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ティンタンジェル記  作者: 鳴澤うた
44/49

44】 空翔る者達

 エリダーが城に戻り二晩が過ぎた。

 寝ずの『力返し』も、レーシィの攻防も限界であった。

「エリディルス……」

 隣で『力返し』の行使をしていた父王のフォークロアーが、倒れるように息子に寄りかかった。

「──父上!?」

 受け止め、支えたエリダーは改めて父の体躯が細くなった事を知った。

「すまぬ……。老体にはきつい……」

 フォークロアーは自分の老いに逆らえない体力と精神力に舌打ちをする。

「少しお休み下さい」

 親の身体を気遣う息子に、王は首を横に振った。

「私のことよりレーシィだ。──彼を山に帰そう」

 二人陣を張ってあるベランダ──普通なら新年や祝事に王家のお披露目の為の場は今、術の行使の為に使われていた。

 フォークロアーとエリダーは寝ずにそこで陣を張り、強力な敵の『力返し』を『力返し』で弾き、更に術を上乗せして行使していた。

 今のところ敵艦からの攻撃は、砲弾ばかりで国内には敵が攻め込んでいない。

 巨人のレーシィが敵の戦艦の前にどっかりと腰を下ろし、砲弾から街や城を守っていた。

 ──しかし、いくら巨人でも何十発とも言える大砲や、針ほどの大きさの矢でも大量に身体に受けては……。

 じっと黙って腰を下ろし、静観しているがレーシィの表情は疲労と受けた傷の痛みでか歪んでいた。

「──皆の者、覚悟を決めよう……」

 フォークロアーは周囲で見守っていた重臣達に静かに言った。

「御意」

「仰せのままに」

 もう覚悟は出来ていたのだろう。

 各騎士団の団長達は、サッと一礼すると身を翻し、自分の持ち場へと離れて行く。

 唯一、女性が団長を務める第五騎士団は、代理で副団長が指示をしていた。

「副団長!」

 持ち場に戻って来た副団長に若い騎士達が声を掛ける。厳しい顔で戻って来た副団長を見て、悟ったのか皆、すぐに整列し彼の言葉を待った。

 副団長は皆を一瞥すると、口を開いた。

「もう、王も王太子も我々の盾となっていてくれているレーシィも限界だ。これから直ぐに第一から第七まで出発、レーシィの側まで行き待機。──レーシィが去った後、総攻撃に入る!」

「──はっ!!」

 敬礼を済ますと、皆それぞれの武装の準備を速やかに行う。

 部下のそんな様子を見、それから副団長は東から昇る太陽の向こうにある山脈に目を向けた。

「アリアン団長……このままでは間に合いません……。一刻も早くお戻り下さい」

 祈るより他無かった。



「レーシィ!! 聞こえますか?!」

 早馬でレーシィの側まで来たエリダーは、馬から飛び降りるとレーシィの背中からシャツを掴み肩まで昇ると彼の耳元で語りだした。

「レーシィ、ありがとう。もう、山へお戻り下さい。貴方が命を落とすような事があったらトゥラティン山脈の山々が死滅してしまう。ここまで私達、人間の為に手を差し伸べて頂いて感謝の念は絶えません──だからこそ、人間同士の戦いに巻き込まれる前にここからお引取り下さい」

