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ティンタンジェル記  作者: 鳴澤うた
42/49

42】 カインに

「──後、少し……」

 カインの言葉にアリアンは、両手を握り祈りだした。

「古代妖精神ドーン様、妖精王ハイネス様、どうかディーナにお力を……!」

 確かに後少し──。

 しかし、ディーナには既に体力は残っていないように見られた。

 国を救う気持ちだけで気力で立ち上がり、剣を振るい、鎖を切り、倒れ……。

 剣と手を繋げる布が解れ、またもや手から剣が離れる。

 しかし、前のような勢いさは無く、手元から落ちるように倒れた。同時、ディーナも倒れこんだ。

「ディーナ!?」

 三人同時にディーナに駆け寄り起こす。

 ディーナは荒い息を必死に整えながら「平気よ」と微笑んだ。

「ディーナ、包帯を取り替えよう」

 今度はカインが名乗り出た。


 ナイフで素早く布を切り取り、ゆっくりと剥がす。

 剥がす──と言うより、もう包帯自体擦り切れていて、どれが包帯でどれがディーナの手なのか見当が付かないくらい肉が爛れていた。

「……使いもんにならなくなるかも知れん」

 呻くようにディーナに告げた。

「──良いの。後、少しだから。騎士団を目覚めさせる事が出来るまで持てば後は二度とこの手が使えなくなっても良い」

 きっぱりと言い切ったディーナの瞳は、まだ活き活きとしていた。

 ──自分がどう言う役割を持ち、生きていくのか──

 決意した者だけが見せる瞳だとカインは思った。

「女って逞しいよ、ホント」

と、カインは肩を竦めた。

 怪我の治療は、三人の中ではカインが一番慣れているようで、ディーナの状態を見て当て布の上に更に痛みを軽減させる為に脛当てに使っていた皮を器用に切り、患部に当て包帯を巻く。

(そう言えば)

 じっとカインを見つめた。こんなに側でカインの顔を見るのは初めてだった。

「? 何だよ? 手際の良さに惚れ直したか?」

 いつもの調子で冗談を言うカインにディーナは改めて尋ねた。

「……カインは、全てが終わったらどうするの?」

 カインはディーナの手を持ち、上手に包帯を巻きながら答えた。

「どうって……そのまま捕まるんじゃね?」

「そんな事!!」

 さらっと言ってのけたカインにディーナは思わず叫んでしまった。

 カインはディーナの反応に逆に驚いた様子である。

「──お前、忘れてねえ? 俺、捕虜よ? 監視されている身よ? 城に連れて行かれたらそれなりの裁きが待ってるだけだ」

「……そんな……だって! 好きで戦ってたわけじゃ無いでしょ? それに、一緒に旅して沢山助けて貰って……平気よね? アリアン、ノーツ」

 ディーナの促しにアリアンもノーツも答えられず黙ったままであった。

「今回の行動が裁きにどれだけの酌量がつくかどうかは分からんが、まあ、俺の国じゃあ無罪放免にはならんな」

 カインは人事のようにケロリと答えた。

「私……私……弁護するから! どんなに助けてもらったか、全て話すから!」


「──ほい、終わり」

 ディーナの叫びに近い言葉をカインは遮るように処置終了を告げた。

 そして、宥める様にディーナの頭を撫でた。

「ディーナ、俺のことは気にしなくて良い。俺はお前に気にされるような人間じゃあ無い。どんな理由であれ、沢山の殺戮を繰り返してきたんだ。人間らしく死ねるはずが無ぇ──因果応報ってやつさ」

「──だけど、だけど……」

 まだ食い下がるディーナにカインは決定的な一打を出した。

「──俺がソラヤ島の襲撃の時、あんたの両親や弟を殺した張本人だとしたら? 俺を許せるか? ディーナ」

「──!?」

 黙り込んで事実かどうか分からない真偽が頭をかき回していた。

 ──あの時

 あの夜中の暗い中で、燃えている家々の火の明るさだけの中で、周囲をやっと照らす松明の明るさだけで

 誰が誰を殺ったなんて分かるのは恐らく──

 武装したのが仲間

 それ以外は違う──と、それ位の判断しかつかなかったはず。

「……カイン、貴方、優秀な兵士立っただろうね。一緒にいてよく分かる。だから、きっと武功と言う名の殺戮を人一倍多くしてきたんだろうね……。でも、人一倍その罪に縛られてきたんじゃないの? カイン……」

「……」

 今度はカインが黙る番だった。本音を見抜かれ、萎縮しているようだった。

「私の家族を殺したのはカインだって自分がどうかも分からないんでしょ? 分からないのにそんなかまを掛けるのは何故? 私に憎ませて真っ先にリュデケーンに殺してもらう為?」


 ──この少女は──

 

 と言いたげなカインの態度にディーナだけではなく、アリアンやノーツもカインが付いて来た本当の目的が分かって愕然とした。

「もしかしたら本当に私の家族を殺したのは貴方かも知れない。──でも、こうやって今まで一緒に旅してきて貴方のこと知ってしまったら……良心があって私達と同じように人として生きてきたと知ってしまったら。

