36】 告白
「鳴キ女ノ谷ハ、広イノ。思ッタヨリ広イノ。ドウシテダカ分カル?」
まるで小さな子供が得意げに自分の知っていることで、謎かけて楽しんでいる喋り方に皆、おかしくてくすくす笑った。
「知らないわ。教えてくれる?」
「ドウシヨウカナ?」
「じゃあ、いいよ。教えてくれなくても」
「エエ! 僕、教エタイノニ教ナクテ良イノ?」
ノーツの意地悪な言い方に慌てるコーファルの様子がおかしくて、ディーナは笑いが止まらなかった。
「ノーツ、意地の悪いことを言うな。コーファル、知っていることをどんどん話しておくれ」
アリアンがその場を治めた。
コーファルは嬉しそうに羽をはばたかせた。
「ココハネ、僕ト、グリーンウズト、鳴キ女ガイルノ」
「声が呼応して、それが鳴いている様に聞こえるからそう呼ぶのではないのか?」
アリアンの問いにコーファルは「ウフフ」と人のように笑うと
「聞イテ」
と大きな叫び声を出した。
「ギャー!」と言う呼び声があちこちに呼応しながら、最後の木霊になった時──。
「あ……、声音が違くね?」
よ〜く耳を澄まさないと聞き取れない位だが、確かにコーファルの声音とは違っていた。
試しにカインも
「酒、飲みて──!!」
と叫んでみる。
「──やっぱり、最後、声が違うな……。女の声だ」
「山ビコの精ナノ。山ビコハネ、声ガ欲シイカラ目ノ錯覚ヲ作ッテ人ヲ迷ワスノ。迷ウト人ハ声ヲ出シテ助ケヲ呼ブデショ? ダカラ、ココノ谷モ錯覚起コサセテ大シテ広クナイヨウニ見セテイルノ」
「そうだったのか……」
「んじゃあ、久しぶりに人の声を聞いて山びこも喜んでそうだな」
「喜び過ぎて私達を迷わせすぎ」
「デモ、僕ガイルカラ大丈夫ダヨ」
コーファルは羽をはばたかせ、自慢げに言った。
*
グリーンウズが去ったというのにニ、三日は皆と離れて寝ると言うエリダーにディーナは、疑問と不満でタラタラだった。
「グリーンウズがコーファルを捕らえる時に放出した『気』は、エリダーの“純粋”と“理性”の部分だから、いつものディーナの知っているエリダーじゃない」
ノーツに言われ暫く黙り込んでしまったディーナだったが、それでも、グリーンウズが去った後の口数の少ないエリダーが気になり、ノーツが止めるのも聞かずエリダーのテントへ行ってしまった。
「──知らないよ」
呆れたように溜息を付くノーツにカインは
「ほっとけよ。ディーナなリに何か決意があんだろ」
と、コーファルに干しシャトネラをあげながら話す。
「王太子様に対する気持ちをはっきりさせたいんじゃ無いの? ──まっ、何かあったら大声を出すだろうし。な、コーファル?」
コーファルは干しシャトネラを夢中になって頬張っていて、カインとノーツの話を全く聞いていない。
「ウマ、ウマ、モット、モットヨ」
と、子供のように食べ物を要求している。
アリアンは黙って火をくべていた。
火の粉が夜の空を舞う。
満天に輝く星達の元に、まるで魅了されて飛んでいくように見える。
だが、所詮は空と地。
交じり合うことは決して無い。
ディーナとエリダーも例えればそう。
エリダーは星で
ディーナは火。
──だけど、二人は『物』じゃない。
二人が分かり合った上で愛し合っていると感じることができたら、世間の隔たりも身分も越えることが出来るだろう。
「あの二人……一緒になってくれたら良いなあ」
アリアンは、そう呟いた。
「こっちに来るな、ディーナ」
いつもと違うエリダーにディーナはうろたえた。
穏やかで優しい声音。丁寧な口調、慈愛で相手を見つめる瞳。
紳士らしい態度のエリダーはそこにはいなく、ディーナと同じ等身大の少年の姿があった。
しかし、見慣れない彼の姿にディーナは等身大と言うより、何か野生な感じが見て取れて余計に固まってしまったのだ。
「皆から聞いてるだろ? 二〜三日は近寄るな。もう行ってくれ」
更に言葉を続けるエリダー。
しかし、ディーナは動かなかった。深呼吸するとエリダーに話しかける。
「……ニ、三日位には洞窟に着くってコーファルが言ってたわ。だから……それまでにエリダーと話をしたかったの」
「──兎に角今夜は駄目。グリーンウズが離れたばかりで精神的にきついんだ」
「やっぱりグリーンウズの事……!!」
思わず駆け寄ろうとするディーナに「違う!」と怒鳴った。
幼い頃から王立学校で共に生活していて、一度もエリダーに怒鳴られたことが無かっただけに、ディーナには堪らなくショックだった。
「……エリ……ダー、あの……私……」
自然に涙がこぼれてくる。
進むことも去ることもできない。
怯えた子供のように立ちすくみ泣くことしかできない。
だけど、今、言っときたい──。
涙を必死に堪えながらディーナは、話をした。
「エリダー……聞くだけ聞いて……。洞窟を開けたら、騎士団を目覚めさせたら、もう、こんな風に二人で会う事も無くなるかも知れない。
──最悪、ウィンダムとの戦闘で命を落とすかも知れない。例えそうでも、良いと思った。父も母もアルフォンスもいない。生まれ育ったソラヤ島も焼かれて無人の島となった。皆の敵を取ってティンタンジェルを守れなくても、戦って自分の命を燃焼させれば良いと思ってた。
──でも、今は違う。国を守ると一緒に来てくれたエリダー……。旅をして、貴方の、私に対する気持ちを知って驚いたけど、貴方にとっては等しいんだよね?
国を守ることは、愛する人を守るということに。愛する人の『生』を守るために国を守る……。私も、私も、エリダーを守りたい……。貴方に死んで欲しくない。貴方の『生』を守るために私、命に代えても騎士団を──」
突然、エリダーがディーナを覆いかぶさるように抱き締めキスをした。
ディーナは突然の事に驚いたが、受け止め、黙ってエリダーの肩に手を置いた。
長いキスの後「だから!」と吐き捨てるように呟くと、更にディーナを強く抱き締めた。
そして、荒々しくディーナの柔らかな髪を擦るように撫でた。
「そう言うの、明日以降にしてくれって! 理性を持って行かれた分、ディーナへの想いを抑えきれないんだ! このままじゃ、君に無理強いしてしまいそうだから! ──だから、言ったのに!」
エリダーの、今までの想いの分だろうか? 抱き締める腕の力も、背中や髪を撫でる力も身を捩りそうに強い。
でも、今ならディーナにもエリダーの想いが理解できた。
だから、こうやってエリダーの腕の中にいた。
長い密着──少しだけエリダーが腕の力を弱めた。
ごめん……拙い、やり切れない切ない声がディーナの耳に届く。
「ううん」
ディーナは首を横に振りながら、エリダーの頬にそっと触れた。
いつの間に、自分より背が伸びたんだろう? 自分の顔を上げないと彼の顔を覗けないないなんて。
こんなに肩幅があったんだ、私を包むほどに。
女顔だと笑ったのが大分昔に思えるほどに、間近で見る彼の顔は青年に向う少年の逞しい顔付きだった。
プロポーズされた夜は、あまりに急であまりにエリダーが優しく抱き締めるから分からなかった。
ごめんね、凄く大事にしてくれていたのね。
「エリディルス……」
彼の本名で囁き、自分から唇を重ねた。
「貴方を愛しています」