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エリクサーの泉の水を飲んで育った村人  作者: ぷにちゃん
第一章 世界のはじっこからの旅立ち
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1:世界のはじっこから旅立ちました!

 地平線の見える小高い丘、柔らかな新緑の草原。

 足元には小川が流れていて、それを辿った先には大きな森。空は雲一つない快晴で、楽しそうに小鳥が飛んでいる。


 ぽかぽかと温かい日差しを受けて、ぐっと伸びをする。


「んっふふー! やぁっと旅に出れた!! みんな心配しすぎだよ~」


 何かから解放されたかのように叫ぶその顔は晴れやかで、どこか誇らしげだ。この小柄な少女が世界の端にある村から旅立ち、もう一時間が経とうとしている。

 鼻歌交じりに草原を歩き、目指す先は夢にまで見た大都会だ。


 彼女の名前は、シーラ。

 水色から白色のグラデーションになった、ふわりとしたロングヘアー。その合間から覗く、長い耳。光の加減によって薄いピンクにも見える青色の瞳は大きく可愛らしい。

 オフホワイトのフードが付いた薄手の外套は、サイドに付いたピンク色のリボンを後ろに回して結んでいる。大きな肩さげの鞄は、留め具に村の兄弟たちがお守りだと作ってくれたフェンリルの人形。一五二センチの彼女には、結構な大荷物だろう。

 まだ一五歳という幼さだが、内に秘めた信念は誰よりも強い。

 都会での生活に憧れ、村を出るという奔放さも併せ持つ。


「大きな街に行くには、あの森を抜けないといけないんだよね」


 ルンルン気分で草原を歩いていたシーラだが、ピタリと立ち止まる。問題はここからだ。

 小川をたどった平和な草原の先にあるのは、薄暗い『常夜の森』と呼ばれる暗い森。

 太陽の光は十分届いているはずなのに、じめじめしていて苔が生えている。稀少な植物も多いけれど、それに比例して人食い植物など危険な植物も少なくはない。

 もちろん、強い魔物も生息している。

 シーラも多少の戦闘経験はあるが、村で一番弱いためかなり不安だ。単体であればどうにか倒せるし、よっぽどのことがなければ逃げることはできるが……囲まれてしまったら辛い。


 ――まぁ、なんとかなるか!


「臆病だから怖いと思うだけで、私も結構強いと思うし!!」


 ポジティブなのは、シーラの元々の性格だ。

 確かに恐ろしい森かもしれないが、進んでみなければ始まらない。

 もし予想より森を抜けるのが大変そうであれば、仲の良い精霊に頼んで助けてもらえばいいのだ。どうにでもなると、自分に言い聞かせる。


「よっし、頑張って――ん?」


 いざ、森へ突入だ!

 そう思った矢先、森の入り口にでろでろんになり、今にも死にそうなスライムがいた。おそらく、強い魔物か何かにやられてしまったのだろう。


「うわっ、大変だ!!」


 シーラは慌ててスライムの下へと駆け寄り、まだ息があることを確認してほっと息をつく。


「でも、誰がスライムなんて害のない魔物を……弱い者いじめ?」


 こてんと首を傾げるが、今はそれどころではないとハッとする。

 水色のうにょんとしているスライムの前にしゃがみ込んで、シーラは手のひらをかざして治癒魔法を使う。


「《ヒーリング》」


 温かな光が対象を包み込み、みるみるうちにスライムは回復して元気になった。

 その姿にほっとして、「気を付けるんだよ」とスライムを草原の方に逃がしてあげる。もしかしたら、森の中に攻撃してきた危険な魔物がいるかもしれない。


「でもあのスライム、気持ち大きくない?」


 ぽよぽよしながら草原へ消えたスライムを見て、首を傾げる。

 いつも自分が目にしていたスライムは、もう少し小さかったような気がしたのだ。もちろん、スライムだって個別の個体だから個人差はある。


「まぁいいか、スライムだって全部同じ大きさっていうわけでもないし」


 きっちり同じサイズだったら、逆に怖い。

 さて。スライム助けといういいこともしたし――いざ、魔の森へ突入だ!


「っと、その前に……」


 外套についているフードを被る。


「よしっ、これで大丈夫」


 これだけは何があっても忘れてはいけない必需品だ。なぜならば、森の中には虫が多いからだ。もしも木の上から落ちてきようものならば、たまったものではない。



 シーラが『常夜の森』に足を踏み込むと、一瞬でぞわりとした嫌な気配に襲われる。

 間違いなく、草原にいる魔物とは段違いに強い存在が支配しているのだろう。うわぁ、大丈夫かな、魔物の集団出ないよね? なんて考えが脳裏に浮かぶ。

「いや、私だってこの森の魔物を倒したことあるし! 大丈夫!!」

 怖い怖いとは思っているが、シーラの村とこの森は案外近いのだ。もちろん、ここへ来たのだって初めてではない。

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、森の中を進む。


 それからしばらく歩いていくと、やたらと木の根が地上に飛び出しているエリアに入った。太い根に苔が生えているため、滑りやすくてたまったものではない。


「うぉっと!?」


 慎重に歩いていたつもりのシーラだったが、うっかり根の部分を踏んでずるりと前のめりに滑ってしまった。咄嗟に手を付き、地面に倒れ込むことだけは回避する。


「いたたた……」


 地面に手を着いて体を庇ったため、手のひらにかすり傷ができてしまった。

 けれど、そんなものがシーラの体に存在するのなんて瞬き一回分にも相当しないほど一瞬だ。

すぐ何事もなかったかのように、手のひらにできた傷は痕も残さず消えてしまう。

 シーラの体は、飲料水だと勘違いして飲んでいたエリクサーのおかげで自己治癒能力がとても高い。そのため、ちょっとした怪我であれば一瞬で治癒してしまうのだ。


「注意して歩いてたのになぁ……」


 そのため、シーラは自分が怪我をしたことよりも転んでしまったことにへこむ。


「いや、弱気になったら駄目だよね!」


 ここで意地をみせねば女が廃る。

 シーラはすぐに立ち上がって、再び森を抜けるために歩き出そうと一歩を踏み出す。


「ようし、とりあえず楽しいことを考えながら進んで――」


 ガサガサっ!


