13:精霊召喚
共鳴――という言葉が、当てはまるだろうか。
シーラが持つシルフのブレスレットと、杖。
その二つが淡い光に包まれている光景は、まるで何かを求めているようだ。
突然のことにルピカとマリアが慌てるけれど、シーラは落ち着いている。精霊が、自分の呼びかけに応えてくれるときの感覚と同じだ。
「シーラさん!? いったい、なにが起きているんですかっ」
何か危険があるのではないかと、ルピカが声を荒らげる。けれど、シーラはいたって冷静に返事をする。
「大丈夫だよ」
「そ、そうなんですか……?」
「うん」
シーラは杖を観察しながら、なるほどと内心で呟く。
「力が足りないみたい」
「力?」
シーラの言葉に、ルピカとマリアの二人が一体何のことだと悩む。
杖に使われているシルフの召喚石の欠片に、魔力がまったくたりないのだろう。杖はシーラの魔力をどんどん吸い取り、力を取り戻そうとしているのだ。
「長い間、使われてない子だったんだねぇ……」
召喚石の欠片が付いた武器には、その精霊の眷属が宿っているのだ。
それにより精霊の眷属の力を使うことができる。シーラの村では、剣にシルフの召喚石の欠片を付けたりしていた。そうすることによって、切れ味が格段によくなるのだ。
また、召喚石の欠片に宿った眷属と一緒に戦うことができるようにもなる。
――でも、いったいどうなってるんだろう?
シーラがいた村では、召喚石の欠片がこのように魔力枯渇を起こすことはなかった。自然に溢れた魔力を使い、自発的に魔力を得ていたからだ。
不思議に思いながらも、これでシルフの眷属が助かるならばそれでいいだろうと魔力を吸われ続ける。
各精霊の召喚石には、『召喚石』と『召喚石の欠片』が存在する。シーラがシルフやウンディーネからもらっているものは、『召喚石』だ。それをアクセサリーにして、身に着けている。
この杖に突いているのは、精霊が戯れに作り生み出した『召喚石の欠片』だ。
その精霊の力が含まれているため、すぐに眷属たちが見つけて住みつく。それを手に入れた人間は、眷属の力をより強く借り、『召喚石の欠片』を媒体として精霊魔法を行使することができるのだ。
つまり、『召喚石』か『召喚石の欠片』を持っていなければ精霊魔法を使うことはできない。
古びた杖は、シーラの魔力を使い少しずつキラキラと光を発し始めた。
「え、杖が……!」
「これは何!? まさか、成長しているの?」
魔力を得た杖は、古く汚れていた部分が綺麗に整えられ、少しだけその柄を伸ばし成長した。光は次第に収まって、まるで新品のような杖がシーラの手にあった。
「嘘……」
「本当にもう、どうなっているの?」
まさかこんな現象が杖で起きるとは思ってもいなかったため、ルピカとマリアは驚くことしかできない。
すぐに騒ぎを聞きつけた店主も出てきて、「どうなってんだこりゃ」と驚きの声をあげる。
それもそうだろう。
古くボロボロだからか、一万コーグという杖としてはずいぶん安い値段で並べられていた一振りだ。こんな奇跡のような進化を遂げるなんて、いったい誰が想像できただろう。
すぐにマリアが、口をあんぐりと開けている店主に詰め寄る。
「店主、この杖はなんですの!?」
「え、この杖は俺のひいひいひい……ずっと前の爺ちゃんの代からある杖でさぁ。いつか、この杖を使える人がくるはずだっていうのが口癖だったんだけど……ずっと売れ残ってたんでさ」
「使える人……? それがシーラだというの?」
「それは、俺にはわからないでさ。でも、きっとこのお嬢ちゃんだとは思いますでさぁ」
「……そう」
マリアと店主の会話を聞いているのかいないのか、シーラは杖を購入しようかどうしようか悩んでいた。
正直、シルフの召喚石のブレスレットがあるため、シルフの召喚石の欠片がついた杖は必要ない。不便はないし、何より今のシーラにとってみれば……一万コーグというのは大金だ。
それだけあれば、可愛いお財布が三個は買える。美味しいものも、お腹いっぱい食べることができるし、快適な宿屋に泊まることだってできるだろう。
杖とどちらが必要かといえば、今のシーラには宿泊代金の方が大事だ。
――きっと、ほかの人が使ってくれるよね?
