17:王都の謁見
今からこの国で一番偉い人と会うのだけれど、シーラはドレス姿が落ち着かない。変に緊張をして、何かおかしなことを口走らないように気を付けようと心で思う。
――村のおばば様と会うのとは、訳が違うよね?
シーラが今まで見た中で一番大きな建物、王城。
その頂にいる人間は、いったいどのような人物なのだろうか。優しい人ならいいのだけどと、シーラは一人ごちた。
さっきまでへにゃりと笑っていたのに、どこか緊張しているシーラを見てルピカは苦笑する。可愛らしい顔が、緊張でかちこちだ。そこもまた可愛いけれど、それではシーラが可哀想だ。
どうにかして緊張をほぐそうと、ルピカが口を開く。
「シーラ、特に何もしなくて――」
「おやおや、これは魔王を討伐されたルピカ様ではございませんか!」
「――っ!」
ルピカがシーラに話しかけようとした矢先、割って入るよう言葉をかけられムッとする。
「え、誰?」
「このようなところで何をしているのですか……宰相殿」
一緒にいたシーラは、突然のことにきょとんとしながら話しかけてきた人物を見る。ルピカはシーラを庇うように前に立つと、嫌みを含めて言葉を返す。
彼はヘルトリート・ムカレティッツと言い、宰相の地位を預かっている人物だ。
口ひげを伸ばし、リボンで結ぶのがお洒落だと思っている下っ腹の出た五十代の男性。宰相としてこの国を支えているが、ルピカにしてみれば邪魔な親父でしかない。
公爵という地位があるため、話しかけられたら相手をしないわけにはいかない。権力があり、厄介だと嫌っている人間は多い。
「わたくしはこれから陛下との謁見です。宰相であるあなたは、陛下のそばに控えているべき人間ではなくて?」
こんなところで油を売っていていいのか? ――と、ルピカが遠回しに問いかける。ルピカの口調は普段のおっとりとしたものではなく、凛としていた。
「私も今から陛下の下へ向かうさ。おお、そちらが貴重な薬草を譲ってくださったお嬢さんか。ふむふむ」
「……シーラに近づかないでちょうだい。彼女は、こういった場は慣れていないの」
ヘルトリートがこちらに近づいて来たので、シーラ思わず後ろに下がる。
その様子を見て、ヘルトリートはにやりと笑う。その姿に品はなく、ぞわっと背筋が震えた。
「別に、取って食おうなんて考えていないさ」
大袈裟に、「やれやれ」と宰相が肩をすくめる。
そしてすぐに、その視線は再びシーラを見る。舐めまわすようなそれに、シーラは嫌悪を感じてさらに一歩後ずさる。
「お嬢さんは、名をシーラというそうだね。どこの村の出身だい?」
「は、はい。ええと、村には……特に名前がありませんでした。こことは違って、とても小さな村ですし……」
王城の敷地に、シーラの村がそのまますっぽり入ってしまいそうだ。それほどまでに、この街が、王城が広かった。
なるほどなるほどと告げながら、さらにヘルトリートは口を開く。
「そうか。どの辺りにある――」
「宰相、いい加減にしてちょうだい。陛下がお待ちだわ」
「ああ、そうだったね。私も一緒に行こう。ああ、そうだ。陛下の御前だ、そのヘアアクセサリーは大きく顔を覆っているから取るように」
「――っ!」
シーラのヘアアクセサリーは、エルフの耳を隠すために大きく作られている。しかしヘルトリートは付けていたいのならば、もっと小さく上品なものに変えなさいと告げる。
しかし、このヘアアクセサリーを取るとシーラの長い耳がばれて不審を持たれてしまう。
もちろん、エルフはお伽噺のような存在だ。エルフだという結論がすぐ出ることはないだろうが、相手は国王。シーラのことを調べられて、村まで突き止められてしまってはたまらない。
ぎゅっとヘアアクセサリーを押さえるシーラを見て、ヘルトリートはにやりと笑う。
「おやめになって。シーラは傷を負っていて、隠すために大きなヘアアクセサリーを付けているのよ」
「傷を……? そんなところにか?」
「え、あ、は……はい」
ルピカのフォローに、シーラはこくこくと頷く。
その様子を見て、ヘルトリートは面白く無さげに顔をしかめる。そして、シーラのすぐ後ろに控えていたメイドを見て「本当か?」と問いかける。
彼女はその場で一礼し、「はい」と告げた。
「シーラ様の耳の根元からこめかみにかけて、とても大きな傷がございました。……いくら陛下の御前とはいえ、シーラ様は女性です。隠したい気持ちは、とてもよくわかります」
シーラの湯あみを手伝った二人は、王城勤務のメイドだ。けれど彼女たちは、その中でもルピカ付きということをヘルトリートは知らない。
「……そうか」
二人のやり取りを見て、シーラは内心で驚く。
ルピカの話には咄嗟に合わせたけれど、まさかメイドまでもがルピカの話に合わせるとは思わなかったからだ。
悲しそうに話すメイドを見ていると、本当に自分のこめかみに傷があるのでは……と思ってしまうほどだ。
ルピカの命令を優先したメイドたち。
