16:懐かれました
「パル様?」
『わぷ』
驚いて声をあげたメイドを見てから、シーラは抱きしめているパル様と呼ばれたもふもふを改めて見る。『様』付けで呼ばれているだけあって、その毛はつやつやのサラサラだ。
とシーラが首を傾げてみるが、パルは『わぷー』と可愛らしく鳴き、シーラのまねをするようこてんと首を傾けた。
「お前、偉い子なの? ごめんなさい、メイドさん。ここで花を見てたら、この子が飛びついてきて……」
「いいえ。わたくしも大声を出してしまい、申し訳ございません。パル様がレティア様以外に懐くのを初めて見まして……その、驚いてしまいました」
申し訳なさそうにするメイドに、シーラは「大丈夫です」と笑って見せる。そのままパルを抱き上げて、その体をよく見る。
鼻先をちょんと指でくすぐってやると、『わぷちょっ』と小さな可愛いくしゃみをした。
『わぷー!』
「くすぐったの、怒ってる。人見知りなの?」
『ぷぷっ』
くすぐったのがあまり好きではなかったらしいので、シーラは優しく撫でてみる。すると気持ちよさそうに目を細めて、パルが嬉しそうにする。
そんなシーラとパルを見て、探しに来たメイドがハッとした。
「わたくしはパル様のお世話係を仰せつかっております。失礼ですが、あなたは様……?」
メイドは一歩だけ下がり、ロングスカートの縁をつまんでゆっくりと礼をする。シーラが何者かメイドにはわからないが、自分より身分が上だと思っての判断だ。
「あ、そうでした。私はシーラ。ルピカたちと一緒に来たんです」
「え……ルピカ様たちと……?」
反芻するメイドに、シーラは「そうですよ」と頷く。
すると、みるみるうちにメイドの顔が青ざめていったのがシーラにもわかった。
今日、魔王を討伐した勇者一行が王城へ凱旋することを知らない人間なんていない。もちろん、客人――シーラを連れてくるということもメイドならば伝達がなされている。
それは、シーラの目の前にいる彼女だって例外ではない。
「…………」
思わず、二人と一匹の間に沈黙が流れる。
すぐ我に返ったのは、メイドの彼女だった。
「ゆっくりされている時間はありません、シーラ様!」
「え? え?」
突然声を荒らげたメイドに、シーラはびくりと肩を揺らす。
「大声を出してしまい申し訳ありません……ですが、シーラ様を担当するメイドが困っていると思います」
「待ってる間にちょっと散歩をしようと思ったんだけど……まずかったみたいですね。ごめんなさい」
軽はずみの行動をとり、メイドさんを困らせてしまったのだとシーラは自覚する。
すぐ部屋に戻れば大丈夫だろうか? なんて考えていると、ばたばたと急ぎ足で二人のメイドがやってきた。
シーラをゲストルームに案内してくれたメイドだ。
「ああぁ、やっと見つけましたシーラ様」
「すぐにお支度をしましょう! もう、陛下との謁見時間になってしまいます!!」
「は、はい……」
泣きそうになりながら「急いでくださいませ」と言うメイドに、シーラもつられて慌てる。
しかし、どうしてメイドがこんなにも慌てているか理解できなかった。それは、別段何か支度をする必要はないとシーラが思っているからだ。
服だって今着ているものしかもっていないし、汚れているわけでもない。
「ええと、特に準備することはないから大丈夫ですよ! すぐに戻りますから……っ!」
「何を言ってらっしゃるんですか! ルピカ様よりしっかり準備するよう仰せつかっています。湯あみをして、着替えていただいて、爪も磨かせていただきます」
「ふぇっ!?」
「わたくしたち二人は、ルピカ様付きのメイドですから、安心してお任せください」
まさかお風呂までしなければならないとは思っていなかったので、焦る。
のんびりお湯につかっていたら、みんなを待たせてしまうことは間違いない。思わず「このままで」と言いかけたら、泣きそうになっているメイドさんに睨まれた。
そこからはもう、あっという間だった。
パルを抱きかかえたまま、メイドに先導されシーラが部屋に戻ると――すぐ、部屋に備え付けられていた浴室へと連行された。
そのまま拒否できず全身を洗われて、オイルを塗りこまれてマッサージまでされてしまう。
温かくて気持ちのいいそれは初めての体験で、やっぱりシーラは「王都ってすごい……」と思わず呟いてしまったほどだ。
――支度って大変なんだ。
コルセットでくびれを強調し、ドレス部分がふわりと広がるよう中にはパニエを着る。靴は慣れないヒールのあるタイプで、思わず足がぷるぷるしてしまった。
エンパイアラインの白いミニスカートタイプのドレスは、前から後ろにかけて可愛らしいリボンが結ばれている。
シーラの長い耳が隠れるように、頭からかぶるレースタイプのヘッドアクセサリーが低い位置に付けられた。それは薄い上着と繋がっているため、簡単に脱げることはないだろう。
仕上げに爪を磨かれ、髪の毛を整えられる。
――こ、これで終わりかな?
