5:赤竜との遭遇
ドラゴンを見たアルフは、一歩後ずさって自分の口元を押さえる。もし何か言葉を発して、ドラゴンを起こしてしまってはたまらない。
「シー、静か――」
「うわぁ、ドラゴンだっ!」
「ちょ、シーラ!?」
「静かに、静かに、起きちゃうだろう!?」
「馬鹿お前何大声出してるんだ!!」
「むぐぐっ!」
アルフが静かにするよう告げる途中、シーラはお構いなしに声をあげる。
それに慌てたほか三人は、ルピカが焦りアルフが注意しクラースがシーラの口を手でふさぐ。
「ドラゴンを起こしたら大変だから、少し離れましょう」
「そうだね。ゆっくり、ゆっくり――」
ルピカが支持を出して、アルフが一歩下がり――ぱきっという乾いた音が足元からした。お約束というかなんというか、アルフが木の枝を踏んでしまった音だ。
「ご、ごめん……っ」
急いでアルフが謝罪の言葉を口にするが、もう遅い。
巨大なドラゴンからいびきが聞こえなくなり、ゆっくりその瞳が開かれた。そして大きなあくびをひとつして、その息が風のようにシーラたちへとかかる。
「うわっぷ」
思わずシーラが目を閉じてやりすごすが、ルピカたちはそれどころではない。
ドラゴンが目を覚ましたのだ。まともにやりあったら、勝てたとしても被害は出るだろう。山が半壊するかもしれないし、最悪全壊? もしそうなったのであれば、麓にある魔女の村だって壊滅してしまうだろう。
ピアの情報を得るための手掛かりなのだから、そんなことになってはたまったものではない。
けれど、そんなルピカたちとは逆で、シーラは笑顔だ。
「久しぶりだね、シャクア。元気だった?」
『グルォ』
「えっっっ!?」
ドラゴンに手を振るシーラを見て、ルピカたちは驚いて声をあげる。
そういえばドラゴンに知り合いがいるようなことを言っていたけれど、まさか本当だったとは思わなかった……いや、本当だろうとは思っていたが、まさかという気持ちが強い。
ルピカは逃げ腰になりながら、ドラゴンのところへ歩いていったシーラへ小声で話しかける。
「だ、大丈夫なんですか?」
「うん。シャクアはいい子だよ。友達なんだ」
シーラはシャクアと呼んだドラゴンの頭を撫でて、仲良さげにしている。
そしてみんなの方へ向き直り、改めてドラゴンのことを紹介した。
「この子はシャクア。見ての通り赤竜だよ。いつも背中に乗せてくれたんだ」
『まさか、こんなところでシーラに会うとはな。我はシャクア、人間と話をするのは久しぶりだ』
グルオオォォと吼えたシャクアに身をすくませながらも、ルピカたちも挨拶をする。
「まさか、赤竜とこうして話ができるとは思ってもいませんでした。わたくしは、ルピカ・ノルドヴァルです」
「僕はアルフ。一応、勇者をしてます。いやあ、大きいですね……」
「俺はクラースだ」
各々の挨拶に、シャクアが笑う。
『我を見ても逃げ出さない人間か、面白いな。さすがはシーラと共にいるだけある』
「三人ともいい人だよ。いろんなことを、教えてもらったんだ」
お金の使い方だとか、身分があることとか。
世界のはじっこにある村から出てきたシーラには常識がなく、それを丁寧に教えてくれたのがルピカたちだ。
とても感謝しているし、これからも仲良くしていきたい大切――な仲間だ。
シャクアはそんなシーラの様子を見て、安心したように目を細める。
『そうかそうか。よかったな。シーラが楽しそうだと、我も嬉しい』
そして豪快に笑ったあと、シャクアは『そういえば』とシーラに話を振る。
『ピアにはもう会ったのか? シーラに会うのだと、はしゃいでいたぞ』
「え? ピアが?」
『ああ。お前の村に行ったらしいのだが、不在だからと我に乗ってここへやってきたのだ』
「そうだったんだ……でも、ピアには会ってないからどこかですれ違っちゃったのかな?」
『かもしれんな』
久しぶりに聞いた友達の名前を懐かしく思い、同時に会えなかったことに肩を落とす。
けれどそれよりも、今はルピカ、アルフ、クラースの三人がシーラの後ろで頭を抱えていた。シャクアの告げた名前が探し求めていた魔王と同じだったからだ。
シーラたちに聞こえないくらいの声で、ルピカたちはひそひそと話す。
「ピアって、魔王のピアだと思いますか? さすがにシーラの友達だから同名の別人だろうと思うのですが、シーラですし……」
「ドラゴンと友達なんだから、魔王と友達でも不思議じゃないよ。そもそも、ドラゴンと友達っていうことだけでもあり得ないのに」
「絶対に魔王だろ、間違いない」
どうやら三人の意見はシーラの友人が魔王ピアと同一人物であるということで話がまとまった。
そして、この分ならすぐに呪いを解いてもらい事件を解決することができそうだな、と。
『ピアは魔女の村へ滞在すると言っていたから、行ってみるといい』
「あ、そうだった。実は今ね、その魔女の村へ入れてもらうための条件があるんだよ」
『条件?』
シーラが告げると、シャクアは首を傾げるも、その理由を説明するとなるほどと頷いた。
『村に入るだけだというのに、人間というものは面倒なのだな』
「そうだね」
『しかし、この山に守り神がいるのか。我がいると、迷惑がかかるかもしれないな』
「そうなの?」
シャクアが立ち上がって山を見渡し、『ふむ……』と声をもらす。
『我はドラゴンゆえ、日頃から多少の威圧を放っている。守り神が怪我をしているのであれば、あまりよい影響とはいえないだろう』
少し離れた方がいいなと告げて、シャクアはその大きな翼を広げる。
どうやらここから飛び立って、場所を移すようだ。
『我は違う場所へ行こう。今日はシーラに会えて嬉しかったぞ、また会おう』
「うん、またねシャクア」
飛び立つシャクアにシーラは手を振って、別れを惜しむ。
ルピカたちはどうすべきか悩み、頭を下げてシャクアを見送った。正直かなり驚き怯えそうになったけれど、ドラゴンと話ができたことは純粋に嬉しかった。
「でも、シーラがいるとき以外には会いたくないですね」
ルピカは疲れたようにそう言って、苦笑する。
シーラの友達だったからいいようなものの、彼女がこの場にいなければきっとドラゴンに攻撃されていただろう。
肩の力が抜けたルピカたちは、再び守り神を探すため山の中を進むことにした。