7】 出発
──妖精樹──
妖精が、妖精界から人間界に行き来する際に使われる“門”だと言われている。
人間界で行われる舞踏会や食事会もこの妖精樹の周囲で行われる事が多い。
大抵、広い草原にポツンと一本だけ、まるで羽を広げるように枝を伸ばし、幾重にも葉を繁らせる。
シャトネラやハシバシなど、果実が実る樹を好む。
妖精樹の中には、まるで人間のような性格を持つ樹もある。
「──これが、王立学校で習った妖精学の中での妖精樹の話」
ディーナは、アリアンから貰ったお古の防具を着込みながら、傍らでディーナの剣の手入れをしているアリアンに、妖精樹の講義をしている。
上手に防具を着込めなくて、背中に手を回しているディーナに気付き、アリアンはディーナの後ろに回り、背中の調節紐を引っ張る。
「一本だけの樹ね……。 何年か前に王のお供にティンタンジェルを巡回した事があるが、覚えている限りでは見かけなかったな。
──はい、きつくない?」
「はい、大丈夫です」
アリアンの前で腕をぐるぐる回し、おどけて見せた。
「博士達に、古代の地図を広げて調べてもらっているから、その報告待ちだ。
まあ、一本だけ立っているなんてそう無いだろうし、そんなに広くない国だ。
直ぐに調べがつくと言っているし……それまでディーナの剣の指南をしようかと思うのだが……。
───今まで、ノーツと王太子様に教わっていたと聞いたが?」
「はい、女性で剣を扱える人、私の近くにいなかったものですから」
「男と女は身体つきが違う。当然、剣の扱い方も違ってくる。 今までと剣の使い方が変わるから、多少戸惑うかも知れないが、こちらの方が扱いやすくなると思う。
──どうする? ノーツの方が良い?」
ディーナは目を輝かせて、首を横に振った。
「是非! 是非! お願いします!!」
「じゃあ、決まりだ、な」
アリアンはニコリと笑うと、手入れしたばかりのディーナの剣を手に取った。
鞘から抜くと、まだ真新しい輝きがディーナの顔を滑るように写し出す。
「良い剣だ。 とても軽いのに持つとしっかりとした手ごたえがある。
お父上は評判通り、腕の良い鍛冶師だったのだな」
「優しい父でした……」
最後に見たのは父の背中……。
島に帰れない今、骸を確認する事もできなく、本当に父も母も弟も死んでしまったのか、あの惨劇が悪い夢だったのではないかと考えてしまう。
──でも、今は悲しんでいる時じゃない、立ち止まっている場合じゃない──
感傷にふけっていられない。
アリアンから剣を受け取り、腰に吊るす。
「入っても平気ですか?」
ドアをノックする音がした。 ノーツだ。
「どうぞ」
「博士達が、大体の妖精樹の場所──おお、ディーナ、『それ』らしいじゃないか」
防具に身を包んだ姿のディーナを見て、口を鳴らした。
「いちいち癇に障るなあ、素直に褒められないの?」
口を膨らませ、不満を言うディーナにノーツは「悪い」と笑った。
悪いと思っていないのがよく分かって、ディーナの機嫌はますます悪くなる。
表情豊かなディーナの横で、アリアンはノーツに問う。
「──で、妖精樹らしいのが実在しそうな場所は?」
「一緒に来てください。今の地図と合わせて印を付けていてくれています。
──地図を受け取ったら直ぐに出発ですよ」
*
「こんなに……?」
ディーナ、エリダー、アリアン、ノーツは印された地図を見て絶句した。
「ティンタンジェルが他国から『妖精大国』と言われる由縁がよく分かるな」
アリアンが溜息を付く。
「妖精樹が、妖精界と人間界を繋ぐ扉だと言う仮説に基づけば……。
──でっ、どうする? 素直に近くから虱潰しに捜すと、時間がかかり過ぎる」
「……猶予は一ヶ月しかありません」
ノーツの問いにエリダーは呟くように言う。
「一ヶ月? 何故、一ヶ月なの?」
ディーナがエリダーに不思議そうに訊ねた。
側に敵国の船が既に待機している。
時間の猶予が無いのは、一目瞭然で、早ければ早いほど良いはずなのに、一ヶ月とはっきり期間限定するのがディーナには不思議だったのだ。
「父が支配下に置いている下僕妖精に命令して、ウィンダムの艦隊を霧雨に包んで目くらましをかける。
あの艦隊の大きさ、父の体力の限界を考えると一ヶ月です」
「一ヶ月の間に妖精樹を見つけ、女王ドーンに会って解決策を得る……か」
「強行策だな……。 寝る間も惜しまないとな……」
「やりましょう、アリアン、エリダー、ノーツ。 もう、それしか無いんだもの」
「……そうですね、悲観している場合じゃないですよね」
「倒れるまで、とことんやるか」
「そうだな」
ディーナの力が入っている口調に、エリダー、ノーツ、アリアンも決心がついたようだ。
*
地図はエリダーが持つ事になった。
表に繋いである馬には、既に旅に必要な荷物がぶら下がっていた。
これからの主人を待ちわびている馬達の直ぐ側に、控えるように二人の少女が立っていた。
「──サラ?! クレア?!」
ディーナもサラもクレアも、お互いの顔の確認が取れた途端、近寄り抱き合う。
「無理をお願いして、此処で待たせてもらったの。
──ディーナ!! 貴女だけなんて……!!」
「……リリスは本当にもう……いないの?」
二人の問いにディーナは頷くしかなかった。
三人は暫く無言で抱き合った。
耳に聞こえるのは、サラとクレアの嗚咽だけで、必死に泣くのを堪え肩が震えているディーナの後姿が酷く哀れに見え、エリダーは凝視する事ができなく、黙って馬を外す作業にかかっていた。
「サラ、クレア、今、国が危ないのはもう知ってるよね?」
泣きじゃくりながら二人は頷く。
「ごめんね、私、先を急がないといけない」
「頑張って。 こんな言葉しか今は浮かばなくて……ごめん」
ディーナは僅かに笑って、首を横に振った。
そして馬に跨ると、少し先で待っている三人の後を追った。
「ディーナ!! きっと戻ってきてね!!」
サラとクレアの言葉が胸を打つ。
(戻って来れるかも分からないんだ……私達……)
途中、何かの事故に遭うかも知れない。
何かに襲われ、命を落とすかも知れない。
いや、それより、王の目くらましが敵に通用しなかったら?
途中で力尽きたら?
もし、ドーンに会えても解決策を得る事ができなかったら?
不安要素が一気に頭をよぎる。
「──でも、行くしか手立てが無いのよ……」
呟くように言うと、ディーナはサラとクレアの方に顔を向け
「──きっと、戻ってくるわ!!」
と、告げた。
自分自身に
決心が揺らがないように……。