31:暴れる精霊たち
精霊を縛る魔方陣を破壊して、ルピカの傷は癒した。精霊も、ルピカも、その両方がシーラの下へと帰ってきた。
装置の中で苦しそうにしていた精霊は、もういない。
これで怖いものなしだ。
『シーラ! ありがとう、助かりました』
『まさか助けてもらえる日がくるなんて……』
ノームの眷属とウンディーネの眷属が現れて、シーラへ礼を述べる。
いつも精霊たちに助けてもらっているのだから、これくらいお安い御用だ。……多少は苦戦したけれど。
「みんなが無事でよかった」
『魔力が少なくてちょっと辛いけど、元気だよ』
「うん」
精霊たちはにこにこしているが、少し元気がない。
それについては心配になるけれど、自然の中へ帰ることができたのだからすぐに回復するだろう。
しかし、魔方陣を壊したことにより――魔王の呪いが発動するということが気がかりだ。
ここで倒した研究員たちは別にいいが、ルピカやマリアたちが困るのは本意ではない。かといって、シーラがそこまで面倒を見る義理もないのだけれど……。
シーラが精霊たちの様子を見ていると、ドゴオォンと大きな音が響く。
「え!?」
驚いてそちらの方を見ると、広間の端。いったい何事かと思えば、そこにいたのは風の下位精霊シルフと火の下位精霊サラマンダーだ。
どうやら、この地で捕らえられていた自分の眷属が解放されたのを察知して駆けつけてきたようだ。両者ともに、その瞳には怒りの色が浮かんでいる。
精霊たちが捕らえられていた装置に魔法をぶち込み、豪快に破壊した。
好戦的な二人の精霊は、あの装置がとても不快だったらしい。次々と風の刃で切り刻み、高温の炎で塵も残さないほどに燃やしている。
辺りは研究員たちの阿鼻叫喚。
逃げようとする人には、容赦なく魔法を食らわせている。シーラがこれ以上何かをする必要がないくらいに、精霊が自分たちで報復をしていた。
『サラマンダーとシルフはまったく……』
呆れたような声が聞こえて振り返ると、シーラの後ろにウンディーネまでもがやってきていた。どうやら、どの下位精霊も捕らえられていた己の眷属が心配だったらしい。
「ウンディーネ! この状態、知ってたの?」
『いいえ。この地に来ることが不可能なのはわかりましたけれど、その原因まではわかっていませんでした。……まさか、こんなことになっているなんて』
心配していたけれど、自分たちにもどうすることができなかったとウンディーネが言う。
助けに行こうとしたこともあったが、この地に顕現するとすぐに力を吸い取られてしまい無理だったのだ。
ウンディーネがあきれたようにシルフたちを見るけれど、止めるつもりは毛頭ないようだ。むしろ、研究員たちが逃げることないようにさり気なく足止めを手伝っている。
『あの二人が報復するのであれば、私は癒しを与えましょう』
ウンディーネは癒しの歌で、魔力がなくぐったりしている精霊たちに自らの魔力を少しずつ分け与えて回復促進を行う。
次第に元気になっていくたくさんの精霊たちを見て、シーラはほっと胸を撫でおろした。
眼前で繰り広げられるシルフとサラマンダーによる惨劇を見たルピカは、精霊を怒らせてはいけないのだと……心にとめる。
「精霊、すごいです……」
震えながら、広間が破壊されていくのを見つめるしかできない。
精霊たちが閉じ込められていた装置を一つ残らず壊したところで、天井が崩れ始めた。うっかりしていたが、ここは地上ではなく――地下なのだ。
このまま天井が崩れてしまっては、生き埋めになってしまう。
すぐにシーラがその状況を把握して、茫然と精霊たちを見ているルピカへと走り寄ってその腕を掴む。
「いけない、ここから出ないと! ルピカ、立てる?」
「は、はいっ!」
精霊たちならば問題はないが、人間であるシーラとルピカは死んでしまう。
「早くしないと埋められちゃう!」
脱出するため階段に向かおうとすると、牢屋に続く階段から研究員の男が歩いてくるのが見えた。シーラに精霊たちのことと魔方陣を教えてくれた元研究員の男だ。
すぐに広間を見回して、飛びれるのではないかというほど大きく目を見開いた。
「こ、これはいった――うわああぁぁぁっ」
しかし、顔を出すなりすぐシルフが風の刃を男に向かって繰り出す。
研究員である男は非戦闘員だ、あっさりとそれを食らってその場に崩れ落ちる。さらに、その上からは崩れかけた天井の破片が落下してきた。
それを見たシーラは、慌てて風の魔法を使う。
「あぁっ、《ウィンド》!」
『シーラ!?』
生み出された強風が天井の破片を風圧で吹き飛ばすと、シルフがどうして助けたのだとシーラに詰め寄ってくる。
研究員は死ねばいいと思っているらしく、シルフの怒りは上がる一方だ。
けれど、あの人がいなければ精霊をちゃんと助けることができたか怪しかったのも事実。
「あの人が、シルフたちの解放の仕方を教えてくれたんだよ!」
尻餅をついている元研究員の男を指さして、シーラは教えてもらった情報がいかに重要なものだったのかをシルフに伝える。
もし魔法陣の破壊という方法をしらず装置だけを壊していたら、捕らえられていた精霊たちが無事生きていたのかもわからないのだから。
必死に説明すると、怒っていたシルフは次第にその表情をゆるめていく。
『え、そうなの? でも、研究員でしょ?』
「あ、うん、そうだけど……苦しくなったから辞めたんだって」
『なら、一回だけは見逃してあげてもいいわ』
次はないと、シルフが崩れてくる天井を見る。
どうやら自力で逃げる分には見逃すが、シーラが二回助けることは許してくれないらしい。
確かに、今は牢屋に囚われていたけれど、長年精霊たちを研究対象にしていた人間だということは変わらない。
シーラもそれでいいと、シルフの意見に頷いた。
「あ、でもルピカは私の友達だから駄目だよ! いい人だから」
『わかった。その人はここにいた人じゃないから、別にいいよ!』
あくまでも精霊を捕らえていた研究員たちに対して怒っているので、関わっていない人間にまで何かをするつもりはないのだとシルフは告げる。
『あとは――そこっ!』
「きゃっ!」
「! レティアさん……」
シルフが見据えた先にいたのは、ちょうど逃げようとしていたレティアだった。風の刃で切りつけられて、レティアが転ぶ。
『あの気配、嫌な感じ! あいつは絶対に許さないわ』
シルフは自身の周りに風の渦を作り出して、天井からパラパラと落ちてくる瓦礫を操る。そしてそのまま、それを容赦なく研究員たちへ目掛けぶつけていく。
どんどん悲惨になっている広間を見て、本格的に逃げないと生き埋めになってしまうと焦る。
「シーラ! わたくしたちは、先に脱出をしないと……!!」
早くと声を荒らげ、今度はルピカがシーラの腕を掴む。このままでは生き埋めになってしまうが、シルフとレティアの様子が気になってしまう。
「でも、気になって……」
ぎりっと唇を噛みしめ、首を振る。
かといって、脱出しなければ……おそらく、この地下だけでなく王城もこの上階部分は崩れてしまうだろう。
そうなると、生き埋め回避が難しい。
どうしようか悩んでいると、後ろからなまりのある独特な声がした。