41】 ノーツに
黙々とディーナは鎖を切り続けた。
暫くたつと包帯から血が滲み出し、更に滴り落ちてきた。
「──!!」
「俺が行く」
そう名乗りを上げ、包帯を替えに着たのはノーツだった。
ディーナの手にそろりと触れる。ただそれだけのに自分の指先や平にも彼女の血がベッタリと付いた。
この、大振りな剣の柄の緻密な飾り彫りもディーナの手を傷付けている要因の一つだとノーツは苦々しく見詰めた。
丁寧に包帯を外して行く。しかし、手のすぐ間近まで外すとディーナがあまりの痛みに手を引っ込めた。
「ディーナ、見せてみろ」
促され、そろそろとノーツに手の平を見せた。
皮が剥け爛れいるだけでは無かった。肉が擦れるような状態で露出していた。
ディーナの指は痛みで真っ直ぐに広げることもできないようだった。
「……」
無言でその手の平を見詰め、やがて
「歯ぁ食いしばれよ」
と、消毒を付けた布を当てた。
「──うっ!!」
瞬間、ディーナの肩が硬直し悲鳴に近い叫び声を上げた。
ディーナの額から脂汗が吹き出ていた。
周囲には痛みを逃す場所が無く、必死に唇を噛み絞める。
「新しい包帯に替えるけど、痛みは変わらないと思うぞ」
ノーツが包帯を巻きながら淡々と諭した。
「平気、剣を持っている間は痛みなんて忘れてるから」
と、ディーナは屈託無く笑った。
ノーツにとって、その彼女の笑顔は痛かった。
再び無言で包帯を巻くノーツにディーナは
「ごめん、ノーツ」
と、申し訳なさそうに謝った。
「……何を?」
分かっているが、ノーツはあえて聞く。
「エリダーとのこと……反対なんだよね?」
「……ディーナが幸せになれるとは思えん。勿論、エリディルス王太子にとっても……」
「そっか……当たり前だよね」
「──でも」
ノーツはディーナにしっかりと剣を握らせ、布で固定し始めた。
「俺は、どの国の貴族や豪族の娘よりもエリディルス王太子にはお前がふさわしいと思う」
「ノーツ」
意外なノーツの言葉にディーナの瞳から涙が溢れてきた。
「ここまでできるのは、国や民を想ってないとできないことだ。何よりエリディルスを生かすために、こんな手になるまで……。
──謝るのは俺の方だよな。ごめんな、ディーナ……。俺の態度、辛かったろう」
ディーナは、声に出す事が出来ず、ただ、ふるふると首を横に振った。
「──ほら、顔を上げろよ。拭いてやるから」
手を剣に縛っているために、涙を拭うことが出来ないディーナの代わりにノーツが拭いてやる。
「心配するな。城の爺達から全力で守り抜くから」
「うん、期待してる」
視線が合い二人、久しぶりに笑い合った。
──旅が始まってまだ間もない頃、ノーツからエリダーとの関係を話してくれたことがあった。
『乳兄弟なんだ、へえ~』
『俺の母親が死産してね……。その後すぐに王太子が誕生されて王宮内で働いていた所を抜擢されたのさ。俺がお守り兼遊び役をして……おこがましいいが俺にとっては“弟”のような存在でね……』
『エリダーって小さい頃から綺麗だったんじゃない?』
『端正な顔立ちだったよ。……亡き王妃様によく似て……』
そう言うとノーツは急に切ない顔をして話し出した。
『亡き人を悪く言いいたくは無いが……エリダーに“息子”として接した所を見たことが無くてね……。──いつも“時期国王”に相応しき教育と行動をと、厳しくしていた場面しか見たことが無い。 だから、いつも甘えたい時はそっと俺の母親の元に訪ねて来たものさ……。見付かるとエリダーも俺の母親も王妃様に叱られるもんだから……。
一度、母に愚痴ったことが有る。“王妃様は自分の息子なのに、何故ちっとも母親らしい愛情をエリダーに与えようとしないんだ”と。
──そうしたら、烈火のごとく怒られて“お前は王妃様のお苦しみを知らないからそう言うんだ!!”ってさ。
……実際、俺は幼くてエリダーを産む前の経緯を知らなかったからね。
でも、今なら分かる。何故、王妃があそこまでエリダーに厳しかったのか。何故、エリダーが泣き言一つ言わないで“王太子”と言う教育に励んだのか……』
その時ディーナはノーツの『何故』について教えて欲しいとは言えなかった。
自分がエリダーに対して、友情以外の感情は無いと思っていたし、王宮内のきっと、立ち入ってはいけない事なのだろうとノーツからピリピリと感じ取っていたからだ。
──その後、エリダー本人から直接知ることになるのだが……。
“ノーツは国の為が前提で僕の為ではない”
とエリダーは言った。
──お馬鹿さんね、エリダー
貴方を大切に想っててくれる人、すぐ側にいるのに。
知ってて言ったの?
知らなかったら損だわ。そうでしょう?
自分を大切に想っていてくれる人が一人でもいるだけで、こんなに頑張れるのよ。
強くなれるのよ。
ディーナは再び剣を振り上げ、鎖を切り始める。
──生き延びれたら
沢山、話そうよ。
三人で──