34】 グリーンウズとエリダー
妖精のお姉さまに若いツバメ…もとい少年。
「何はともあれ『ここ』までこれて良かった」
レーシィが去った後、散らばった荷物を集めて一息つく。
「──それで、グリーンウズを捕らえる方法って?」
「うん……」
干しシャトネラを齧るアリアン。返事はするが、気まずそうにして言おうかどうか迷っている風だ。
ノーツもエリダーも気まずい表情で、唯一カインだけは面白そうにニヤついていた。
「……何か、まずいことでもあるの?」
妙な雰囲気にディーナは慰ぶしがりながら、誰とも無く尋ねる。
「ディーナには間接的に関係があるだけで、直接はエリダーなんだけど……な?」
緩んだ顔でエリダーを突くカインを見て、ディーナはますます不快になってきた。
「話が見えてこないんだけど? エリダー、ちゃんと教えて」
半分怒ったように迫るディーナに、話した方が良いかホトホト困り果てている様子のエリダーを見かねてノーツが腰を上げた。
「さっ、長丁場になりそうだしテントでも張っときますか! アリアンさん、すまないけどディーナと水を探してきて下さい」
そう言って、さっさとテントを広げ始めた。
「ディーナ、水を探すよ」
「──えっ!? ちょっと! 話がまだ……!」
アリアンは渋るディーナを引き摺るように連れて行った。
*
「グリーンウズって蛇の精なんだ。へえ〜」
「ああ、それで性は“女”と言うことでね……」
アリアンは慎重に湧き水を探しながら説明をする。
「蛇の精で女で……。それがどうしてエリダーと関係があるの?」
「話を聞くと、性質がユニコーンと似ているみたいだ」
「ユニコーンって、純潔の乙女が好みでその者の前にしか現れないと言う?」
アリアンが頷く。
「じゃあ、グリーンウズは女だから純潔な……男性の前のみに現れるってこと?」
また、アリアンは頷く。
「それだったら別に問題無いじゃない。何で皆揃いも揃って私に話をするのに気まずそうにしているの?」
「……う〜ん……」
腰をかけるのに丁度良い岩があったので、ディーナに座るように促す。
「ユニコーンは単純に純潔な乙女が好きだと言うことで、その乙女に何かしようという気は無い──というよね?」
「うん」
「グリーンウズが純潔な男性が好きなのは、女性を知らない男性の身体に触れるのが好きだから……だ、そうだよ……」
「──はあ?」
アリアンの言葉を聞いて、ディーナは口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
しかし、みるみる顔が高揚し周囲の紅葉同様に赤く染まった。
「──なっ! それ! ただの好色な──!!」
「しっ!! どこで聞いているか分からんだろ?!」
慌ててディーナの口を塞いだ。
「何であれ、女王ドーン様の部下であり我々より強い力を持つ妖精なんだ。何より彼女がいなくては洞窟へ導いてくれるコーファルが捕まらん」
深呼吸をして、どうにか落着いたディーナは思い切ってアリアンに尋ねた。
「エリダーは……了承したの?」
「仕方ない。王太子しかおらんのだし」
「だって! ノーツやカインは? 男性だし……」
「既に、その、あの二人は……」
言葉を濁すアリアンにディーナは女の勘というべき悟る。
怒りでふるふると肩が震えていた。
「不潔────!!」
と谷中に響き木霊するほど叫んだ。
*
夜──。
静寂が辺りを包む。
時々、梟の鳴き声が聞こえる位で他に物音が一切無かった。
既にエリダーは、ディーナ達から離れて張ったテントで一人、グリーンウズが来るのを待っていた。
普通の健康な男子ならきっと嬉しい展開なのだろうが、相手は人間の女性ではなく蛇の精で女性である。
しかも、エリダーはディーナに求婚中の身……。
水汲みから帰ってきた彼女が、自分どころかノーツやカインにも近寄らず睨み付けながらアリアンに引っ付いていたのが非常に気になった。
ディーナは聡明だが同じ年頃の少女達と比べると色恋沙汰には疎く、幼いのは知っていた。
だから、慎重に言葉も行動も選んで接していたのだ。
『我ながら気難しい子を好きになったよな……』
自嘲する。
「一人で笑って、何か楽しい事でも思い出しているのかえ?」
──!?──
その声に振り向くと、すぐ目の前に自分ほどの大きく長い緑の蛇が長い舌をちょろちょろ出し、まるで人のように頭をもたげていた。
「今の声は……?」
「私だよ。美しい少年」
緑の大蛇は、首を大きく上げると身を捩り出した。
「──」
緑の大蛇は、みるみる美しい女人の形となる。
肌は抜けるように白く、細身の身体は見るからにしなやかそうだ。
