35】 幼き魂──コーファル
「コーファル!」
呼ぶ声が谷中に木霊する。
「コーファルやーい!」
「ドーン様のコーファルーー!」
朝から呼び続けているが、一向に姿を現さない。
さすがに皆、声が嗄れてきてしまった。
「まさか、もう死んでんじゃねぇだろうな?」
かすれた声でカインがぼやいた。
「鳥は鳥でもグリーンウズのように“精”ですから、それは無いと思います」
「蛇の精に鳥の精か。──そう言えば、コーファルって鳥は何の種類なんだ? グリーンウズから聞いてないか?」
「猛禽類のようですよ」
「……それでロック鳥みたいだったらひくな……」
「ロック鳥?」
「巨大な鷲みたいな鳥。人一人なら余裕で足で掴んで飛んでいっちまう」
「そんなでかかったら、女王の肩に掴まれないだろう?」
ノーツが笑って言い返した。
「──あっ」
ディーナの足が止まる。
「どうした?」
「あんな所にアケビが」
脇に入った先の小さな崖に、蔓にぶら下がりたわわにアケビが生っていた。
「取って来るわ」
言うより先に道から逸れて脇に入っていく。
「ディーナ! 私が先に行くから」
アリアンの言葉にディーナは「平気!」とズンズン先へ進んで行ってしまった。
人が入ったことが無いような森で歩くのは容易ではないが、危険な所は無いようだ。
すぐにアケビの前に辿り着いた。
「よいしょ!」
蔓ごと引き抜こうと、手を上に伸ばした時──。
「──?」
そこは崖でなく大きな岩に絡んでいたアケビであり、その岩の上に何か止まっているのに気付いた。
大きな三本に分かれた足……。
思わずディーナは後ろに下がった。
「どうした?」
それに気付いたアリアンが声を掛けるがディーナは呆然と顔を上げたままだ。
そして
「コーファル?」
と、その大きな鳥に声を掛けた。
姿は鷲か鷹によく似ているが、その身体を覆う羽毛はとても鮮やかな色彩で虹を思わせた。
ディーナに声を掛けられたその鳥は、ギョロリと大きな丸い目を彼女に向けた。
目が合ったと思った途端、顔をディーナに近付け、くちばしで彼女の服を加えて羽を広げた。
「ディーナ!!」
四人驚いて一斉に走り出した。
「コーファルでしょ?! 女王ドーン様のコーファルでしょ!? ちょっと、離して!」
ディーナは負けじと暴れる──拍子に服が破け地面に落ちてしまった。
「コーファル! 私ノ名ハコーファル! 女王ドーン様ノ飼イ鳥! ココハ、私ノ棲ム所。ココニアルモノハ全テ私ノ食ベ物! 私ノオモチャ! ダカラ、ソノ娘モ私ノオモチャ!」
今度は鋭い爪が付いた三本の蹄でディーナを掴もうと襲い掛かったその時、エリダーがディーナの前に立ち塞がった。
コーファルに向けて左腕を差し出す──グリーンウズが巻きついた左腕を──。
「──!?」
瞬間、エリダーの左腕からグリーンウズが飛ぶように離れ、あっと言う間にコーファルに巻きついた。
「ギャッ!!」
コーファルは一言、短く叫ぶとまるでグリーンウズにその身体を吸われるように徐々に小さくなって、エリダーとディーナの前に倒れた。
グリーンウズは役目が終わったことを悟っているようで、頭をエリダーに向けて軽くお辞儀をするかのように垂れて、森の奥へ消えて行った。
「グリーンウズが行っちゃったけど……良いの?」
エリダーに尋ねると彼は気にする様子も無く、気絶しているコーファルを捕らえ、ディーナに渡す。
「彼女の役割は元々ここまででしょう?」
「……」
そんなエリダーにディーナは何か言いたげだが、コーファルを擦っていたら目を覚ましたのでそちらの方に意識が行ってしまった。
「目を覚ました? 痛いところは無い?」
小さくなり、オウムくらいの大きさになったコーファルはディーナの腕の中で瞳をぱちくりさせていた。
「ン? オ前達ハ、リュデケーン騎士団ヲ求メテイル者達ナノカ?」
先程、大きかった時とは全く違う可愛らしい声とつぶらな瞳で問いかけるコーファル。
「ええ、そうよ。ハイネス様からご通達が来ていて?」
「ウン、来テイタヨ。デモ、僕ハドーン様カラ離レテ、コノ谷住ンデ長カッタカラ、野生化シテ本能ノママ動イテイタ。ダカラ、グリーンウズガイタンデショ? 彼女ハ気ヲ出シテクレタノ。彼女ハ他カラ吸イ取ッタ理性トカ、純粋ナ思イヲ僕ニ入レテ元ニ戻シテクレタノ」
そう言うとコーファルはディーナの肩に止まり
「デハ、リュデケーン達ガ眠ル洞窟ヘ案内スルネ」
と、嬉しそうに虹色の羽をはばたかせた。
*
ウィリアムは父、ドルイトの代わり様とその異様さに息を呑んだ。
背が高いが背筋の良かった父が、背中を曲げ腰を落とし、まるで老人のように歩き回り、食が細くなった為に頬こけて目だけがギョロっと落着き無く動いている。
ティンタンジェルの港に停泊してから部屋から出ることの無かった父が、久しぶりに息子の部屋に顔を出したかと思えば……この異常さだ。
しかも──。
「父上……?」
ブ ツブツと呟きながら片手には短剣。
「リュデケーンがやってくる……。自分の部下を従えてやってくる……。大勢、従えてやってくる……」
「リュデ……? 何者なんです?」
「このままじゃあ、勝ち目は無い、無い、無い、無い」
「父上!!」
ウィリアムは側にいた部下に急いで兄、クロフトンを呼んでくるように言いつけた──その時。
「──うっ……!!」
左胸に鋭い痛みが走った。
ウィリアムの胸にうずくまるように父、ドルイトが来たかと思うと短剣の刃がウィリアムの身体に刺さっていた。
「年寄りの身体じゃ駄目だ、駄目だ、駄目だ。もっと、もっと、もっと若い身体、気力も体力充実した、お前の身体、身体、身体、おくれ、おくれ、おくれ……」
ウィリアムは自分の刺さった短剣から、自分の身体に何かが流れて来るのを感じ、そのまま気が遠くなった……。