1:世界の異変
シーラ、ルピカ、アルフ、クラースの四人は、植物が成長しないという呪いをかけた魔王ピアを捜すための旅に出た。とはいえ、どこにいるのか皆目見当もつかない。
情報を得るためにまず目指す場所は、魔女たちが住む村だ。
草原の中にある街道を走る馬車の中で、シーラはうとうと居眠りをしている。
世界のはじっこの村から旅に出た、まだ15歳の少女だ。
名前をシーラといい、お伽噺の中でしか存在しないと思われていたエルフ。腰まで長い水色の髪に、ピンクがかった青い瞳からは強い意志を感じる。
治癒魔法と精霊魔法を操り、ルピカたち人間を圧倒し聖女と呼ばれるまでになってしまった。
「もうすぐ一泊する村に着くけど、シーラさんはぐっすりだねぇ」
勇者であるアルフが笑い、向かいに座るシーラを見る。その隣にはルピカが、アルフの隣にはクラースが座っている。
それを聞き、ルピカがくすりと笑ってシーラの髪を撫でた。
ルピカ・ノルドヴァル。
蜂蜜色の髪をひと房前で束ね、綺麗な紫色のドレスローブを見に纏っている。このパーティの魔法使いであり、侯爵家の令嬢だ。
「ずっと馬車での移動は疲れますし、景色も同じような草原ですからね」
「ったく、気楽だなぁ」
「気楽なのはクラースの方だろう?」
見ていたクラースがやれやれと息をつくが、アルフがその様子を見て苦笑する。
盗賊のクラース。
茶色の髪に赤色のメッシュという存在感は、とても目立つ。元々盗賊だったのだが、アルフを襲い返り討ちにあった過去を持つ。
一度アルフのパーティから離れたのだが、とある縁があって再び一緒に旅をすることになった。
「まったく。盗賊なんてやめないと、今度は本当に僕が退治しちゃうよ?」
「おーおー、勇者様は怖いな」
「ちゃかさないでよ、まったく」
このパーティのリーダーである、勇者のアルフ。
黄緑色の髪と、オレンジの瞳。優しそうな笑顔を絶やさないが、背中には大きな聖剣を背負っているこの国随一の実力者だ。
アルフは馬車の窓を開けて、外の空気を取り入れる。
それによって、シーラの髪がわずかに揺れた。
「……ん」
「起きました?」
「うん、寝ちゃってたぁ」
ふわああぁと大きくあくびをして、シーラは目を擦る。
「あ、村だ! 今日はあそこに泊まるの?」
「そうですよ。でも、シーラちゃんと眠れますか?」
そんなに昼寝をしては、夜に寝れなくなってしまうのではとルピカが笑う。
シーラが窓の外を見て指をさしたのは、小さな村だ。ここから馬車で二日ほど進んだ場所に、魔女の暮らす村があるのだ。
情報を手に入れるための目的地まで、あと少し。
「大丈夫、ちゃんと寝れるから」
シーラがにぱっと笑い、「早く着かないかな~」と楽しそうに窓の外を見る。
広い草原と、遠くにぼんやり見える高い山脈。壮大な自然はシーラのいた村とそう変わりはしないけれど、ほかに村や街があるという点は大きく違う。
魔女に会うのが今から楽しみだなと、シーラは小さな声で呟くのだった。
◆ ◆ ◆
「ちょっとあんた、畑を見に行っとくれよ」
「そんなこと言われても、行ったところで作物は育ってないよ」
「……そりゃあ、そうかもしれないけど」
シーラたちが小さな村へ辿り着くと、入り口で夫婦が声を荒らげて口論をしていたが、すぐに女性はため息をついて俯いた。
植物が成長を留め、作物が育たないということに気付いたのだ。街で暮らす人よりも、村で農業をしている人の方がその実感は大きい。数日あれば芽が伸びるはずなのに、まったく伸びないのだから。
馬車から降りたシーラたちは、とりあえず宿屋へ向かって歩き始める。
「もうすぐマリアが国庫を開きますが、そう長くは持たないでしょうね……」
「他国へ人が流れるだろうな。それよりも、盗賊に成り下がったらやっかいだぞ」
悔しそうに呟くルピカに、クラースも同意しながら意見を述べる。