ただ、人と違うのは瞳が白目まで赤く、頭の真ん中から真っ直ぐ腰まで届く髪はレーシィと同じように見事な緑色であった。
女王ドーンは高貴で高潔であったが
グリーンウズは艶やかで妖艶だ。
さすがのエリダーも、その美しさに目を見張り身動きできずグリーンウズを見つめていた。
グリーンウズはにっこりと微笑むと、エリダーに近付き、その形良い瓜実の輪郭や逞しくなりつつある首、胸元に触れた。
「そなた、名は?」
「……エリディルス……」
「話に聞く妖精支配の力を受け継いだ王家の人間だね? ──して、わらわを捕らえるのかえ?」
「いえ……僕にはそんな大きな力はありません……」
「身の丈を知る賢い子は好きだよ。ハイネス様から命は来ていたから、この谷に来るのを心待ちにしていた」
「ありがとうございます……」
グリーンウズは艶やかに笑うと、その細い指先でエリダーの顎を優しく掴む。
「恐れずにわらわと話もできる。なかなか精神の逞しい時期王じゃ──どれ、楽しい話をきかせておくれ。夜は長い。全て聞いても夜明けまでかからぬよ」
そう言うと、エリダーを自分のケープで優しく包んだ……。
*
朝になっても戻らないエリダーにディーナが苛立っているのが分かり、ノーツとカインは八つ当たりを避けるため彼女の様子を遠巻きに見ていた。
「──今日中に戻ってくるだろうか?」
ディーナに聞こえないようにアリアンはノーツに尋ねた。
「レーシィの話を聞く分、ハイネス様から通達は入っているらしいから気に入られて連れて行かれる事はないと思いますけど……。戻ってくるまで待つしか無いんでしょう?」
「何で女って、恋人でも何でも無い男にやきもき焼くんだかな」
ディーナを遠目から見ていたカインがぼそりと言う。
「自分しか目をくれなかった相手が他の女に取られちゃったからじゃん?」
ノーツが答える。
「──それで男は、他に女は沢山いるってことに気付くって感じ?」
「女は逃した魚はでかかった、と後悔──」
「……聞こえてるよ」
とアリアンはそそくさと去った。
ノーツとカインの後ろに、いつの間にか仁王立ちをしているディーナの、今までに無い雰囲気に固まるノーツとカインであった。
*
「王太子!」
エリダーが戻ってきたのは昼過ぎだった。
「すみません。眠くてなかなか起き上がれなくて……」
丁寧な言葉で、すまなそうにお辞儀するエリダー。
温和な物腰も、優しい笑顔も昨日と変わっておらずディーナはホッとした。
「エリダー、それが……?」
「そうです“グリーンウズ”」
エリダーの左腕に刺青のように巻きついている緑の蛇。
「腕に描かれてるみたい」
ディーナが触ろうとした途端、蛇の頭がエリダーの腕から離れ噛み付こうとした。
「──女性はコーファルを捕まえるまで触らないで!」
また絵のように平面になり、エリダーの腕に巻きつくグリーンウズ。
「……とり付いているってことか?」
カインの言葉に「ぶっちゃけそうです」とエリダーは苦笑いをした。
「近付いて会話をする分は構わないのですか?」
「ええ、それは大丈夫なようです」
「エリダーが疲れていなければ荷物をまとめてコーファル探しに出発したいのだが」
「僕は平気です」
*
荷物をまとめ、コーファルの名を呼びながら進んで行くが、その日は幾ら呼んでもコーファルらしき鳥が近付いてくることは無かった。
「向こうも警戒して出てこんのかもな」
テントを張り、火を囲んで夕食を取る四人。
「じゃあ、持久戦だな」
「食料と水に限りがある。食料を調達しながらだから、あまりあちこち回れない」
ディーナは、アリアン、ノーツ、カインが今後のことを話しているのがあまり耳に入っていないようだった。
もそもそと干し肉を食べながら、しきりに一人エリダーが篭っているテントを気にしていた。
グリーンウズは独占欲が強いらしく、エリダーから離れるまで特に夜は誰も近付いてはいけないと言うのだ。
「つまんなそうな顔をしている」
隣に座っているアリアンが、ディーナの額を軽くコツいだ。
「ごめん、コーファルが捕まるかどうか、そちらを心配しないといけないのに」
ハッと気付き、ディーナは申し訳なさそうに謝った。
「コーファルは、時間がどの位かかるかは分からんが捕まえられるさ。グリーンウズがいる限りは」
「彼女の機嫌を損ねちゃいけないんだよね。その為にエリダーがグリーンウズに気遣っているのに私ったら……いざとなると弱音は吐くし自己中心的だし──嫌な性格!」
ディーナは膝を抱えて黙り込んでしまった。
国を救いたい、国を守りたい──その強い思いさえも拉げてしまう嫉妬と言う感情がディーナを苦しめているのが分かって、アリアンも黙って彼女の頭を撫でてやることしかできなかった。