20:ご飯を食べる決意
「その研究結果を確認したいから、資料を提出してちょうだい」
「精霊がそんなに気になりますか……? ふふ、でもわたくし……精霊もそうですけれど、今はシーラ様の方が興味深いですわ」
「私っ!?」
突然レティアに指名され、シーラはびくっと体を縮ませる。
上品に微笑んではいるけれど、何を考えているのかわからないレティアはなんとなく怖い。
「ええと、私はいたって普通なんですけど」
特に興味をそそるようなことはありませんと、首を振る。
「レティア、シーラにちょっかいをかけないでちょうだい」
すぐにマリアが助け舟を出すが、レティアは気にしない様子でシーラを見つめる。
「その杖についているもの、召喚石の欠片でしょう? とっても綺麗に輝いている。ねえ、あなたはいったい何者なの?」
「――っ!」
シーラの杖に付いているものを、いとも簡単に召喚石の欠片だとレティアは言い当てた。研究者という名は伊達ではないようだ。
「その杖を持つシーラ様になら、とっておきの情報を教えてあげてもよくてよ?」
「あら、じゃあさっさとその情報を教えなさい」
おろおろするシーラに、早く情報をよこせというマリア。レティアは笑いながらマリアの言葉を交わし、楽しそうにしている。
「殿下はせっかちすぎではなくて?」
「レティア」
厳しい声で名前を呼ばれ、レティアは「仕方がないですねぇ」と、降参するように両手を上げる。
「シーラ様になら教えてあげます。夜、わたくしのところへいらして? そうしたら、シーラ様の望むようにいたしますから」
「私が、ですか?」
「ええ。だってわたしく、殿下にお話するようなことはありませんし……ああ、もしわたくしが気に障ったら、不敬だと追放いただいてもよろしくてよ? そうしたら、殿下のほしい情報は得られなくなるでしょうけれど……」
「……この、変人レティア」
「誉め言葉として受け取っておきますわね」
こうなってしまっては、どうあがいてもレティアから情報を得ることは無理だろうとマリアは判断する。これだから変人は嫌なのだと、悪態をつく。
マリアは席を立ち、「そろそろ行きましょうか」とシーラたちに声をかける。
「あら、もう帰られるの?」
「夜には祝賀パーティーですもの。レティアも参加するのでしょう?」
「本日でしたっけ? そうね、シーラ様がいるならぜひ」
レティアの言葉は聞かなかったことにして、シーラは立ち上がる。それを見てルピカとアルフもすぐに席を立ったので、内心でとてもほっとする。
ここはなんだか、とても居心地が悪い。
「玄関までお送りするわ」
レティアが応接室の扉を開けたので、全員で外へ向かう。シーラが横を通り過ぎたとき、「また夜に」と言われてしまい逃げ出したくなる。
――というか。なんでこの人、こんなに私に執着してるの!?
怯えるも、レティアが何か情報を知っていることは明白だ。シーラはどうにかして話を聞きだしたいと考えるが……一人でレティアの下を訪れるのも何か嫌だ。
どうしようと悩んでいるうちに、夜――祝賀パーティーの時間になってしまった。
シーラに用意されたゲストルーム。
そこには、準備をしたルピカ、マリア、アルフの姿もある。シーラとルピカが隣同士に座り、向かいにはマリアが一人で座る。アルフは、横におかれた一人用のソファに座った。
祝賀パーティー用にドレスアップしたマリアは、とてもイライラしていた。原因は言わずもがな、先ほどのレティアの態度だ。
「わたくしを何だとおもっているのかしら」
「レティア様は変わっていますからね……。でも、精霊の存在を肯定したのは、大きな進歩だと思いますよ」
マリアをなだめるように、ルピカが話をする。
先ほどのレティアの口ぶりを考えると、間違いなくこの国は精霊が存在するとういうことを把握しているのだ。ただ、それがどのような形であるのかがわからない。
「あんなにすんなりと話したのだから、精霊を助けるために奮闘していると考えるのが普通ですが……どうでしょう」
「レティアだから、何を考えているかまったくわからないわ」
精霊の研究棟……国を味方だと捉えていいのか。それとも、敵だと認識すべきなのか。今は情報が少なすぎるため、わからない。
「王女であるわたくしが知らないのだから、国の上層部でも一握りの人間しか知らないはずよ」
もう少し詳しく調べたいところだが、尻尾を掴むのが大変そうだとマリアがため息をつく。幸いなのは、シーラがレティアに好かれている……ということくらいだろうか。
「シーラ、間違っても一人でレティアについて行っては駄目よ? まったく、何をしてくるかわかったものではないわ」
「えっ! う、うんっ!」
マリアの注意に、シーラが慌てて頷く。
「シーラは素直ですし、ころっとレティアに騙されてしまいそうで心配です」
「確かに……」
ルピカの言葉に、マリアとアルフが同意した。シーラとしてはそんなことないよと反論したいのだが、あいにく村には誰かをを騙すような人はいなかった。
――なんていうか、都会って怖い。
「でも、わたくしもルピカも挨拶があるし、シーラの相手をするのは難しいわ。アルフは妹がべったりはりつきそうだし……クラースに見ていてもらうか、ご飯を食べているしかないわね」
「ご馳走! 大人しく食べてる」
さすがに、精霊の一件から手を引いているクラースに何か頼むのは申し訳ない。シーラは大人しくすみっこでご飯を食べて、パーティーが終わるのを待とうと考えた。