9:いったい何者だろう?
ルピカたちは物資の補給を終え、挨拶するために村長の家へと向かっている。クラースは面倒だからと酒場へ飲みに行ってしまったので、ルピカ、マリア、アルフの三人だ。
その道中で話題にあがったのは、もちろんシーラのこと。
「ああもう、いったいシーラは何者なの? アルフの怪我を綺麗に治すほどの治癒魔法なんて、聞いたこともなかったのに」
聖女の自分が役立たずのようだと、マリアは言う。
それに苦笑しながら、アルフは「落ち着いて」と告げる。確かにシーラのおかげで全快したアルフだが、マリアの治癒がなければとっくに命を落としていただろう。
「自信を持ってよ、マリア。じゃなきゃ、僕はとっくにこの世にいない」
「それは……確かにそうかもしれないけれど」
だからといって、納得できるものでもない。
「ルピカは、シーラのことを何か知りませんの? あんな治癒魔法を使えるなんて、本当に人間なのかも疑わしくなってしまうわ」
「人間でなければ、なんだというの」
「それはまぁ、そうですけど。だって、戦士や魔法使いとして強い人間は今まで何人もこの目で見てきましたけど――治癒でというのは、初めてだわ」
シーラがエルフだということを知っているのは、ルピカだけ。
それをマリアが知ってしまえば大事になってしまうため、ルピカはあえて仲間にも黙っている。シーラがフードを取らない限りは、大丈夫だろう。
「治癒魔法だって、どの口が苦手と言うのか!!」
「まぁまぁ……」
「名前のない村から来た、なんて。まるで化かされているみたいだわ」
野営をしているときのことを、マリアは思い出す。
治癒魔法が苦手だと言ったシーラに、マリアは自分の手を切り治癒魔法を見せた。それを見て、シーラは「えっ」と声をあげた。
そしてシーラは、「なんで治癒魔法を使うんですか?」と告げたのだ。
怪我をしたのだから、治癒魔法を使うのは当たり前に決まっている。いったいシーラは何を言っているのだと、その場にいた全員が思った。
怪我を治すために使うのだから、当たり前。そうシーラに言うも、彼女の反応は違った。
「その程度の傷なら、治癒魔法を使う必要もありませんよ~!」
そう言って、シーラは己の腕をマリアと同じように切った。赤い血が流れた傷は、治癒魔法を使うことなく――すっと、綺麗に治ってしまったのだ。
自己治癒なんて優しい言葉では言い現わせないそれに、マリアたちは息を呑むことしかできなかった。
「……いったい、何者なのかしらね。シーラは」
「わからない。でも、僕の怪我を治してマリアに特製水をくれたんだ。悪い子には見えないよ」
シーラがいなければ、まだあの森の中でアルフの治療を続けていただろう。それに関しては感謝しかないし、シーラを責めるようなことはもってのほかだ。
「そうね。シーラの目には、悪意がなかったもの」
だからこそ、もやもやとしたものがマリアの中を渦巻いていく。
アルフの恩人であるシーラに詰め寄りたくはない。しかし気になる。いったいどこで治癒魔法を取得して、ほかには何ができるのか――。
「ほら、村長の家が見えてきたわ。マリア、今は先に挨拶を済ませてしまいましょう」
「……わかったわ」
小さなため息をともに、マリアはルピカの言葉に頷いた。
◇ ◇ ◇
それと同時刻、シーラは冒険者ギルドで無事に薬草を売ることに成功していた。
上品質の薬草が18束で、合計90,000コーグ。
「わぁ、これがお金! ありがとうございます」
「正当な値段ですから。こちらこそ、上品質の薬草を売っていただいてありがとうございます」
素直に喜ぶシーラを見て、ギルドの受付嬢も買い取れたことを嬉しく思う。同時に、お金に関してあまりものを知らない子なんだなということも予想がついた。その点に関しては、少し心配になる。
余計なお世話かもしれないけれど、そう思いながらも受付嬢は口を開く。
「お金は、お財布にしまっておくといいですよ。大切なものなので、万が一盗まれたりしないように注意もしてくださいね」
「盗まれる……わかりました。気を付けます! でも、お財布って?」
「こういった袋に、お金だけをしまっておくものです」
そう言って、受付嬢が自分の財布をシーラに見せてくれた。
「なるほど、それがお財布」
がまぐちタイプで、使われている布には可愛い花の刺繍とリボンが巻かれていた。シーラはぱぁっと目を輝かせ、「それほしいです!」と告げる。
「このお金で買えますか?」
「ええ。これはすぐ近くの雑貨屋さんで、3,000コーグで買ったものよ」
「私でも買える……!」
薬草を持ってきてよかったと、心の底から思う。
そしてお金のことを教えてくれたルピカたちに感謝するのも忘れない。
でも、まさか薬草一つであんな可愛いお財布が買えるとは思ってもみなかった。シーラはもう一度受付嬢にお礼を言って、ギルドを出た。
それを見送りながら、受付嬢はぽつりと呟く。
「……なんだか、すごい子ね」
通常、普通の品質の薬草だったら一つ300コーグ程度。
けれどシーラが持ってきたものは、上品質。しかも、その中でも状態は最高級だ。なかなか手に入るものではないのに、いったいどこであんなに採取したのだろうと考える。
「あ、そうか……採取場所を聞いておけばよかったんだわ」
とはいえ、上品質な薬草は貴重な収入源になるためそう簡単に教えてもらえない。戦闘がメインで、たまたま薬草を発見した冒険者であれば気軽に教えてくれたりもするけれど。
買い取った薬草を見て、そういえば――もう一種類の薬草は、結局なんだったのだろうかと考える。
さすがに精霊の薬草なんて幻のものであるはずはないので、似た珍しいほかの薬草だとは思うけれど。そんなことを考えながら、受付嬢は仕事に戻るのだった。