自分はあっさり魔王を倒して盗賊に逆戻りしたのに、他人が盗賊になってしまうのはまた違うらしい。それを聞いて、シーラはじっとクラースを見る。
「ん? なんだよ、シーラ」
「いやあ、なんだかんだでクラースさんて面倒見がいいなあって」
「はああぁ!? 全然そんなことないぞ」
「だって、道がわからなかった私に、薬草と交換だけど道を教えてくれたりしたし……」
以前も、自分の子分を役人に突き出されないようクラースがアルフたちのパーティを手伝っているのだとシーラはルピカに聞いていた。
普段は素っ気ない態度を取るけれど、面倒見がいいというか、情に厚いのだなとシーラは思っていたのだ。
シーラの言葉を聞いて、クラースは小さく舌打ちする。
「んなことはもうどうでもいいから、さっさと行くぞ」
クラースは照れたように頭をかきながら、歩くスピードを上げて目に入った宿屋へ入る。
それを見たシーラたちは、思わず全員で顔を見合わせてくすりと笑う。
「なんだかんだで、クラースはいい奴だよ」
出会ってすぐにクラースを倒してしまったアルフだが、パーティメンバーの中では一番仲がいいのだ。
それに、お人よしでなけれ今こうして一緒にいることもないだろう。今のクラースには、以前と違って守らなければいけない子分がいないのだから。
今回の旅に同行したのも、きっとどこかで元気にやっている盗賊時代の仲間たちが困らないよう解決したい……そんな思いも含まれているのかもしれない。
「とりあえず、わたくしたちも宿屋にいきましょう」
「そうだね」
ルピカが「クラースに遅いって言われてしまいます」と言って笑う。アルフもそれに賛同して、シーラたちも宿屋へと入った。
「いらっしゃい。お連れのお客さんだね」
木造の二階建てで、オレンジ色の屋根が特徴だ。
すぐ横には小さな花壇と井戸があり、生活用の水として使っていることがわかる。花のほかに、ちょっとしたハーブなどの香辛料も埋められている。
温かみのある宿屋なのだが、受付をしてくれている女将さんの表情はどこか暗い。
――植物のことで、悩んでるのかな?
まだ解決の糸口すらつかめていないので、シーラは女将さんを励ます言葉がわからない。シーラのせいではないので、申し訳なく思ってしまう。
かといって、できることもない。
女将さんは言い難そうにしながらも、口を開く。
「ちょっと食料があまり仕入れできなくてね。値段が少し高めだけど、大丈夫かい?」
「ああ、かまわねーよ」
「すまないね」
クラースが代表して返事をして、女将さんはほっとする。
肉類はいいのだが、野菜は手に入り難くなっているのだという。おそらく外にある花壇のハーブも、成長を止めて摘むことができなくなっているのだ。
「そういや、魔女の村に行こうと思ってるんだが何か情報はあるか?」
「魔女の村にいくのかい? あんな連中、行くだけ無駄だよ」
「何かあるのか?」
クラースが魔女の村について女将さんに尋ねると、首を振って「やめときな」と言う。
「まーったく何もないさ。野菜が収穫できなくて、何か知恵をと思って訪ねたけど取り次いですらくれなかったね」
「気難しいみたいな話は聞くが、かなりだな」
「行く前にあきらめた方が賢明だよ」
困ったときくらい協力すればいいのにと、女将さんは愚痴をこぼす。
「って、こんな話をお客さんにしても仕方ないね。まあ、行くなら門前払いを覚悟しな。それとも、知り合いでもいるのかい?」
「いや、なんのツテもないな」
「じゃあ、残念だけど無理だろうよ」
女将さんは引き出しから部屋の鍵を取り出して、クラースへ渡す。部屋は、シーラとルピカが同じ部屋で、アルフとクラースは一人部屋だ。
魔女の村への幸先が不安ではあるが、とりあえず行ってみなければどうしようもない。シーラたちは部屋へ行き、ひとまず明日に備えて早めに休むことにした。