表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ティンタンジェル記  作者: 鳴澤うた
43/49

43】 目覚めの時

「ディーナ! この鎖で最後だ!」

呼ぶアリアンの元へよろめきながらもディーナは向った。視点が定まらずアリアンがぶれる。

それでも剣を引き摺って、彼女の元へ時間をかけて着いた。

荒い息を整え、意識を集中させると不思議と視界がクリアになった。


──最後の封印を──!!


鈍い音をたて手足の鎖が切れた。

「……ラッパ……吹かなきゃ……」

剣を杖代わりに地に刺しながら、中央までよたつきながら歩く。気ばかりが焦って足が思うように動かく、何度も転んだ。

それでも、何とか中央まで辿り着くとラッパを手にし、眠る騎士団を見つめ、それから自分のボロボロの雑巾のような手を見た。

雑巾のようになった包帯は自分の血で染まり酸化して黒ずんでいる。カインが当ててくれた皮もずれ、擦り切れていた。

そして、ラッパを握るとまさに雑巾を絞るよ時に出る水のように血が滴った。

──もう痛みは感じていなく、ディーナは自分の意識がはっきりしていないのだろうとぼんやりと知った。


──エリダー……


フッと、愛しい幼馴染の顔が浮かんだ。

──すぐよ、すぐに──

ラッパを口につけると、息を吹きかけた。

高音の天高くまで届くかのようなラッパの音は、この広い洞窟に響き反響する。


「──おい……! 目が!」

いち早くか因果反応し指を刺した──横たわる騎士団に。

今まで死んでいるのかと感じるほど微動だにしなかった騎士団の妖精達は、皆、待ちわびていたかのように一斉に目を開き、今までずっと起きていたかのようにサッと立ち上がり動き出した。

 手や足を動かす度に鳴るガントレット、鎧、靴 それに付き従う給仕の女達の、ドレスの裾の涼やかな音。

 そして目覚めに歓喜する沢山の声──止まっていた時が動き出した、まさにそんな光景であった。


 そして、一際大きい体躯の逞しい男性が、疲れ切って地に刺した剣に寄りかかるように膝を付くディーナの前に進んできた。

 何の素材で出来ているのだろう? その若者が着込む鎧は眩しく光り、傷一つ無い。

 その鎧に埋め込まれている飾り紋が、銀細工でできているのがようやく分かる位であった。

 身体つきと同じ、精悍な顔の造りの男性がディーナの前まで来ると、恭しく膝まつく。

「貴女様が我々を永い眠りから目覚めさせた者とお見受けする。──わが名はリュデケーン。そして、後ろにした従えし者達は私の信頼する配下達」

 ディーナは言葉も無く頷いた。

「まさか、こんな可愛らしい少女が私共を目覚めさせるとは、眠っている間夢にも思わなかったことでございます」

と、畏敬のの念を込めてディーナの手を取ったが

「──!?」

 彼女の肉まで見え、血が滴る手を凝視した。

「……こんなになるまで……」

と、顔をゆがめて呻いた。

「リュデケーン様……私の身体のことは、どうか構わないで下さい。──それより……このティンタンジェルは今、他国の国に襲われ滅亡の危機なんです。……お願い、一刻も早く……」

 途切れ途切れの息で必死に訴えるディーナの手を、リュデケーンは己の大きな手で覆い「治療師を」と側の者に伝えた。

「リュデケーン様……!」

 息切れしながら非難の叫びをするディーナにリュデケーンは、破顔し軽くウィンクして見せた。

「ご心配なさるな。私達をどこの騎士団と思ってらっしゃる? 戦場へ向う時間などほんの一時でありますが故、今は、我々の新しい主人の傷を癒さねばなりませぬ。我々は主人あっての我々なのです」

「……新しい主人……?」

 目を大きく見開くディーナをリュデケーンはじっと見つめた。

「貴女様の名前は?」

「……ディーナ……ノイ……」

 恐る恐る自分の名を告げた。


「ディーナ様……良いお名前だ」

「ディーナ様」

「ディーナ様、新しいご主人様」

「我々の女主人、ディーナ様!」

 打ち寄せる波のように、次々と声を上げディーナの名を呼び、騎士達は歓声を上げた。


 驚いたのはディーナ本人だった。

「お待ち下さい! 私は女王ドーン様から貴方達をお貸しくださいと、お許しを頂いただけの者です。貴方達の主人は代わらずドーン様です」

と慌てて皆に話した。

「ドーン様からお聞きになってらっしゃらないご様子で」

 リュデケーンは相変わらず膝まつき、ディーナの痛々しい手を優しく包みながら話を進める。

「ドーン様は私達を眠らせる前に こうおっしゃった。『私がお前達を必要とする機会はもう訪れないだろう。だが、いつか、誰かがお前達を必要とする者が現れるかも知れない。お前達が騎士であり続けたいと思うなら、その時が訪れるまで眠りに封印しましょう』──と」

