46】 堕ちた魂
ドルイトとウィリアムの様子を目の当たりにしたアリアンは、声を上げる事もできないほどに驚き、勇敢な女騎士である彼女が思わず後ろへ下がってしまうほどの異様さに身震いが止まらなくなっていた。
アリアンを支えるカインも、自分の震えを止めんばかりに支えたアリアンの肩を強く握った。
ウィリアムの左胸、確かに大きな穴が空洞となっていて、血が滴った痕が足元のブーツまでにいたり黒ずんで残っていた。
「……何故、動いてる……?」
錯覚ではないか? アリアンは自分の目を本気で疑った。
そうして、更に異様な者が──ドルイト。
首から上が斜め後ろに向いたまま、猫背でこちらを見つめていた。
勇気を振り絞り上から下までよく見ると、足の甲が後ろに向いており身体全体が捻じ曲がっていた。
アリアンに向って左右に揺れながらよちよちと歩く姿は、壊れた人形のようで滑稽且つ不気味だ。
「……ア……リー……シャ? アリーシャかああああああ?」
充血した眼をかっと見開き、頭を振りながら身体を左右にかくかくと骨が折れる音を盛大に鳴らしながらアリアンに向って来る
「わっ、私はアリアンだ!!」
懐かしい母の名を呼びながら近付いてくるドルイトを、弧を描いてアリアン達は距離を取った。
「兄上……何だって二人共あんな……」
カインが蒼白になりながらも、状況を把握して冷静さを取り戻すためにクロフトンに経緯を尋ねた。
「ウィリアムの側近から連絡があって、急ぎウィリアムの部屋に行ったら……あの姿だ。恐らく、あの父の身体の曲がり方から刺されながらも抵抗したのだろう……」
「死んだウィリアムに縛られたってわけ?」
カインは眉をひそめる。
ウィリアムが兄弟の中では一番の大男だし、剣術も長けている何より斧やハンマーを持って敵を蹴散らすのが得意としていた。
しかし、彼には負けるがクロフトンも偉丈夫である。
参謀や内勤を重点とした生活であっても、長兄として、跡継ぎとして剣や武術の鍛錬は怠ったことはなく、特に武術はクロフトンの母の亡国では盛んで、独特の武術があって彼はそれを教わっていた。柔らかな動きで相手の動きをかわし、なお、相手の力をも利用する武術。
体術のみの戦いならクロフトンの方がウィリアムより上だった──それなのに、死んで動く奴に敵わなかったのか? カインは疑惑に鋭い視線を投げた。
「力が今までの比ではない。どうやってもねじ伏せられたわ」
「……死んで人枠を超えたか……?」
肌が黒いと悪意でからかわれた記憶が一番強く、あまり良い印象の持っていなかった異母兄・ウィリアム……。
まさに死人として部屋を徘徊する姿は、哀れであった。
──せめて、我らで引導を──
そう思いなおしていた時
「アアアアアア……リュシシシシシャアアアアア……うわちゃしらよ……? よぉぉぉぉぉぉおらああああく……うわらしのもっっっっとへぇぇぇぇ」
「──来るなぁ!!」
おぞましさに顔が引き攣るアリアンが大きく剣をドルイトに振る。
ガツン──
アリアンが上から振り上げた剣を、ウィリアムのガントレットが受け止めた。
「──!!」
瞬間、ウィリアムの拳がアリアンの腹を殴打する。
「ぐっ!!」
アリアンはぐぐもった声を出すと気を失ってしまった。唇を噛んだのか、顎に一筋の血が伝う。
「アリアン!」
「まずい!」
ウィリアムに担がれる形で捕らわれたアリアンを開放すべく、カインとクロフトンが同時に向う。
「ふん! 五月蝿いハエ共だ」
ウィリアムは片手に持っていた大斧を振り回した。
大斧は重たさを感じる空気の裂く音を出しながら、カインとクロフトンに光る刃で切り裂こうとするが二人辛うじて避けた。
いつもの振り上げる速さと比ではない──それは確かにカインも感じた。
大斧はうねりを上げながら船底や壁、あらゆる物を破壊する。
「あははっは! これは面白い! ハエ叩きだ!」
げらげらと下品な笑いをたてながらウィリアムはカインやクロフトンに斧を振り回していた。
「──下品な笑い方だぜ! とてもあの高貴な女王ドーンの息子とは思えんな!」
カインの言葉に振り回していた斧の手が止まった。
「もう、全て分かってるんだよ! ──ここにリュデケーンが来るぜ! 手前を罰しにな!! それまで俺らが遊んでやるぜ!」
カインの言葉に、ウィリアムは今まで憎たらしいほど馬鹿にしていた笑い顔がサッと青ざめた。そうして、わなわなと震えると持っていた斧を力なく落とした。
既に目を覚ましていたアリアンが、その時を見計らい隠していた短剣でガントレットの間か垣間見える生身の腕に切りかかった。
「──!!」
死んでも痛みがあるのだろうか? 単に驚いただけなのか? ウィリアムの身体がよろめいた隙を狙ってアリアンは束縛から逃れ、落ちていた自分の剣を拾い構えた。
「あああああああ……リッリリリリ……シャシャシャシャあああああああぁぁぁ……らぜええ?」
懲りずに壊れた身体でアリアンに近寄るドルイトを後ろからカインが抱き着いて抑えた。
死ぬ直後、ウィリアムは渾身の力で父を絞めたのだろう。身体の中心のアバラやら腕などの骨の固い感触は無く、ぬいぐるみを抱いているように思えた。
──突如
「うわわわわわわ!!」
と悲痛な叫びを上げて、ウィリアムは再び大斧を手に滅茶苦茶に腕を振り回す。
「貴様! 貴様らあ──!! よくも!!」
その大斧は乱暴に扱われ過ぎたのか、留め金の部分から刃の部分が柄からすっぽり取れ、回転しながら飛んでいった。
「──?! カイン!!」