29:どちらを選びますかぁ?
なんなく牢屋を壊し、シーラは深呼吸をする。これから広間の魔法陣を破壊し、精霊たちを助け出すのだ。
「お嬢ちゃん、それ……精霊魔法か!?」
「…………」
牢屋に囚われていた男が大きく目を見開いてシーラを見る。
精霊の研究所にいたのだから、精霊魔法の詠唱も知っているのは当たり前なのだが――装置に閉じ込めた精霊から力を奪うことなく、シーラが簡単に使って見せたことに驚愕したのだ。
「まさか、こんなお伽噺のような光景をみることになるとは……」
そしてよく見れば、シーラが身に着けている装飾品が精霊の召喚石だということに気付く。けれど、あんなにも綺麗な輝きをしているものは、召喚石の欠片でも男は見たことがなかった。
通常の精霊石は、レティアが所持していたようにくすんでいるものが多い。それが通常であり、使うことができないものだと研究者の間では言われていた。
「まさか、こんなにも研究者の常識を覆されるなんて……」
男は恐怖を感じるが、それよりも歓喜の方が上回る。抜け出そうと思っていたけれど、研究者という本質だけは違うことができないようだ。
牢屋を立ち去るシーラの後ろ姿を見て、呼び止めようとして――しかし怒りに震えるシーラを見てそれ以上言葉を発することができなかった。
あっという間に牢屋を抜け出したシーラは、さくっと見張りも精霊魔法で倒す。驚きに目を見開いていたが、そんなのはシーラの知ったことではない。
でも、なんの気がかりもないわけではない。
――精霊は助けたいけど、植物が枯れるのは嫌だ。
それだえはどうにかして解決できないだろうかと思うけれど、シーラには植物を成長させるようなことはできない。
もっと自分に力があれば、何か解決できたかもしれないけれど……。
「魔王の呪いって、どうやったら解けるんだろう?」
人にかけられた呪いであれば、シーラの治癒魔法で解呪することもできるだろう。でも、大地なんて広範囲では、どのように対処すればいいかわからない。
実際に呪いをかけた魔王に聞けたらいいのだろうけれど、まだ会うことができるのだろうか? ルピカたちが倒した魔王よりも何代か前だと男が言っていたから、死んでいる可能性は高いように思う。
「とりあえず、精霊たちを助けてから考えよう」
困るのは、精霊たちを縛り付けている人間だ。というか、もともと精霊たちは悪くないのだから、利用されるいわれはない。
牢屋があった場所から階段を登り、先ほどの広間をこっそり覗き見る。
シーラが牢屋を壊して抜け出したことは誰も気づいていない。
誰も抜け出せるとは思っていないのだろう。現に、捕らえていた研究員の男は今まで抜け出すことができなかったのだから。
しかし、シーラはその限りではない。
こんな牢屋を抜け出すくらい、わけないのだ。
研究員たちは、先ほどシーラの捕らえられた騒ぎなんてまるでなかったかのように作業を続行していた。
変わらず精霊たちが苦しそうにしている姿を見て、唇を噛みしめる。
けれど、今は精霊を助け出す方法がわかっている。
「あの精霊が捕まってる装置を壊さなくてよかった……」
それに関してだけは、胸をなでおろして元研究員の男に感謝する。装置を壊し、逆に精霊たちを苦しめてしまってはどうしようもない。
どうやって助け出そうか? ――なんて、悩みはしない。
シーラはバッと広間飛び出した。
精霊魔法をぶち込んで、魔法陣を壊す。
やることはいたってシンプルなので、綿密な作戦は必要ない。力任せにすればいい。
「なっ!? さっき捕まえて牢に入れた子供!?」
「どうして牢から出てるんだ!?」
「誰かあの娘を捕まえろ!!」
研究員たちの慌てる声を聞きながら、シーラは装置に捉えられた精霊たちを見る。すぐに助けてあげるからねと心の中で呟いて、精霊魔法を使う体勢に入る。
が……精霊たちの力を借りるために詠唱を唱えようとして――シーラは大きく目を見開いた。
「ルピカ!?」
「あぁ、こんなところでシーラ様に出会えるなんて、わたくしとっても嬉しくてよ?」
シーラが広間にたどり着いた通路から、ルピカを羽交い絞めにするようにして連れたレティアが姿を現した。
その表情は煌々としていて、シーラに出会えたことを心から喜んでいる。
ぞくりとした寒気が、シーラの背中に走る。
広間にいた研究員たちがざわめき、端による。その合間をレティアは堂々と歩き、シーラの下まで来た。
「レティア様だ……」
「あれは公爵家のルピカ様? まさか、公爵家にこの研究施設がばれたのか……?」
こそこそと話す研究員たちの声に、ルピカの家は精霊に無関係だということがわかる。
「んぐ……っうぅ」
レティアの拘束から抜け出そうともがくルピカが、逆に喉を強く抑えられて苦しそうに声をあげる。
それを余裕でやってのけるレティアは、どうやら体術も嗜んでいるようだ。
「ルピカ! ルピカを離して!!」
「それはできない相談ですね?」
シーラが叫ぶけれど、ルピカは自分のことは気にするなというように首を振る。けれど、シーラにルピカを見捨てて魔法陣を壊すという選択肢はない。
見ず知らずの人間であればわからなかったけれど、ルピカはシーラと一番仲の良い人間だ。出会ってから今までとても親切にしてくれ、これからも一緒にいたい。
そう思っているのに、何をしでかすかわからないレティアに攻撃なんてできるはずがない。
「シーラ様ってば、よくばりですねぇ? 精霊も、ルピカ様も、両方がほしいなんて。それに比べて、わたくしは精霊かシーラさんのどちらかでいいのに」
「――っ!?」
両方なんていう欲張りは駄目だと、レティアは笑う。
けれど、「でも、そうね」と口元に指をあてる。
「いいえ? わたくしは、シーラさんをもらえるのであれば精霊を開放してもいいかしら?」
だから選びましょう? そうレティアが微笑んだ。