「心配ナイ、平気ダ」

 そう答えると耳障りだ、と言わんばかりにエリダーの首元のシャツをマントごと指で摘むとひょいと城のベランダへ戻した。

「レーシィ!! でないと貴方が!!」

「勘違いスルナ」

「──えっ?」

 すくっとレーシィはトゥラティン山脈の方角を見つめながら立ち上がった。


「来タ、援軍ガ。入レ代ワリ、ワシ、帰ル」


 トゥラティン山脈からこちらに向ってくる黒い影。

 そこから『何』かが来る異変はレーシィだけではなく、城の外に出ていた者達の全ての目に見えていた。

「──鳥?」

 各騎士団の者達、ベランダにいた重臣達、騒ぎを聞いて外に出る民達。

 それはもの凄い勢いで城に近付いて来て、時々、馬の嘶く声が澄み切った空を裂くように聞こえる。

「あれは! 新たな敵でしょうか?」

 重臣達が慄きながら王とエリダーに尋ねた。

 鳥の大群だと思われた空の軍団が、馬に跨る武装した兵士達だと分かると大騒ぎになった。

「リュデケーン騎士団?!」

 エリダーが声を上げる。

「おおっ! あれが?!」

 驚きが歓声となった。

 先頭を走る、一際立派で大きな白い翼を持った馬から少女の声が聞こえた。


 その元気な声──たった二日程しか離れただけなのに、懐かしく、また再び会える喜びにエリダーは瞳を輝かせた。


「ディーナ!!」

「エリダー!!」


 はっきりとお互いの顔が確認できる程に近付くと、ディーナは居てもたってもいられず馬から飛び降りた。

 そんなディーナをエリダーは両の腕を一杯に広げ、ディーナを受け止めるとしっかりと抱き締めた。



「良かった……! 間に合って良かった!」

 泣きじゃくりながらエリダーの胸に埋まるディーナの栗色の髪を、エリダーは愛おしみながら撫でる。

「信じてた……。ありがとう! ディーナ……」

 そう告げると、エリダーはディーナの額に何度も口付けを落とした。


 ひとしきり再会の喜びを味わうと、エリダーに促され、ディーナは改めてフォークロアー王の前に膝まつき、リュデケーンとその部下達を紹介した。

「長らくお待たせした事を幾重にもお詫び申し上げます。

 ──私の後ろに控えますのが、妖精騎士団の団長・リュデケーンにございます」

 リュデケーンも主人であるディーナに従い、同じように膝まつき一礼をした。

「──おお! 伝説の騎士団が実在し、我らの前に現れこうして共に戦ってくれるとは!」

 フォークロアーは感無量で、目頭に涙を浮かべた。

 フォークロアーはディーナの手を握り、立たせると何度も礼を述べた。

「もったいのうございます」

 ディーナも涙を浮かべ、首を横に振る。


 その間を割るようにレーシィが顔を突き出してきた。

「ウィンダムガ乗リ込ンデ来ルゾ。──ワシハ限界、帰ル」

 そう言うと、山脈のようなその巨体が霧のように消えた。


 港を覗くと、艦から桟橋が次々と立てかけられ怒声や罵声と共に、まるで蟻の様に城下町に乗り込んでくる。

「ディーナ様! 出陣の命令を!」

 リュデケーンが申し出る。

 ディーナはフォークロアーとエリダーを見つめた。本当に自分が指示を出して良いのか迷っているようだ。

 フォークロアーは察し、頷いた。

「息子から聞いておる。女王ドーン様から鍵を得た者しか騎士団は命令を聞かんそうだな? ディーナよ、我のことは気にせず自分の思う通りに命を出すと良い」

 ディーナは、ちょっと考えると思い切ったのか、はっきりとした口調でリュデケーンに意見を述べた。

「私は、軍人としての教育を受けた者では無く、戦略等は到底頭に思い浮かびません……。言えるのは“こうして欲しい”と言う自分の意見だけです。リュデケーン、私の意見を聞いて、それで貴方なりの指示を他の団員達に出して欲しいの。貴方の方が沢山の経験を積んでいる。状況に応じた作戦を

臨機応変に組めるでしょう?」

 リュデケーンは力強く頷いた。

 ディーナは、王とエリダーをもう一度見つめると視線をリュデケーンに戻す。

「……リュデケーン、総勢力でウィンダムの兵士に立ち向かって下さい。

 その時、ウィンダムの兵士達をなるべく殺さず──できれば相手を傷付けずに戦い、投降を呼びかけて欲しいの」

「──何ですと?!」

 これにはリュデケーンだけではなく、フォークロアーやエリダー、側にいた重臣達も驚き、皆問いかけの表情でディーナに視線が集中した。

「ごめんなさい……難しいこととは思います。でも、できるだけそうして欲しいの。私、ある者からウィンダムの人々や兵士達の様子を聞きました。

 皆、同じ人間で私達と同じように国に戻れば家族がいて、友がいて、同じように生活しています。好きで戦に参加している人は少なく、命令に背けば殺されるから嫌々参加していると言う事。

