6】 四人
(変な時間に目が覚めちゃった)
あの口の悪い名工ルーを呼び出した後、まだ熱があると言われ、再び連れ戻され寝かし付けられてしまった。
不本意だが身体は正直で、食事と薬を済ましたらすぐに瞼が重くなり、次に目を覚ましたら、もうすっかり夜が更けていた。
ディーナは、側にあったショールを羽織り部屋を出ると、真っ暗な長い廊下を素足でヒタヒタと歩く。
途中、外に出れそうなバルコニーがあり、窓を開けて外へ出る。
やや欠けた月が、明るい光を出してティンタンジェルを照らしていた。
こちら側からは港は見えない。
街の明かりは消えていて静かだ。
(こうして見ると、侵略されかかっているとは、とても思えない……)
でも、街の人々は普段通りの生活をしながら、あの黒船の恐怖に脅えている。
ヒリヒリとした空気が、ディーナの肌に刺さってくる。
──思い出す、ソラヤ島の惨劇──
(あれからまだ、三日しかたっていないなんて)
「……父さん、母さん、アルフォンス……。 リリス、ジョンおじさん、農園のネルおばさん……パン屋のボブおじさん……」
百人も満たない村
みんな顔見知りだった。
知らない名前なんて無かった。
──でも
みんな、みんな
私の知らない世界へ行ってしまった──
また、涙が溢れてくる。
流しても流しても、枯れる事がない無い涙、悲しみ。
「──ディーナ……?」
「──!?」
ビクッと肩を震わせ、後ろを振り向く。
「エリ……いえ、エリディルス王太子……」
恭しく膝ま付くディーナ。
「顔を上げて、ディーナ。今は、僕は王太子じゃなくて、同期のエリダーとして君の前に居るつもり」
「……しかし今、王宮で、こうして王太子と言う身分でいるわけですし、何より国全体の危機の時に公私混同は──」
「──ああ、もう! ディーナもノーツも同じで融通利かないだからなあ」
「──?! ノーツと一緒にしないでよ!! ……あっ……」
慌てて口を塞いだ。
「……」
「……ぷっ」
「クスクス……それでこそディーナですよ」
「フフフ……」
二人、笑いを堪えあった。
(やっと、笑ってくれた)
少し安心したエリダーだった。
二人、窓にもたれ、エリダーが持ってきたシャトネラをかじる。
「──他の男の子と違う雰囲気だと思っていたけど、王太子様なんてね。
王になる人は、違う勉強をするもんだと思っていたわ……帝王学とか」
「それもやりますよ。でも、王宮の中で閉じこもってるんじゃあ、時期後継者ともあろう者が視野が狭くなるのは困りもの──父の方針なんです」
「ふーん」
「……ごめん、驚かせて。身分ばらしちゃうと、周囲が気を使っちゃうし、気の許せる友人が欲しかったものだから……」
「──私は?」
「えっ?」
「私は気の許せる友人?」
「勿論です!!」
「私もエリダーは友達だと思ってる」
「……良かった」
エリダーは本当に安心したようで、固い作られたような笑顔が消え、学校でよく見せてくれた柔らかな表情になった。
「私ね、エリダー……。明日にでも妖精樹を探しに行くつもり」
「女王ドーンを捜すんですね……どうしても?」
「船を見れば明らかだわ。 ウィンダムには戦力では勝てっこない……。
──ほんの少しの希望でも、それを掴みたい。 このまま、何もしないで過ごしたくないの」
「……そうですね……。僕も行きますから」
「──貴方はここにいないと!」
「国王(父)がいるから大丈夫。 ……王族に代々受け継がれている“妖精支配”の全力を出して、ティンタンジェルを守る。その間に、女王ドーンにお会いして国を守る手立ての助力を請う。
──これは、ティンタンジェルの一国民として、王太子としてもやらなくてはいけない。 犠牲になったソラヤ島の人々の為にも……ディーナ一人に背負わせません」
「……ありがとう……」
いつも、穏やかに笑って側にいてあまり自己主張をしないエリダーが、今夜はその内にある強さが王帝としての輝きを表面に出した──そんな気がして
ディーナは頼もしく思うと共に、何か寂しくもあった。
「俺も行きますよ」
「私もだ」
いつからそこにいたのだろう。
そっと、控えるように後ろに立っていた二人──ノーツとアリアン。
「ディーナ、俺は君の友人じゃあ無い訳? それに、俺は王太子の従者だからね、王太子も行くなら俺もつき従う」
アリアンが優しくディーナの両手に触れ、微笑む。
「ディーナ、私達はまだ会って間もないがこのお二方とのように良き友人にはなれないか? お互い、志も同じ……共に行かせてくれ」
「──そんな! アリアン様、勿体のうございます」
「敬語はいらないよ、これからは『アリアン』で良い」
「でっ、でも、憧れのアリアン様を呼びつけなんて……!!」
「ちょーと!! 俺の事、ちーーーっとも眼中に入ってないだろ? ディーナ、俺はどうでも言い訳?」
ディーナとアリアンの馴れ合いを遮るようにノーツが出しゃばって来た。
「あ〜ら、ノーツは頼まれくってもエリダーが行くって言ったら、コバンザメみたいにくっついて行くって言ったじゃない?」
「──あっ、そうですか、コバンザメですか」
「そうですよ」
月が沈みかけ、東からうっすらと明るい透明感溢れる橙色の光が城に中に差し込む。
四人、ひとしきり笑うと、ゆっくり昇って来る太陽を見つめた。
これから始まる旅が国の存亡に関わる事だと分かっていても、心躍らずにはいられなかった。
ようやく、国を救う旅に出発です。