8】 マリー婆さんの井戸
久しぶりの投稿です。
四人は取り合えず、王城から一番近い妖精樹の場所がある、グルバの街へ行く事にした。
昔から、王族と交流のあった妖精の事を視野に入れると恐らく、本物の妖精樹も王城からそう遠く無い場所にあるのでは? ──と言う、エリダーの見解を取ってみたのだ。
「妖精と交流があった割には、妖精樹の場所が分からないのはどうして?」
「……」
ディーナの素朴な疑問に、エリダーは言葉を詰まらせた。
「王族史には、最初は何かある度に妖精樹まで訪問したという記録は残っている」
アリアンがエリダーの代わりに答えた。
「名工ルーを呼び出した時を思い出してごらん。──アドナイの剣を使っただろう?」
「条件が揃っていれば、妖精樹まで行かなくても呼び出せるって事? ──それじゃあ、もしかして女王ドーンも?」
「呼び出せる条件が分かりませんよ、ディーナ。
それに、女王自ら『困ったら、妖精樹に来い』と言ってるんですから、言ったとおりにしないと来ないと思うんです」
「そっか……」
ディーナがやれやれと、肩を落とす間も無くグルバの街の外門に着く。
この非常事態に門番の兵士達も、神経質にきつい口調でディーナ達に詰め寄ったが、アリアンが王直筆の通行許可書を見せると、驚きと安心が混ざった、何とも言いがたい表情を見せ、恭しく門を開いた。
一向は、馬小屋を借りると馬を繋ぎ、徒歩で印されている妖精樹を探すことにした。
現地図を見ると、城に近い街だけあって城下街と同じ位に整然と区画され、道も舗装され行きかう馬車も上下に激しく揺れる事もなく走り去っていく。
ソラヤ島と王立学校、たまに城下街をうろつく以外無かったディーナにとっては、全てが物珍しく、ついキョロキョロと視線を忙しく彷徨わせてしまう。
それを見ていたノーツが
「ディーナ、御のぼりさん、そのまま」
と、からかう。
「だって、この街、あちこちに噴水があって。しかも、噴水一つ一つ設計が凝ってて面白いんだもの」
確かに、ティンタンジェルの城下街と違う点──噴水の多さ。
ぐるっと一周回ってみて大小の違いはあるが、噴水が目に付かない場所が無い。
それも、手当たり次第ではなく、計算されて配置されているようで邪魔臭い印象は無く、一つ一つの設計の良さもあるせいか、街全体が1つの芸術のように感じる。
「此処はティンタンジェルでも、一番水資源が豊富なんです。地下水脈が張り巡ってるんですよ」
エリダーがそう説明しながら、中央の一番大きな噴水に手を入れ、そっと手の平で水をすくう。
指の間から太陽の光を吸い込みながら、水が滴り落ち、再び噴水に戻る。
澱んでいない、澄み切った水だと一目で分かる。
「綺麗ね……。飲めるの?」
「湧いてる場所な──」
「人の物に勝手に手を突っ込むな──!!」
しゃがれた怒声が、エリダーの言葉を遮った。
四人一斉に声の方へ振り向くと同時に、しゃがれた声の持ち主が勢い良く近付き、エリダーの手を持っていた杖で叩く。
「──えっ?」
四人訳が分からず、その声の持ち主の老婆を見つめる。
少々、太目の体躯で走ってエリダーの側まで来るほどだから、足腰は丈夫らしい。
「この噴水は元々は、私の井戸だったんじゃ!! ──それを区画整理だの、水道工事など難癖付けて私から井戸ごと、家を取り上げよった!!
