32:シルフの力
『少しの間なら、抑えれんよ。ほいっ!』
いつやって来たのか、シーラの後ろにはノームがいた。のほほんとした表情からは、何を考えているのかいまいち読み取ることができない。
ノームが力を使うと、ピタリと天井の崩れが止まった。
「これって……」
シーラはいったいどうなっているのだろうと、首を傾げる。
『建物の材料に土に関するものが使われてっから、少しの間だけ制御ができるん』
「すごい……精霊はこんなこともできてしまうのですね」
ノームの提案を聞いて、ルピカが驚く。
鉱石や宝石などもノームが扱うものなので、この王城にはノームの力となるものが建設時の材料として多く使われているのだ。
そのことにほっとしながら、シーラはいっそシルフに加勢してしまおうかなんて考える。
――レティアをこのままにしておくのは、よくない気がする。
精霊たちを苦しめたレティアを放っておいたら、また同じことをしてしまうだろう。
「ルピカは、先に上へ行って! それで、マリアさんたちに避難してもらって!」
「え!? わたくしだけ戻るなんて、できません! それにマリアたちなら、もう避難しているはずです」
だから大丈夫だとルピカが叫ぶけれど、シーラはそれを否定する。その視線は、ルピカから風を纏うシルフとその眷属たちへ移る。
ウンディーネの力で回復したシルフの眷属たちが、加勢したようだ。風の強さは先ほどよりも勢いをましていて、ノームがいなければここはとっくに崩れ去っているだろう。
「シルフがあれだけ怒ってるのに、ちょっとの避難じゃ駄目! 全力で魔法を使うことはしないだろうけど、このお城くらいなら簡単に全壊すると思う!!」
「ぜ、ぜんかい……っ!?」
「そう! だから、ルピカは先に上へ行ってて」
「……わ、わかりました! でも、シーラもすぐに来てくださいね!? 絶対ですよ!」
「うん!」
本当であればシーラを引きずってでも地上へ連れていきたいが、ルピカは仕方なく一人で出口へと向かう。シーラであれば、この状況でも大丈夫だろうという思いもある。
というか、この状況を引き起こしたのがシーラなのだから……。
「ルピカ、ちゃんと逃げてね~!」
「はい……っ」
ルピカは改めて、エルフってすごい……そう思ったのだった。
シーラはルピカが避難したのを確認してから、まるで悪人のような顔をしているシルフへと目を向けた。その目は完全に血走っている。
レティアをひと思いに倒すことぜずちまちまと傷つけているのがわかる。
はたから見たら、間違いなくシルフが悪人だろう。
――このままシルフにまかせてしまう?
正直、何度も言っているがシーラはレティアがあまり得意ではない。
可能であれば、二度と視界に入れたくないくらいだ。しかしここでレティアがどうなったのかを確認しなければ、今後も精霊たちの心配をしなくてはいけなくなってしまう。それでは駄目だ。
「とりあえず、私もシルフに参戦しとこうかな」
そう考えシーラが火の精霊魔法を使おうとするが――それよりも早く、サラマンダー本人がレティアめがけて炎を放つ。
『業火よ轟け!』
「きゃあああぁぁっ!」
一瞬にして炎がレティアを包み込み、シーラは出ばなをくじかれる。
攻撃を食らったレティアは「熱い」と叫んで、それでも必死に水の魔法を使って自分にまとう炎を消そうとしている。
けれど、たんなる水魔法で精霊であるイフリートの炎を消すことができるわけもなく。
レティアの着ていた衣服は焼けて、白い肌には黒い火傷の痕。許せない相手ではあるけれど、見ていて気持ちのいいものではない。
苦しそうにうめくレティアを見て、なんとあっけないのだろうと思う。
シーラが不快に思いながら顔をしかめると、『わぷーっ』という声とともにパルがレティアとシルフの間に立ちふさがった。
「え、パルちゃん!?」
そういえば、レティアの使い魔だから一緒にいたことを思い出す。けれどパルが出てきたところで、もう手遅れだろう。
レティアは浅い息を繰り返して、パルを見ている。その瞳はもう焦点が合っておらず、本当に視界に捉えることができているのかすら怪しい。
「はっ……はぁっ、く」
『わぷ』
突然飛び込んできたパルに驚きながらも、シルフは風の刃を生み出しレティアに向ける。
『わぷっ!』
『え、うそ……ッ!?』
大声で鳴いたパルの前に、大きな光の壁が現れてレティアを護った。まるで鏡のようにキラキラ光り、風を反射しながら防ぐ。
使い魔だということは知っていたが、何か力があるとは思ってもみなかった。シーラは驚きながら、その様子を見る。
けれど、パルに戦う意思はないらしい。レティアの前に立ち、シルフからの攻撃を必死で防いでいるだけだ。
いっさい攻撃をしないパルに、シルフが苛立ちを覚える。
『ちょっと、どきなさいよ! 私はその女を殺したいのよ!!』
『わぷ!』
シルフがパルに怒鳴るけれど、その場から一歩も動かない。互いに睨み合いながら、隙を伺っていようだ。
双方が睨み合う状態を見て、シーラはどうしたものかと考える。
今はノームが崩壊を食い止めてくれているけれど、あまりここに長居しては天井が崩れてしまう。
悩むシーラの横にやって来たのは、ウンディーネとノームだ。
『なんだかやっかいですわね……シルフは短気ですし、特に今は気が立ちすぎている』
『もう少し穏やかに生きればいいのにのー』
これは止まらないと、二人が頷く。
悟りを開いたように頷きながら、ウンディーネは今から起こることを予告する。
『シルフがとる行動は一つね』
『んだの』
「え、え、え、待ってウンディーネ、ノーム。それってもしかしてもしかしなくても」
シルフの様子から冷静な判断をし、ウンディーネはシーラの周りに水の防御膜を作り上げる。
――あ、やっぱりだ!
嫌な予感ほど当たるものはない。
『大丈夫よ、シーラに怪我はさせないから』
優しく微笑むウンディーネは聖母のようだけれど、話している内容と行っていることは物騒きわまりない。
ウンディーネがわざわざシーラへ守りを授ける理由なんて、一つしかない。
シルフは声を荒らげて、風の力を込める。
『私の前からどかずに結界を張るなら、それごと壊すまでよ! 轟け《暴風》!!』
「――――っ!!」
叫んだ力ある言葉は、先ほどまでとは比べ物にならないほどの風を纏った。
シルフを渦の中心にして、竜巻ができあがる。それはあっという間に大きくなり、広間の壁をえぐって巨大化していく。
容赦なく研究員たちをも巻き込むそれに、シーラはぞっとする。
「あわわわ、あんなの避けきれない!」
『シーラには守りを授けていますから、大丈夫ですよ』
にこりとウンディーネが微笑んだ次の瞬間には、竜巻が一気に膨れ上がり、城も人も飲み込まれ――破壊された。