そう判断したシーラは、杖を置いてあった場所に戻した。
「え?」
すると、シーラ以外の全員の声が重なった。
「? どうしたの?」
「どうして杖を戻しましたの?」
「やっぱり杖はいらないかなって……」
「えっ」
シーラが買わないと告げると、またも全員の声が重なる。
ルピカは、同じ魔法職として信じられないと言いながら、シーラが置いた杖を自分の手に取った。
「こんなすごそうな杖なのにですか!? シーラさんは、これが何かわかっているんですか!?」
「え? これはシルフの召喚石の欠片がついた杖だよ」
「シルフって……精霊のシルフですか?」
「そうです」
ルピカの質問に、もちろんですと当たり前のようにシーラが答えた。
「私にはこのブレスレットがあるから、必要ないんだ」
きっぱりいらないと言うシーラに、今度はマリアが納得のいかない顔をする。
「でも……シーラが選ばれし者、みたいな雰囲気でしたわよ?」
「マリアさん、それは大袈裟ですよ!」
そう言ってシーラが笑うけれど、どうやらマリアとルピカは納得がいかないらしい。もちろん、後ろで見ている店主も同意するように頷いている。
譲らない雰囲気の二人に、どうしたものかと考え――正直に話すことにした。
「実は、お金をあまり使いたくないの。これから一人で旅をするから、手持ちは多い方がいいと思って」
「…………なるほど」
それを聞き、マリアが盛大なため息をついた。
すぐに杖を手に取り、シーラへ告げる。
「なら、わたくしがこの杖をシーラにプレゼントしますわ! ですから、シルフを召喚してみせてちょうだい」
「いやいやいや、買ってもらうのは悪いです!」
「全然、まったく、悪くありません!!」
「悪いですよ!」
村を出たシーラは、お金が大事なものだということを学んだのだ。
外の世界で生活するうえで、なくてはならないもの。それを、しかも一万コーグというシーラにとっては大金をぽんと支払うと言うのだから焦ってしまう。
けれどマリアはそんなシーラにお構いなしだ。
シーラの許可を得ることなく店主にお金を渡し、シーラに杖を持たせる。そして精霊を呼べるというのであれば、呼んで見せてと頼み込んできた。
「お願い、シーラ」
「え、ええぇぇ……」
杖を買う代わりに、精霊を召喚してみせて……なんて。そんな交換条件でいいのかなぁと思いつつも、ウンディーネのこともあり、精霊が心配なので了承することにした。
この間召喚したウンディーネはすぐに消えてしまったけれど、今度は少しくらい話ができるかもしれない。
でも、今回は名のあるシルフではなく、シルフの眷属だから……やっぱりすぐに消えてしまうかもしれないと考える。
――あ、そうだ!
召喚するときに魔力を多く注げば、精霊も姿を維持していられるかもしれない。
「じゃあ、呼ぶね」
シーラはとても気軽に言ってのけ、手に持った杖を体になじませるようにゆっくり振る。
本来、精霊は自分の属性である自然から魔力を得ている。しかしこの杖にある欠片は、まったくその力を得ることができていない。
シーラの中にある純粋な魔力を注ぎこみ、無理やり眷属を目に見える実体として呼び起こす必要がある。
――うん、ちゃんと眷属の気配は感じられる。
「怖くないよ、私のところへおいで。風の精霊シルフの眷属が一人――【ハク】」
力強いシーラの声に応え、風の精霊が姿を現した。
『うわぁっ!』
ふわりと店内に風が舞って、手のひらサイズの精霊が姿を現した。切りそろえた綺麗な緑の髪に、深い緑色の瞳。男の子の、風の精霊だ。
『名前を付けてくれてありがとう。ハク、気に入ったよ!』
「それはよかった。私はシーラ、よろしくね」
『うん!』
召喚石の欠片に宿った精霊の眷属には、名前を付けることができる。それにより、名付けた人間を主人と認めて一緒に戦ったりしてくれるのだ。
近くで見ていたルピカたちは、口元に手を当て目を見開いていた。自分たちの目の前で起こったことが、信じられないとその顔に書いてある。
いち早く反応したのは、マリアだ。
「うそ、本当に精霊が!? 精霊は絶滅なんてしていなかったのね……!」
「わたくしも、まさか生きて精霊を目にできるなんて思ってもいませんでした」
驚くマリアとルピカをよそに、シーラは無事召喚することができてほっとしている。
「この子は、まだ名前のない風の精霊だったから私が名前を付けてあげたの」
「確か、ハクと言っていたわね。シルフではないの?」
マリアの問いに、シーラはハクがシルフの眷属であることを説明した。
風であれば、名前のある上位精霊ジン、下位精霊シルフ、その下に眷属がいて、召喚石の欠片を手に入れると名前を得ることがでるのだ。ちなみに、実体化は名前がなくても可能だ。
「なるほどね」
「精霊はそのような仕組みになっていたんですね。初めて聞きました」
マリアとルピカが納得したところで、やっと落ち着いた……と思ったけれど、ハクが焦るように声を荒らげた。
『シーラ、もう魔力がなくて消えちゃいそう!』
「え、もう!? かなりの魔力を送ったと思ったんだけど」
ぷるぷると震えるハクを見て、シーラは焦る。
『駄目なんだ、僕たちはこの地で姿を保てない』
「やっぱりそうなの……? どうしてか、理由はわかる?」
『僕たち精霊の魔力を、吸い取られてる。その原因を排除しないと、ここで生きることができないんだ……っ!』
ハクの言葉に、そんなことがあるのかと驚く。
そのような場所があるというのは、いままで聞いたことがない。自然を愛する精霊なのだから、もし異変があれば自分たちで対処ができる。
となると、人為的に行われている可能性が高い。
『今はシーラの魔力があるからどうにか姿を保てるけど、力の弱い眷属たちは姿を現すこともできないんだ』
「どうすれば助けることができるの?」
「どうしてそんなことに……っ」
シーラが問いかけ、マリアもどうにかして解決しなければとその原因を一緒に聞こうと真剣な瞳でハクを見る。
しかしハクは、残り少ない魔力を使いマリアに風の刃を打ち付けた。
『……っ! お前たち人間が、僕たちから魔力を奪っているのに!!』
「えっ!?」
風の刃はマリアの頬に一筋の傷をつけたが、それを気にしていられる状況ではなかった。ハクの口から告げられた言葉が、信じられなかったのだ。
そのようなことに、心当たりなんて何もない。マリアは「どういうこと」と詳細をハクに聞こうとするが――その姿は、返事をすることなくかき消えた。
「あ、ハク……っ!」
シーラの魔力をめいっぱい注ぎ、たったこれだけしの間しか会話ができないのかと悔やむ。けれどそれ以上に、精霊の身に何かが起こっているという事実を知り震えた――。