ぜぇはぁと肩で息をするシーラを見ながら、メイドはやり切ったと誇らしげな笑みを浮かべる。そしてふと、シーラの足元にいるパルに気付いた。
「え、どうしてパル様がここに!?」
「ずっと一緒にいましたよ~。庭園に行ったら、懐かれたみたいで」
「はぁ……すごいこともあるものですね」
ちなみに、パルのお世話係だというメイドは部屋までついてきたが、シーラが支度するのならばと部屋の外で終わるのを待っている。
部屋に戻る途中で、誰にも懐かないパルのお世話は所在地などを確認することや誘拐されないかなど見て報告するだけのものなのだと、教えてくれた。
シーラは鏡で自分の姿をまじまじと見て、くるりと一回転してみる。スカート部分がふわっと舞って、なんとも可愛らしい。
「ありがとうございました。こんな素敵なドレスを着たの、はじめて」
「喜んでいただけてよかったです。このドレスは、シーラ様にお似合いになるだろうとルピカ様が選ばれたんですよ」
「ルピカが?」
メイドが告げた言葉に、ぱっと顔を輝かせる。
自分のために選んだと言われて、嬉しくないはずがない。
すると、タイミングよく部屋にノックが響きルピカが顔を覗かせた。
てっきりシーラのように可愛らしいドレスに着替えたのかと思っていたが、その姿はいつもとあまり変化がない。魔法使いのローブに装飾などが増え、少し豪華になっているだけだった。
ルピカはシーラを見ると、すぐに駆け寄り顔をほころばせる。
「シーラ、よく似合ってます。よかった」
「ありがとう。でも、ルピカは?」
「私は魔法使いなので、これでいいんです。シーラはパーティメンバーというわけではなですし、治癒魔法使いだからその方が似合いますよ」
「そうかなぁ?」
とても可愛いけれど、今までこんな豪華な服を着たことがなかったのでどこか落ち着かない。
ヘッドアクセサリーがあるため耳が見えないので、どこからどう見ても普通の女の子だ。誰も、エルフだなんて思わないだろう。
「じゃあ、陛下のところに行きましょう。みんな準備がおわったから――って、パルがシーラに懐いてる?」
「あ、うん」
デジャヴかな? なんて、思ってしまう。
パルはルピカの視線が気になったのか、逃げるようにシーラの頭の上に載る。床にいたときよりも目立っているが、シーラにくっつく安心感の方がそれに勝っているらしい。
驚かれすぎて、シーラは苦笑するしかない。
メイドたちのように大声で驚くようなことはしないけれど、ルピカは頭の上のパルをじっと見つめている。
「……どうしましょう、今から謁見だけど、シーラの上から降りてくれるかしら?」
「あ、そうか。一緒に行くわけにはいかないもんね」
頭の上に載ったパルを掴んで下ろそうとするが、じたばた暴れていやいやと鳴く。
『わぷー!』
「え、嫌なの? でも、今から用事があるからはな、れ、てええぇぇっ」
『わぷぷー!』
シーラが力を入れて引きはがそうと試みるが、パルは断固として離れようとしない。懐いただけでも驚きなのに、ここまでべったりくっついているのがさらに驚きだ。
ルピカはどうしようかと考えるも、時間がないのでパルを一緒に連れていくことにした。