 ──そして、教皇の教えに洗脳されて、それが良い事か悪い事か自分で考える事も無く、操り人形のように戦っている人間もいると聞いてるの。

 血を血で洗う……そんな悲しみばかりが広がる行いはもう……沢山なんです……」

 ディーナはそう話すとリュデケーンの手を取った。

「……お願いできますか?」

 リュデケーンは懸命に微笑んで自分の手を握りそう願うディーナの心を励まそうとするように、自信たっぷりに笑う。

「──お任せあれ!」

 そう言って立ち上がると、空で待機している部下達に命を出した。

「皆の者! 聞いたでろう! 我らの主人の意思を! 人間を傷付けずに倒すことなど我々妖精の騎士には容易い事! それが出来ねば我が騎士団では無い!!」

 空一杯に上がる雄叫びがディーナの意思を承知した合図だった。

「半分は上陸しや兵士を止めろ! 残りは艦内へ侵入! 抵抗はしない者には手を下すな! 投降を呼びかけろ!」

 リュデケーンは、そう怒鳴りながら自分の馬に跨り王に向かい告げた。

「フォークロアー王よ、主の騎士団にもディーナ様と同じ指示を出されよ! 城内と城内に侵入しようとする兵の説得と保護、および治療をお頼み申す!」

「うむ!!」

 フォークロアーは頷くと、直ぐに伝令を出す。


「──ではディーナ様、私は指揮官が乗船していると思われる艦に向います」

「宜しくお願いします。──リュデケーン、主であるドルイト教皇はドーン様の……」

「承知しております。異世界を混乱に陥れた罪、元主人の御子息と言えども許されませぬ。罪は償って頂く」

 ディーナの言葉を途中で遮り話すリュデケーンの意志を述べる言葉は、大変厳しく同情の余地は無いと言う言い方であった。

「──では! 良い報告をお持ち致しますよ、ディーナ様!」

 リュデケーンはうって変わって屈託の無い笑顔を浮かべ、先頭に立ち、一際大きい艦に向って空を駆けて行った。

 その様子をエリダー・王と共に見送っていると二手に別れ陸に残る軍の方からノーツの呼ぶ声が聞こえた。


 ノーツは騎馬隊の一人の後ろに乗せてもらい、そのままベランダまで来てディーナ達の前で降りた。

 王と、王太子であるエリダーに恭しくお辞儀をすると、深刻な顔でディーナに告げた。

「ディーナ、アリアンとカインが主流艦侵入隊の方へ行ってしまった」

「──えっ?! アリアンは自分の騎士団に戻ったんじゃなかったの?!」

 カインはどう行動を取るか、大体の見当は付いていた。

(でも何故、アリアンまで?)

 足先から頭まで突き抜ける悪寒──。

(嫌な予感がする……)

 いつのまにかコーファルが「カイン、カイン」とお気に入りの青年の名を呼びながら城の上を飛び回っている。

「一緒に付いて来ちゃったんだ……カインに」

 ノーツが困ったようにディーナに話す。

「──王、エリダー、ノーツ……」

 ディーナは決心したらしく、三人の顔を見つめた。


「──ディーナ?!」

 察した三人はギョッとしてディーナの名を呼ぶ。

「コーファル! 身体を大きくして私をリュデケーンが攻める艦まで連れて行って!」

 ディーナの言葉にコーファルは躊躇う事無く姿を巨大化させ、ベランダの囲いに止まる。

 ディーナは素早くコーファルの背中に飛び乗った。


「ノーツ!!」

「承知!」

 エリダーの呼ぶ声に心得たように返事をし、ノーツは間髪入れずにディーナの後ろに飛び乗った。

「ディーナ! すぐにリュデケーンと合流して離れずにいて! 彼なら必ずドルイトに会うでしょう! アリアンとカインも目的はドルイトのはず!」

「分かったわ!」

「ノーツ、ディーナの守りを! 彼女をウロウロさせないで!」

「承知!」

 ディーナはエリダーとノーツのやり取りが気に入らなく、頬を膨らませた。

「本当はエリダー本人が付いて行きたいのを耐えて俺に任せたんだ。察してやれ」

 ノーツが小声でディーナにそう言うと、すぐに機嫌を直しエリダーに

「無茶はしないわ、約束する」

とエリダーに微笑んだ。

「行って! コーファル!」

 ディーナの命にコーファルは一羽ばたきすると、一直線に目指す艦に向って飛んで行った。


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