37】 攻撃
二日間、道のりは険しくとも阻むものは現れず、何の問題も無く洞窟への道のりを進む事ができた。
エリダーも一晩別に過ごしただけで普段の彼に戻り、皆と交えて変わらない姿で歩く。
──ただ一つ変わったと言えば──
ディーナとの関係だった。
幼馴染から恋人へ──。
今までと変わらないようだが、お互いに今まで以上労わり合い触れ合う視線が熱い。
「お熱いね〜」
「アツイ? アツイノ? 今ハ秋ヨ? 涼シイヨ」
カインの言葉にいちいち反応するのはコーファル。
すっかりカインが気に入ってしまい、彼の回りを飛び回ったり肩に止まったりと忙しい。
「お前、女に化けらんねえの?」
「コーファルは男! 無理!」
カインがコーファルとばかり喋るのには訳がある。いつもの話し相手のノーツが、ずっと、だんまりなのだ。
特にディーナとは全く口を利かなかった。
そんなノーツにアリアンは何度か諭すように話しかけた。
『王太子がディーナを恋慕しているのは知っていただろう? だったら、今のこの状況は喜ばしいことではないか』
『そりゃあ、そうでしょうよ。普通なら。──でも、それは身分の差が無かったらの話でしょう? 王太子は彼女を王太妃にと考えてる。他の貴族や豪商の娘、他国の王女を差し置いて』
ノーツは溜息を付く。
『王はディーナが生活を保障してくれるとおっしゃたが、無事に帰ってきてこの事実を知ったら下手したらディーナは国外へ追い出されるぞ』
『そんなに反対するだろうか?』
『しますね。以前話に出たでしょう? ソラヤ島の昔』
『スクライカーか?』
『先祖がスクライカーで、鍛冶屋の娘……。王がまだ王太子の時代はまだ、身分格差が表に出ていたそうです。このティンタンジェルでは火を使う職は最下級ですよ。王の力で身分格差が無くなったように見えるがそうじゃない』
『王宮内の格差のことか……』
『例え、王が許しても王太妃選びで燻ぶっている今、何かしらディーナの身に危険が及ぶ。……一生続くんだぞ……。ディーナのことは俺だって幼い頃からよく知っている。良い子だってよく分かってる。だから、悩みつつ今まで放置していた。せめて、エリダーが世継ぎじゃなければ……いや、ディーナが王太妃ではなく、妾でも良いと考えてくれれば……あの子の性格から考えれば絶対納得しないだろうし……』
ノーツは一気に喋って顔を手で覆った。
『ノーツ……しかしな、それは、この国がウィンダムに滅ぼされなければの話だ。 その心配は全てが終わってから考えても遅くはないよ』
アリアンはノーツの肩を撫でた。
途中、雨が降りだし洞穴で雨宿りをしている中アリアンとノーツは、ボソボソと繰り返しそんなやり取りをしていた。
その内容を知ってか知らずかエリダーとディーナは、二人中睦まじく肩を寄せ合って雨が降る様子を眺めている。
カインは相変わらずコーファルとお喋りをしていた。
「なあ、知っているか? コーファル」
「ナアニ?」
「お前も俺も大きな運命の渦の中にいるんだぜ? 自分の行動一つで全てを巻き込み、幸にするか不幸にするかなんだ。お前もしっかり案内しろよ」
「カインハ何スルノ?」
「──俺はね……」
カインは珍しくそのまま黙り込んでしまった。
しばらく雨宿りをして、小雨になったのを見計らい出発しようと相談したその時だった。
洞穴を塞ぐ程の大きな顔がディーナ達を覗いた。
「レーシィ!?」
レーシィは、人間の腕ほどにもある指で外へ出るように促す。
「……?」
皆、不思議そうに顔を見合わせながら洞穴から出た。
「ティンタンジェル国王ノ子ハ誰ダ?」
エリダー・ノーツ・カインの顔を見比べながらレーシィは尋ねた。
「私です、レーシィ」
エリダーが一歩、前へ出る。
「城ガ攻撃サレテイル」
「──なっ!!?」
一同、愕然とした。
「父が力尽きるには早すぎる!」
──まさか、そんなはずは──と言わんばかりにエリダーは叫んだ。
「“力返シ”ノ施行ガ行エル者ガイル」
「そんな強力な力を使える者が向こうにいるなんて……」
エリダーは呆然とした。
「“力返し”って、呪術返しみたいなもんか?」
カインの問いにノーツが頷く。
「それにしても、それを行うには王と同等かそれ以上の者ではないとできんぞ」
アリアンの言葉にカインが確信して告げた。
「──ドルイトだ」
「……ドルイト……。ウィンダムの最高指導者……。と、言う事はここ《ティンタンジェル》に来ているの?」
──最悪なシナリオだ。
後、少しで洞窟まで辿り着けるというところで。
この先に待ち受ける絶望に皆、黙り込んでしまった。
その沈黙を破ったのはエリダーだった。
「僕が城に戻って応戦します」
「エリダー!?」
「僕の“力”で更に施行の“力返し”をしてみます。──どこまでやれるかは分かりませんが、城や街の被害も気になりますし。 レーシィ! 眠りに就く前にご迷惑でしょうが、僕を城まで連れて行って貰いたい」
「滅亡シテシマッテハ、眠ルドコロデハ無イ。私ノ足ダトスグダ」
そう言ってレーシィは頷くと、エリダーの為に手の平を差し出した。
「エリダー! 俺も!」
ノーツが一緒に手の平に乗ろうとしたが、エリダーに止められた。
「ノーツは残ってディーナと騎士団の解放を! ──アリアン! カイン! 引き続き、使命を随行して下さい」
「はい! 王太子! ご武運を!」
「カインもディーナを!」
「──ああ!!」
「そして……ディーナ」
目が合った瞬間、ディーナとエリダーは磁石が引き合うように抱き締めあった。
「……すぐよ! すぐに騎士団を目覚めさせてみせるわ! だから、私が来るまで生きて、生き抜いて!!」
もう、これで会えないかも知れないと言う悲しみとエリダーへの想いで泣き叫びそうになるのを必死で押さえ、力強く言い切った。
エリダーは愛しそうにディーナの髪を撫で、堪えきれずに彼女の頬を伝う涙にキスをした。
「……ディーナなら、きっとやり遂げるって信じてる」
ディーナから離れ、レーシィに合いづちすると、レーシィはのっそりと立ち上がり歩き出した。
さすがにレーシィだ。最初の一歩で一山を越えてしまった。
瞬き一つする間も無く、レーシィと共に城へ戻ってしまったエリダー。
一体どんな戦況なのか、どれ程の被害なのか見えないだけに不安ばかりが波のように襲ってくる。
──でも、今私が城へ出向いても何の助けにもならない
だから だからこそ
助けになる為に
私が今、やるべきことをやらなくては──。
「──行こう」
涙を拭い、洞穴から荷物を取り出し、背負う。
「コーファル! 案内して! 状況が変わったわ、できるだけ急いで!!」
「ハーイ」
コーファルは元気に返事すると、残ったディーナ、ノーツ、カインの頭上を飛び回った。
虹色の羽が、雨上がりのまぶしい光を受けて輝いていた。