「うひゃうっ!? 何!? 魔物!? 敵!?」


 突然、進もうと思っていた進行方向の草が揺れて変な声が出てしまった。ついでに肩も盛大に跳ねて、動揺がシーラの体全体に現れている。


 ――大丈夫、怖くない!!


 魔物だってちゃんと倒せるはずだし、逃げ足はかなり有望だ。

 キッと茂みを睨みつけ、いつでも魔法を撃てるように手を前に突き出していたのだが――現れたのは、腕に怪我をした男だった。

 二人ともが、互いを警戒していたのだろう。

 しばしぽかんと言葉を失ってから、口を開いた。


「え、人間……?」

「なんでこんなところに……」


 思うところは、同じだったらしい。


 現れた男は、赤いメッシュが入ったツーブロックの短髪。

 鍛えられた体は望ましいと思うけれど――最初に目に入った腕以外も、どこもかしこも、傷だらけだった。装備はところどころ痛んでいて、何か大きな戦闘をしたことを匂わせる。

 年齢は二十代後半くらいで、背もシーラと比べるとずっと高い。


「だ、誰……?」


 ――あ、怪しいっ!


 魔物じゃなくて安心したけれど、この人間が悪い奴だと状況は悪化する。強い魔物が生息する森を一人で歩けるのだから、魔物単体よりは強いのだろう。

 シーラが怯えていると判断したのか、男は手に持っていた短剣を腰にの鞘に戻す。攻撃しないという意味を込めて両手を上げて、「争う気はない」と告げた。


「俺はクラース。怪しいもんじゃねぇ。……薬草が必要で、探してたんだよ」

「え、薬草?」

「仲間が怪我をしちまってな、動けないんだ」

「!」


 クラースの言葉を聞き、シーラは素直に大変だと思った。自己治癒で回復しないほどの傷は、放っておいたら死に繋がってしまうからだ。

 考え込むシーラを訝しんだのか、クラースは疑問を口にする。


「ここら辺に街や村はなかったはずだが……お前さんは?」

「私はシーラ。村を出て、都会に行こうと旅を始めたばかりなの」


 ついさっき。


「シーラ、ね。……こんな場所で?」


 通り道になるような場所じゃないぞとクラースが言うが、余計なお世話だ。村なんてないのは知っているから、嘘をつくなということだろうか。

 とはいえ、本当に仲間が重症ならば悠長に話をしている場合でもないだろう。


 ――薬草、持ってるんだよね。


 しかも村で育てた、とびきり上質の薬草だ。

 都会に行ったら何かと交換してもらおうと思っていたので、数もそれなりにある。

 加えて、調合して作ったハイ・エリクサーも五本。これはどんな重症な傷も、腕がちぎれても、死んでさえいなければすべてを復元してくれる奇跡のポーションだ。

 薬草をあげてもいいけれど、先立つものがこれしかないためタダであげるのも憚られる。

 そもそも、その仲間にシーラが治癒魔法を使うこともできる。それであれば、薬草を消費する必要もない。よほどひどい怪我でなければ、治せる可能性は高い。


「仲間に治癒魔法を使える人はいないの?」

「いや、いる。この世界で一番の腕前とされる、とびきりの治癒魔法使いが」

「え、そうなの? すごい……」


 クラースの言葉を聞き、シーラは素直に驚いた。

 この世界で一番の治癒魔法使いは、いったいどれほどのものなのだろう。なくなってしまった体の部位や臓器はもちろん、死後一週間程度ならば蘇生も可能なのではないだろうか。


 ――世の中にはすごい人がいるもんだ。


 しかしそれだと、シーラごときの治癒魔法では役に立たないだろう。

 おそらく、治癒魔法の回復量の促進などを補助するために薬草を必要としているはずだ。シーラの持つ上質な薬草ならば、きっと役に立つ。


 ――私の治癒魔法で助けてあげられたらよかったんだけど……。


 残念なことに、シーラの治癒魔法の腕前は……そんなによくはないのだ。村のみんなは切り落とされた腕も繋げるけれど、シーラはせめて皮一枚で繋がっていなければ治せない。

 自分の傷は別だけれど、どうにもシーラは治癒魔法があまり得意ではなかった。


 ――だから、みんな旅に出るのを反対したんだよね。


 シーラ自身が弱いわけではないが、ほかの村人が圧倒的に強いため自分の存在が霞んでしまうのだ。

 とにもかくにも、今は怪我をしてしまったらしい仲間と薬草をどうするのかが先決だろう。

 どうしたものかと考え、すぐに閃く。


「ねぇ」

「ん?」

「薬草なら持ってる。あげてもいいけど、そのかわり……都会までの道を教えてくれない?」

「…………やっぱり迷子か」

「違う」


 断じて。


 シーラの村には、地図がなかった。

 一〇〇年に一人程度の割合で、森を抜けた旅人が偶然辿り着くような村だ。その人たちから得た情報で、森を抜けた先に大きな街があるということを知ることができたから今がある。


 だから決して、迷ったわけではないのだ。

 なぜなら、元々道を知らなかったのだから……。

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