情報はどうしても得たい。しかしその条件を達成するためには、ピアの呪いを解く必要がある。
完全に行き詰まりだ。
「んーっと……」
シーラは鞄から一本の瓶を取り出し、それを守り神の元へもっていく。
これは奇跡と称されるほどのポーション、ハイ・エリクサーだ。死んでいなければどんな怪我や失った腕でもたちまち回復してくれる。もちろん、守り神が失っている魔力だって回復するだろう。
応急処置にしかならないかもしれないが、これを飲ませればしばらくは守り神も元気になるかもしれないとシーラは考えたのだ。
そんなシーラを見て、いったい何をするつもりかとルピカが問いかける。
「シーラ、それはなんですか? ポーションのようですけど……」
「ハイ・エリクサーだよ。魔力も回復するから、今の守り神には必要かなと思って」
「エリクサーではなく……? でも、エリクサーだって伝説の回復アイテムなのに……それよりも、上ということですか?」
信じられないと、ルピカの顔に書いてある。
「作るのが大変だから、これを入れて五本しか持ってないんだけどね」
「十分すぎます……」
いったい一本でどれほどの価値がつくのか、予想もできない。
しかもシーラの口ぶりを聞くと、手作りのようだ。以前も魔力の回復する『元気が出る特製水』を作っていたし、すべてにおいて常識を超えてくる。
「ほら、飲んで。私のとっておきだから、元気になるよ」
『グルル……』
シーラはハイ・エリクサーを守り神の口元へと持っていき、ゆっくりと飲ませた。