「……貴方達は、それを望んで今までここで眠ってらした……のですか?」

 リュデケーンは頷いた。

 その時、身体の小さな老人がやって来てリュデケーンの横に立った。

小人族であろうか? 背丈は五つ程の子供くらいで大男のリュデケーンと並ぶと、まるで赤ん坊のように見えた。

 そうして、ディーナに恭しく一礼をした。

「治療師のマグでございます。ディーナ様、お手を拝見」

と、穏やかに言う。

 リュデケーンの手から離れ、痛々しいディーナの手はマグの目の前に差し出された。

 マグは表情一つ変えず、片目だけ掛けている眼鏡を指で上げ下げしてディーナの手を診る。

「──ふむ、何、私の手にかかればこんな怪我なぞ大した事などありませぬ」

と、言うないなや、腰にぶら下げている沢山の小袋の中の一つを取り、粉を掴むとディーナの両手にすり込む様に付けた。

 触られた瞬間、激痛が走ったがすぐに治まり──かと思ったら、まるで時間を遡るように裂けていた肉が繋がり、続いて皮膚が繋がり、赤黒く変色していた手の平は、瑞々しい薄紅色に戻っていった。

「──あっ!」

 手を握ったり開いたりして動きを確認する。

「……全然、痛くない……。元に戻ってる……」

 驚きと喜びが混じった顔でマグを見つめるディーナに「ほっほっほ」と愉快そうに笑うと、また別な袋から爪程の小さな果実を一つ取り出した。

「さあさ、これを召し上がりくだされ。疲れが取れますぞ」

 見かけグミのようだが、ディーナはさすがに躊躇った。

 その理由を知っているマグは顔に不釣合いな大きな瞳を細め

「大丈夫、これは人間界の果実に私がちょっと、まじないをかけた物じゃで。食べたら妖精に住まなければならなくなるものじゃあありません」

とゆっくりと話した。

 リュデケーンにも勧められて、ディーナは思い切ってその果実を口に入れた。

 噛むとじゅわっと濃厚な甘さが口一杯に広がる──途端に、だるく重さを感じた自分の身体が軽くなり、充分に睡眠を取った後の爽快な目覚めの朝に似た感覚がディーナを包む。

「信じられない……! ありがとう、マグ!」

 あまりの嬉しさにディーナはマグの皺の刻んだ頬にキスをした。マグはさらに「老人には結構な褒美で。ほっほっほ」と笑うと一礼して奥に下がっていった。


 リュデケーンは、以下ついた顔に再び笑顔を作ると再びディーナの手を取り、その甲に誓いの口付けをした。

 そして、すっと立ち上がりパンパンと手を叩くと

「──さあ! ディーナ様に我々の主人として相応しき仕度を!」

と、声を上げた。

 すると、後方から足早く給仕の女達が服や鎧等を持って現れ、あっと言う間に大きな布でディーナを囲い着替えさせられた。

 それは声も無く、呆然と事の様子を眺めていたアリアンやノーツ、カインも同様であった。

仕度が終わり、囲いの布が取り除かれると

「おお!!」

皆、一斉に歓声を上げた。

 リュデケーン達と同じ材質で造られてあろう鎧を纏い、輝く鎧がディーナを包んでいた。

「よくお似合いで! まるで戦の神ミネルウァのごとくにあらせます!」

「……それ、褒めすぎ」

 大げさなリュデケーンの賛辞にディーナは顔を赤らめた。


 改めて鎧を見つめ、くるっと回ってみる。

 槍や剣から身を守れるのかと思うほどに薄く、軽い。

 給仕の女達に取り替えられた服も、羽をくるんでいるのかと思い違いする柔らかさだ。

 男性の方も同じらしい。カインが

「こんな軽くて薄くて平気か?」

と、兜を手に取り呟いている。


 リュデケーンは再びディーナの手を取ると、声高らかに言った。

「ディーナ様! 我々にご指示を!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