――このおじさんの方が、偉い人だと思ったけど。
どうなのだろうかと、シーラは首を傾げる。ともあれ助かったので、あははと誤魔化すように笑う。
「そろそろ行かないと……もうずいぶん陛下をお待たせしてしまっているのでは? 宰相殿」
「……そのようだな」
二人は睨み合うようにしながら、謁見の間へと向かった。
「……なんか、お城って大変だ」
そうぽつりと呟いたシーラも、あとを追う。
◇ ◇ ◇
謁見の間には、金色の糸で刺繍のほどこされた深い赤色の絨毯が敷かれていた。両脇は騎士たちが控え、最奥の壇上には豪華な椅子があり国王が座っている。
室内を見回すと、壁の窓からは王都の景色を一望することができた。国王が自分こそがこの国に必要な人間なのだと告げ、見下ろしているかのようだ。
国王の前にかしずくのは、シーラ、ルピカ、アルフ、クラースの四人。シーラの腕の中ではパルが大人しくしていて、うとうとと今にも眠ってしまいそうになっている。
マリアの姿が見えないため、シーラは一緒にいなくていいのだろうかと首を傾げる。ルピカたちが普段通りなので、おそらく問題ないのだろうとは思っているけれど。
「この国の英雄たちよ、顔をあげなさい」
国王の言葉を聞き、シーラは静かに顔をあげて前を見る。
椅子に座っている姿を確認し、なるほどこれが王様というものなのか……と、シーラは珍し気にその姿を観察する。
体格はでっぷりとしており、自分で戦うことを知らない王だということが見てすぐにわかった。きらびやかな装飾品は贅沢を尽くしている。
そしてその横には、綺麗な白と桃色のドレスをまとったマリアが立っていた。
――え、どういうこと?
シーラは大きく目を見開いて、驚いた。しかし、今はその疑問に誰も答えてくれない。
こちらを見下ろす国王は、ひとつ咳払いをしてから話し始める。
「勇者アルフよ、よくぞ魔王を討伐してくれたな。大儀であった」
「ありがたきお言葉」
満足そうに微笑む国王は、続いてルピカたちにもねぎらいの言葉をかける。そしてシーラに目を止め、「貴重な薬草を譲ってくれたそうだな」と告げた。
「は、はいっ!」
まさか突然自分に話しかけるとは考えていなかったので、焦りながら返事をする。そしてすぐに、そういえばお礼をもらえるのだったことを思い出す。
「エレオノーラから、そなたがいなければ命も危なかったかもしれないと聞いた。魔王から受けた傷とは、何とも厄介なものなのだな」
「いえ……」
一瞬エレオノーラとは誰だと思ったが、マリアの名前だということを思い出す。シーラの活躍を国王に伝え、報奨を出させるように伝えたのだろう。
「ええ。シーラがいなければ、わたくしたちはまだ帰還できていなかったと思いますわ。聖女であるわたくしも、シーラの薬草にはずいぶん助けていただきましたから」
「役に立ってよかったです」
マリアの言葉を聞き、シーラは安心したように微笑む。
どうにかこの場も乗り切れそうだと思っていると、国王が手を上げた。それを合図に、文官が袋をトレイに載せシーラの前へやってきた。
ずしりと重そうで、間違いなく今シーラが持っている全財産よりも量が多い。というよりも、シーラの財布に入り切らないほどのお金がつまっているのだろう。
「これは、そなたへの褒賞だ。受け取るがいい」
「薬草の代金は、後ほど別に渡します。これは、森でわたくしたちを救ってくれたことに対する陛下からのお気持ちです。気にせずに受け取ってちょうだい」
さすがに、予想していたものより金額が多すぎて受け取るのを戸惑う。助けを求めるようにルピカをちらっと見ると、「もらっていいんですよ」と笑顔を返された。
「……いいのかな? えっと、ありがとうございます」
シーラは頭を下げ、ありがたく褒賞を受け取った。
そして次に、ルピカたちへ爵位や褒賞が与えられた。
「ルピカ・ノルドヴァル。己の魔力を限界まで鍛え、魔王討伐の際は非常に優秀だったと聞いている。そなた個人に新たな爵位と領地を授けよう」
「ありがたき幸せ」
ルピカは侯爵家の令嬢だが、その跡を継ぐのは双子の兄だ。どこかへ嫁ぐ未来しかないと思っていたため、今回の褒美はとても嬉しいものだった。
のんびり貴族の婦人として暮らすよりも、魔法使いとして過ごしたいのだ。
「クラースと言ったな。そなたは、爵位も領地もいらぬとエレオノーラから聞いている。褒賞として金貨を用意したので、後ほど受け取るといい」
「ありがたき幸せ」
クラースは、盗賊という性分もあり、身分や地位などはいっさい望んでいない。それが枷となって自由にできないのならば、大金を貰ってさっさとずらかりたいと思っているのだ。
マリアの助言もあり、クラースは面倒な褒賞を押し付けられずにほっとした。
そして最後は、勇者としてパーティを率いてきたアルフへの褒賞だ。
国王はにんまりと笑い、声高らかに宣言した。
「勇者アルフよ。そなたの活躍を讃え、我が娘――第二王女との結婚を許そう」