22:レティアとのお茶会
「シーラ様はずいぶん遠くのご出身なんですね」
「うーん、王都みたいにあまり人はいなかったですね」
『わぷっ』
レティアの研究棟で、紅茶を飲みながら二人と一匹で雑談をする。
研究棟の前に来たときは、さすがにまずかったかと冷や汗を流したシーラだったけれど、今のところレティアに不審な動きはないのでほっとする。
話す内容は、シーラの故郷のことや、レティアがしてくれる王都の話。流行のお洒落だったり、人気のお店を教えてもらった。
これで、シーラの行きたい場所が増えた。
にこにこ嬉しそうにしていると、レティアがくすくす笑う。
「なんだか、シーラ様は見ていて飽きませんね」
「え? そうですか?」
「わたくしは研究員ですが、貴族です。王都での人間関係は、面倒なものが多いですから」
「あー……」
レティアの言葉を聞き、確かにそうだとシーラは思う。真っ先に浮かんだのは、別に好きではない女性と婚約させられてしまったアルフのことだ。
もしもこれがシーラだったら、おそらく怒り狂い精霊魔法を全力でぶっ放したことだろう。
「ここへ来たばかりだというのに、もう思い当たることがあるのでしょう? ほうら、貴族ってとても厄介なのよ?」
「あ、あはは……」
そんなことないと言えないので、シーラは渇いた笑いを返すしかない。
「でも、それがわかっているというのに、シーラ様は無防備すぎではなくて?」
「え?」
「王女殿下に、わたくしには近づくなと……言われませんでした?」
「!」
マリアたちは、確かにシーラにレティアに近づくなと口をすっぱくして伝えてきた。わざわざレティア自らが忠告してくるのだから、よほどシーラが無防備に見えたのだろう。
「それに、すっごく素直。シーラ様、考えていることが表情から全部わかってしまいますよ?」
可愛いからいいけれどと、レティアが笑う。
「あ、美味しいシフォンケーキがあったのだったわ。すぐに用意するから、ぜひ食べて? パーティーでも、食事ばかりでデザートはあまり食べられなかったでしょう?」
『わぷっ』
「ええと、ありがとうございます……?」
――帰るタイミング逃がした!?
シーラは慌てるが、もう遅い。
レティアはシーラに帰る間を与えないように、ケーキを用意する。――と、そこで、研究棟の扉からノックの音が響いた。
「あら、不躾ね」
「お客さんですか? 私はこれで失礼しますからっ」
「わたくしはシーラ様と一緒にいたいのだから、気にしないで頂戴。すぐに追い返し――!」
シーラを優先すると告げたレティアだったけれど、無許可で開かれた扉を見てため息をつく。
そこにいたのは、不機嫌をあらわにしたルピカだった。シーラがパーティー会場にいないことに気付き、探しに来てくれたのだ。
「やっぱり! あなたがシーラを連れていったのね!」
「そんな人さらいみたいな言い方、失礼ではなくて? 来てしまったのだから仕方がない、シフォンケーキを用意したから、一緒に食べましょう」
怒るルピカとは打って変わり、レティアは仕方がないから一緒にケーキを食べようと言う。ここでシーラを連れて帰られてしまうよりはいいという判断だ。
けれど、ルピカは大きくため息をついてから首を振る。
「わたくしがそれを了承するはずがありません。シーラ、パーティー会場に戻りましょう」
「う、うん……」
ルピカがシーラの下まで来て、帰りましょうと手を伸ばす。シーラはそれに頷くが、レティアがそれを許そうとしない。
「あら、まだお話の途中ですのに。シーラ様だって、精霊のことを聞きたいでしょう?」
「っ!」
まだ本題を話していないのに、もったいない。
そう微笑むレティアに、ルピカは唇を噛みしめる。このままここにいれば、有力な情報を得られると思ったからだ。帰るべきか、留まるべきか悩む。
レティアは、まだ十代半ばと若いが、この研究に関しては知識が豊富にあり地位も用意されている。あまりぞんざいに扱うと、王都での情報収集への支障をきたす可能性もある。
ルピカは思案してから、ため息をついてソファ……シーラの隣へ腰かけた。
「か、帰らなくていいの?」
「いいです。その精霊の話を、聞きましょう」
こっそりルピカに耳打ちをすると、不機嫌な返事。シーラは苦笑しつつも、精霊の話を聞きたいという部分は同意なので自分もソファへ座り直した。
レティが新しい紅茶とシフォンケーキを用意し、どうぞと進める。
「でも、祝賀パーティーの主役が抜けてしまっていいんですか?」
「問題ありません。アルフとマリアがいれば十分ですから」
もしかしたら、今はアルフと第二王女の婚約発表にでもなっているかもしれない。
「そうですか……」
ふうんと、興味がなさそうにレティアが返す。彼女の今の興味はシーラに注がれているため、正直パーティーがどうなっていようが関係ないのだ。
ルピカとレティアの間にピリピリした空気が流れたが、シーラの間の抜けたような声で一蹴されてしまった。
「ふああぁ、このシフォンケーキ美味しい~!」
ほっぺたに手を当て、舌鼓する。
「パルも食べる?」
『わぷー』
美味しいねとにこにこしているシーラとパルを見て、ルピカとレティアが笑う。
「シーラは本当にパルに懐かれていますね……」
「わたくし以外には、懐いたことがないのですけれどね。きっと、シーラ様はパルにとって特別なのでしょう」
「そう? あ、でも……小さい頃から動物とかに懐かれたよ」
村の近くにいたフェンリルたちを思い出し、一緒に水浴びをしたり、かけっこをしたことをルピカたちに話す。
「楽しそうですね。パルが懐くのも納得です」
いつかシーラの村に行ってみたいとルピカが告げると、シーラはそれを笑顔で了承する。精霊もたくさんいるので、ぜひ会いに来てほしい。
「……っと、話がそれてしまいました。レティア様、精霊について教えてくれるんですよね?」
「ええ、もちろん。といっても、この国で精霊に出会うことは無理ですよ?」
そう告げたあと、レティアはシーラに目を向ける。
「召喚で呼び出したのなら、話は別ですけれど」
「!!」
シーラが持っていた杖の召喚石を見て、レティアはそう判断したのだろう。けれど、ルピカとしてはあまりこちらの手の内を明かしたくはない。
「レティア様も、精霊を召喚できるのですか?」
「――いいえ。わたくしはできませんわ。だって、この国には精霊を召喚する環境がありませんもの。強大な魔力があれば、無理やり召喚することはできるでしょうけれど」
紅茶を飲み、レティアはにこりと微笑む。
「シーラ様のように、わたくしの魔力が潤沢でしたらよかったのに」
「え……?」
レティアが目を細めて、シーラを見る。まるで獲物に狙いを定めた鷹のようで、ぞくりとしたものが背中を走る。
ルピカが慌ててシーラを庇うよう前に出た。
「!! レティア様、あなた何を――っ!?」
「ルピカ!?」
しかし、その言葉を言い切ることなくシーラの膝の上に倒れ込んでしまう。
シーラは慌てて呼びかけるが、ルピカの反応はない。幸いなことは、脈も正常で、体に異変がないということだろうか。
すぐに治癒魔法をかけた方がいい。そう思ったシーラだが、ルピカが倒れたというよりも、寝ているだけだということに気付く。
そして、向かいのソファに座っていたレティアが口を開いた。
「やっぱり、シーラ様には薬が効かないのですね?」