12:杖を見に武器屋へ行きます
村で十分に休んだ、翌日。
シーラたちは移動手段を変えていた。ルピカたちが村に預けていた馬車があり、それで王都まで移動するのだ。
黒塗りで金色の縁が装飾された馬車はとても豪華で、思わずシーラは見惚れてしまう。中は広く作られていて、三人並んで座れる座席が二つ用意されている。
ガタゴトゆれる馬車はお尻が痛くなるけれど、歩いて王都に向かうよりはずっと早く着く。
アルフとクラースが御者をしているため、女子三人でゆっくり馬車の中でおしゃべりだ。
シーラは窓から景色を見て、すれ違う馬車や大きな川に感嘆の声をあげる。そんな様子を楽しそうに見て、マリアが問いかける。
「ねえ、シーラ。王都に着いてからは予定が合って?」
「え? 特にないけど」
「そう、よかったわ」
「?」
王都に着けば、シーラはルピカたちと別れて一人旅をする予定だ。たくさん観光して、可愛い服を買い、美味しいものを食べたい。
その前に何かがあるのだろうかと、首を傾げる。
「わたくしたちが魔王を倒した祝賀パーティーが城で開かれるから、ぜひシーラにも出席してほしいの。ご馳走がでるわよ」
「本当? 楽しみ!」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。パーティーの前に、シーラにもらった薬草とポーションの代金も支払うわね」
「え、それは別にいいよ」
マリアの言葉に、シーラは首を振る。
もともと、薬草をあげる代わりに王都までの道を教えてもらう予定だったのだ。加えて、馬車に乗せてもらい、村の外のことを教えてもらい、寝床なども用意してもらっている。
これ以上シーラが望むことなんて、何もない。
むしろ、あの薬草一つでここまでしもらうのは気が引ける。追加で薬草をあげた方がいいのではと考えてしまうほどだ。
けれど、そんなシーラとは反対に、ルピカもマリアの意見に賛同する。
「シーラさんの薬草とポーションには、とても救われましたから。あの森の中、シーラさんがいなければわたくしたちはどうなっていたか……。気にせずに、受け取ってください」
「そう、言うなら……ありがとうございます」
二人の好意を、素直に受け取ることにした。
精霊がこの辺にいないので、薬草を採取するのが難しくなったというのが大きな理由だ。何かあったときのために、お金は貯めた方がいいと判断した。
「馬車にも乗れて、とっても楽しい。ありがとう、二人とも。森の中でクラースさんに会えてよかった」
「それはこちらの台詞です。シーラさん、王都に着いたらぜひわたくしの屋敷に泊まってくださいね。歓迎しますから」
「わぁ、ありがとうルピカさん」
嬉しい申し出に、シーラはへらりと笑う。
今まで家族と一緒だったので、やっぱりいきなり一人で宿とうのは寂しいものがある。素直に泊めてもらうことにしたけれど、いっそ宿がよかったと思うなんて――このときのシーラは思いもしない。
◇ ◇ ◇
馬車の中で昼寝をしたり、雑談をしたりしていたら、日が落ちる前に次の街へ着いた。
シーラにとって、初めて村ではない場所だ。街は人が多く、村よりもずっと賑やかで……自分が今まで見てきたものがなんだったのかと思ってしまうほどだった。
――すごいなぁ、都会って。
泊まる宿に馬車を預け、出発する明日の昼までは自由行動になった。
「ルピカさんとマリアさんは、どうするの?」
一人で何をすればいいかわからないシーラは、出かけるらしいルピカたちに行き先を尋ねる。もし自分も行けるような場所ならば、ついて行きたいと思ったのだ。
「わたくしとマリアは、杖を買いに武器屋へ行きます。魔王との戦いで壊れてしまったので」
「杖?」
「そうよ。杖があると、魔法のコントロールがしやすいし魔力の増幅もしてくれるもの」
「そうなんだ……?」
シーラは今まで杖を使ったことがなく、村にも杖を使っている人はいなかった。なので、二人の話を興味深く思う。
ルピカが「一緒にいきますか?」と言ってくれたので、シーラはすぐに頷いて「もちろん」と返事をする。
重い荷物は宿の部屋に置き、小さな鞄とお財布を持っていざ武器屋へ。
二人が買う杖は、王都に帰る道中で使うためのつなぎだと教えてくれた。王都に帰れば、いつもお願いしている鍛冶屋がいるから改めて杖を作るのだという。
「シーラは杖を使わないの?」
マリアが「便利よ」と言いながら、シーラに問いかける。
けれどシーラは、杖を使うということすら今知ったばかりなのだ。どうしたらいいかなんて、わかるはずもない。
「杖を使う人が、周りにいなかったので……」
それに、別に杖がないからといって不便さを感じたことはない。
「治癒も攻撃も、一応問題なく使えたから」
「シーラは治癒魔法だけじゃなく、攻撃魔法も使えるの?」
「うん。私の村は、成人の儀で魔物を一人で倒すんです! なので、魔法じゃなくてもいいけど、攻撃手段は必須です。お兄ちゃんは鍛えているから体術が得意だけど、私は魔法だけ」
「それはハードね……」
シーラの答えにマリアが驚き、さらにルピカがハード内容に顔をしかめる。
しかしこれは、シーラにとって当たり前のことだった。むしろ、成人の儀で魔物を倒さない人がいるのか! と、驚いたほどだ。
「なら、杖を試してみてもいいと思うわ。もし魔法を使いやすくなるなら、それにこしたことはないもの。使ってみて不要だと感じたら、別に使う必要はないわ」
マリアの提案を聞き、シーラも試すくらいならいいかと思う。
「それもそうか……うん、私も杖を見てみます!」
「ええ、そうしましょう!」
三人でお揃いにするのもいいかしらとマリアがはしゃぎ、ルピカは「何を言ってるんですか」と呆ぎみだ。
武器屋にはすぐ着き、シーラは初めてショーウィンドウ越しに杖というものを目にした。
住んでいた村には剣やナイフはそれなりにあったけれど――さすがは都会。シーラの村とはくらべものにならないほどの武器や杖が並んでいた。
武器屋の中へ入り、物珍し気にきょろきょろと店内を見回す。
シンプルな鉄の剣に、宝石などの装飾がされた綺麗な剣。さまざまな種類があり、見ているだけでも十分楽しい。
ふらあっとナイフのコーナーへ行きそうになっているシーラを見て、ルピカが慌てて引きとめる。
「シーラさん、杖はこっちですよ」
「あ、はい!」
店内の奥にある杖のコーナーに行くと、短いもの、長いもの、装飾のバリエーションなどたくさんの杖が用意されていた。
「おおぉ、すごい! これが杖かぁ」
シーラは目をキラキラさせて、確かに杖を持って魔法を使ったら格好いいかもしれない! と考える。
楽しそうなシーラを見て、ルピカは杖を手に取りシーラに渡す。
「杖に少しだけ魔力を注いでみてください。そうしたら、杖と相性がいいかがわかります」
「なるほど……ん?」
「シーラさん?」
ルピカの言葉に従おうとしたところで、ふと違う杖がシーラの視界に入る。綺麗なエメラルドグリーンの宝石が付いた、少し古びた短めの杖だ。
――あの宝石、シルフの召喚石に似てる。
ルピカに渡された杖を一度返して、シーラは気になった杖をその手に取る。
すると、ふわりと一陣の風が吹き――付けていたブレスレットが淡く光った。シルフの召喚石で作られた、シーラの宝物の一つだ。