わたしゃ、納得しとらん! 勝手にこんな悪趣味な噴水にしよって!!」
「婆ちゃん、代わりに土地と家は貰っていないのか?」
「ふん、あんな家! 私の家は『あのお方』から頂いた、この噴水の場所以外無い!!」
ノーツの問いに老婆は更に憤慨しながら答えた。
「──『あのお方』って? 何方なんです? 御婆ちゃん」
「あんた『水の妖精ディノン』を知らんかい? ──全く、今時の若い子らは! 妖精達への信仰が足りんから、年寄りの有難い恵みの話も聞こうともせん。
だから、この数十年で妖精達の姿がめっきり減ったんじゃ!」
「──そもそも、妖精達の偉業の話をする人が歳取って減ったからじゃあ……」
「何じゃ? この口の減らん小娘は!」
老婆位になると、アリアンも小娘になるらしい。
毒舌が止まらない老婆とやり取りをしているうちに、この騒ぎで野次馬達が集まって来た。
「──通して! ほら、退いて!」
野次馬達を掻き分けて、先程の門番の兵士と高級な素材の服を着た、見るからにして支配者級の初老の男性が、ディーナ達の前にやって来た。
初老の男性は、エリダーの姿を見るや
「──おおっ!」
と、小さく喜びの声を上げ、近付くと敬うように頭を垂れた。
「エリディルス王太子殿下で? 報告を受けてまさかとは思いましたが、事前に言って下されば御迎えに上がりましたものを……」
エリダーは慌てて首を振る。
「今は国の非常事態ですから、出迎えなどは結構です。我々には時間が無い。用が済んだらすぐに引き上げます」
「──では、せめて今夜は我が屋敷にお泊り下され」
「時間があれば……そうします」
エリダーの目配せを見て、ディーナ、アリアン、ノーツは、名残惜しそうにしている初老の男性からエリダーを引っぺがして、逃げるようにその場から去った。
*
エリダーを取り巻く人混みが、街外れまで来てようやく落ち着いたので、四人は一息入れることにした。
「──やれやれ、エリダー。暫く何かで顔を隠しておいた方が良いな。この辺りは城に近いから、上流者はエリダーの顔を知ってる者が多い」
「すまない。そうするよ」
エリダーはノーツの言葉に申し訳なさそうに、マントに付いているフードを被った。
「──だけど、あの御婆ちゃん、凄く元気だったね」
「ああ、五十年後のディーナだな、ありゃ」
「ちょっ?! ノーツ!」
ノーツの台詞に、たまらずアリアンとエリダーは笑い声を上げた。
「え──っ? アリアンまで?!」
ディーナはプーッと頬を膨らませ、エリダーから地図をひったくると広げ「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「……御婆ちゃんが『自分の』って主張していた中央の噴水……元、妖精樹のあった場所だわ……」
*
老婆の住んでいる家は、中央の噴水のすぐ側にあった。
家と言うより集合住宅のようで、老婆の部屋は階段を上がって二階にあった。
「こんにちは」
エリダーが扉を叩くと、疑り深そうにゆっくりと扉が開き、深い皺が刻み込まれた顔にまだ、若々しく輝いている瞳をエリダーに向けると、驚愕し、扉を大きく開け深々とお辞儀をした。
「知らなかったとは言え、失礼なことをしてしまいまして……お詫びのしようもございません」
申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「いえ、何とも思っていませんから。頭を上げてください」
「……? それじゃあ、何で、こんな年寄りの家へ?」
「中央の噴水のことで、色々話を伺いたいのです。──宜しいですか?」
「──えっ、ええ! ええ!! 狭くて恐縮ですが、どうぞ、お入り下され」
四人を部屋に招きいれ、老婆は嬉しそうにいそいそとお茶の仕度をする。
二人掛けの食卓机に、簡素な寝台に、愛用しているのだと一目で分かる背もたれ椅子。
手彫りだと分かる食器棚の飾りは色がとても華やかで、それが辛うじてこの部屋に色彩を出していた。
ディーナが窓から顔を出すと丁度、中央の噴水が全体にくまなく見える。
「すみませんねぇ……人数分の椅子が無いもんで、適当にくつろいで下され」
つい、少し前に噴水で金切り声を上げて憤慨していた老婆と、同一人物とは思えない程の落ち着きさが、改めて年老いた女性なんだと思わせた。
お茶の仕度が済み、老婆が背もたれ椅子に見計らい、エリダーが口を開く。
「僕達は妖精樹がある場所を探しています。あまり詳しくは話せませんが……。
──あの中央の噴水の場所、元は妖精樹があったんですね? 御婆様の元自宅に妖精樹があったと言うことで間違いないですか?」
「ええ、そうですとも」
エリダーの問いに老婆ははっきりと頷く。
「……ちと話が長くなりますが、聞いて頂けますか?
もう、私も歳じゃけ。『水の妖精ディノン』様のことを誰かに知ってもらいてぇんだす」
元気な年寄りは好きです。はい。