47】 冥途へ
その光景に後から来たディーナもノーツも百戦錬磨のリュデケーンも、しばし声を出す事も出来なかった。
事切れているはずなのに動いている大男。
あり得ない方向に身体が曲がっている老男。
しかし何よりディーナが強く衝撃を受けたのは、老男と共に大斧の刃が横に刺さり床に大量の血を流し続けながらも老男を抑え付けているカインの姿だった。
「カッ、カイン──!!」
ディーナの叫びに近い高音と共に、カインは折曲がるように床に突っ伏した。
カインに駆け寄るディーナ、ノーツ、アリアンを尻目にリュデケーンは自分の使命を果たすべく剣を持ち横に走りながら不明な呪文を口ずさむ。
「──ハバス殿!!」
リュデケーンが左手を前にかざすと、ハバスと呼ばれたウィリアムを囲むように螺旋状に陣が生まれた。
「リュデケーン! てめえ! 虫の存在で我に歯向かうのか!」
ウィリアムの中にいるハバスがリュデケーンに向って罵倒しながら両手をかざして陣を消そうとするが、跳ね返り逆にウィリアムの身体を傷つける。
「元・虫でございますが? そもそも悪戯心を起こした妖精の『取替えっ子』が原因でのこと。それも、貴方様の指示によると当に知っております。──そんなに私めが恐ろしかったか?」
「お前の主人の息子を罰すると言うのか?!」
「今の主人はディーナ様でございます。しかし相変わらず貴方様は、母君のドーン様の悲しみをお分かりにならないと見える」
「このように産んだのは母じゃ! ──母の身体に沁み込んでいた邪気が私を作ったのだ! その本能のままに動くのが何が悪い!!」
良心も慈悲も愛も無い
純粋たる悪──
「ハバス殿……貴方の誕生した理由からすると何が悪いのか分からぬのは仕方が無い。
しかし、この世界と我々の妖精界はとうの昔に隔たれた。我々は必要以上故意に関わってはならない──それが我々、力ある者の使命。冥途へ戻られよ」
そう告げるとリュデケーンは再び短い呪文を唱える。
螺旋の陣は一つから二つ、二つから三つと重なり増え幕となってウィリアムの身体を包む。
「父上! 叔父君の魂を!!」
リュデケーンはウィリアムの身体と包んでいる幕を切り裂いた。
「──あっ?!」
瞬間、突如現れた巨大な手にウィリアムが掴れたかと思うと、その身体から青白い炎を出している物体が引き出され巨大な腕と共に消えた。
*
「リュデケーン! 来て!!」
泣き叫ぶ自分の主人の声に反応し、素早く近寄った。
ディーナ、アリアン、ノーツ、クロフトンがカインと老男を囲みしゃがんでいた。
皆、うかつに手が出せず困惑している様子だ。
「失礼」
ディーナの脇にしゃがみ、リュデケーンは二人を見た途端、彼の眉に皺が寄った。
「癒着している……」
それが皆、リュデケーンが駆けつけるまで誰も手を出せずにいた理由だった。
カインは辛うじて意識を保っているが、血の気は既に無く荒い息遣いだけが辺りに響く。
それに対照的なのがドルイトだ。
斧で腹から真っ二つのはずなのに、瞬きもしない眼で「アアアアアア……リュ……ショワ……」と名を連呼しながら手足がぎこちなく動いていた。
「リュデケーン! これは何なのだ?! 一体どうなっているんだ!!」
アリアンが責め立てるように怒鳴った。
「……ドルイトと申すこの男の“生”に対する執着が起こした呪いではないかと……」
リュデケーンは一つ一つ言葉を噛み締めるように静かに答えた。
「人が強い想いを残したまま死ぬと、霊力が有る無しに関わらず、様々な現象を起こす事がある。この男は元々、呪術とかに精通していて容易く施行できる才があったのでしょう?」
アリアンとクロフトンが頷いた。
「──しかし、このままでは癒着が進み、後ろの若者が乗っ取られますぞ」
「……どっ、どうしたら……」
リュデケーンの見解にディーナは恐ろしさと困惑で顔を覆う。
その時だった──。
「このまま……俺とこ……いつを滅せ……」
カインが苦しい息を吐きながら、途切れ途切れにディーナに頼んだ。
「──それは駄目だ! お前は生きるんだ! 生きてくれ!!」
アリアンが叫ぶ。
その瞳には涙が溢れ、押さえきれず頬に伝う。
「──普通だったら……即死……だ……そうだ……ろう?」
カインの呟きに、傷を見て悟っていたクロフトンとノーツが唇を噛み締めた。
こうやって辛うじて息があるのは、この“生”に執着しているドルイトの呪術の為──もし、ここで意識を失えば全てをドルイトに取られる。
それがリュデケーンの見解であった。
「私の剣なら呪いも、その呪われた身体も消滅させることができましょう……」
リュデケーンがカインの耳元で、慰めるように言った。
カインは暫く目を瞑っていたが、ゆっくりと開けると虚ろな表情をで話す。
「その剣……は……お前じゃない……と、使えんか……?」
リュデケーンは首を横に振った。
「では……ディーナ……引導を……」