 ……私、憎しみだけで貴方を『殺せ』と言えない……」

「……甘ちゃん過ぎるぜ……ホント。『生きて罪を償え』なんて甘いこと言うなよ」

「それじゃあ駄目なの?」

 悲しげに語りかけるディーナにカインは、投げやりに言い放った。


「俺が、ウィンダムの最高指導者の息子だとしてもか?」


「──カイン?!」


 凍て付く様な沈黙と視線。

 ディーナだけではなく、アリアンやノーツも同様であった──ただ、ディーナの驚愕とは違って『暴露したか』と感じ取れる驚きであった。

 それを見ていたカインは察したようだ。

「お二人さん、知っていたか」

 カインが二人に問いかけた。

 しかし、彼の視線はただ一線──アリアンに向けられていた。


 ──喋ったのか──


 そう訴えているかのように。

 アリアンは黙ってカインから目を逸らさずにいた。

「ミデル山の山頂から出発する際、最後の伝書鳩が来たのは覚えているか? ……その中にカインの身上調査の結果もあった。

ドルイト・ギビングスの三男、カイン・クローカーはカイン・ギビングスに間違いは無いだろうと。

 ──本人はギングスを名乗るのを嫌がり、母の姓をよく名乗っていたと言う報告がきた」

 ノーツが静かに答えた。

「──それで、今まで俺を放置していたのは?」

「──王太子がそう指示された」

 アリアンが答えた。


「『彼の本心が掴めない。我々にはまだ彼からの実害が無い。暫く様子を見たい』──そうおっしゃられた」

 そう言いながら、アリアンはゆっくりとカインの元へ歩み寄った。

「……本当なのか? 本当にディーナが言った通りなのか? ……リュデケーン騎士団の者に自分を切ってもらうつもりで付いて来たのか? カイン」

「……最初は面白そうだから付いていった……」

 アリアンに真剣に問われ、カインは母に叱られた子供のように口を尖らせてポツリと喋りだした。

「でもな……旅していうくちに思い出した事があってな。──俺の母親が巫女だったと言う話、覚えているか?」

 三人頷く。

「国の為に自分を差し出したのさ……俺の母親は……」



『……巫女が子供を産み育てるのか? ──通説によれば巫女は生涯独身だと聞き及んでいるが──』

『うるせぇ!!』

『お袋まで侮辱するのか!? お袋の事情を俺に聞くな! 第一、関係無いだろ!!』



 何故、あれほどアリアンの問いに怒りを表したのか──合点がいった。

 アリアンは思い出したのか、瞳を閉じ俯いた。痛めつけようと厭味を言ったことを改めて恥じた。


「ドルイトに身体を捧げ、情報や弱みを掴み自分の国を救う為の助けになるようにと……。結局、小国のあえぎは大国の痛みにならなかった。──そして俺に全てを語り自害した……。母国が滅んだ日と共にな」

 思い出し、一言一言噛み締めるように喋るカインは辛いのか、時々顔が歪み唇が震えていた。

「お前ら──特にディーナを見ていると母を思い出す。自分の身より、何より国を思う姿がだぶる。

あの時、俺はまだ幼く、母が巫女でありながらドルイトに身を捧げる理由も知らず、何の手助けもできなかった。……今なら出来る。そう、今なら──そう思った。だから協力しただけだ」

 そう言うとカインは削られた岩の天井を仰いだ。

 そして、うって変わってパッと明るい表情をしたかと思うと

「でも、それまで俺がやって来たことは許されるわけ無いだろう? 特に亡き母ちゃんの遺言に逆らって親父の因業手助けしてんだからな。こりゃあ、もうそろそろ年貢の納め時って感じてね。リュデケーン様に一発スパッと切ってもらお~と思ったわけよ!」

と、一気にまくし立てた。

「だから、気にすんな。これは俺の望みなんだし」

 カインはいつもの調子で悪戯っぽい笑いをみんなに見せた。


 ──いつも、そんな風に誤魔化してきたんだ。


「私、リュデケーンに貴方の殺害、指示しないわよ」

 ディーナは言い放つ。

 その瞳には怒りの為か瞳孔が開いていた。

「貴方がウィンダムの皇子だから? 沢山、罪の無い人々を闇に落としたから?」

──誰よりも“見えないもの”を繊細に感じて「そんな簡単に“楽”を選ばないで!」

 ──悲しみと苦しみに疲れても

「生きたいと思っても生きれなかった者達に失礼だわ……!!」

 そうカインに叫ぶと、また一心不乱に剣を振り落とし鎖を切る。

 カインが何か自分に訴えていたが、何も聞きたくは無かった。

 どうせ、言い訳だ。絶対聞いてやるもんか


 ──剣を振るう道化者

 ──もう、自由になっても良いでしょう?

 自由になって

 自分を取り戻して

 それから本当の意味で罪を償えば良い──



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