33】 レーシィの頼み
朝ディーナが目を覚ました時には、もうレシェーンチはそこには居らず代わりに鍋の中のスープは空になっていた。
「お早う。昨晩、レシェーンチが来たんだって? 会いたかったなあ」
アリアンが残念そうにディーナに言った。
「レシェーンチって、スープたらふく飲んで帰ったガキだよな? あれも妖精?」
「カインも見たのか? 起こしてくれよ、そう言う時には」
アリアンの文句にカインはベロベローと、舌を出した。
「森の精なの。恐らくリスル山の長の子供だと思う。特徴はレシェーンチと同じよ。彼らは万能で樹木より高くなることも、低くなることもできるの」
ムッとして口を尖らしたアリアンの代わりにディーナが答える。
「父親はレーシィって言うんだけど、紅葉の時期辺りから機嫌が悪くなって危険なのよ」
「? 綺麗じゃんか。木々が赤や黄に染まって。何でそれで山の精が機嫌が悪くなるんだ?」
「冬に向けて落葉するだろう? 冬が来て雪が積もると山は枯れた草木しか残らない。山の命が一旦失う形になる」
「──あっ、確かに冬山は命が消えた静寂さがあるな」
ノーツの言葉にカインは納得して相槌を打つ。
「“明るい”種だから人の命は取ったりしないが、自分の領土に踏み込んでくることは好ましく思っていないはずです。まあ、レシェーンチが我々のことを気に入ったようですから、その子の機嫌が良いうちにこの山を下りたいものですよ」
「……エリダー……?」
カインがエリダーの後ろを見ながら呆然と肩を叩く。
「あの大男が……レーシィ?」
一同、顔を上げて呆然とした。
数多く生息しているどの大木より背が高く、ひょっこりと顔だけ出してディーナ達を見下ろしている男の顔は真っ青で、髪も眉も緑であり夜中に来た子供とよく似ていた。
「ソコノ人間共、イクラ、ハイネス様ノ命トハイエ山ガ死ヌ間際ニ私ノ山ニイツマデモ居ルノハ迷惑ダ。即刻立チ去ッテモライタイ」
「できるだけ早くこの山を下ります」
エリダーの言葉にレーシィは顎鬚を撫でながら頷くと
「私ノ息子ガ世話ニナッタ。礼ニ、オ前達ガ目指シテイル谷ヘ運ンデヤロウ」
レーシィはかなりせっかちらしく、荷物をまとめるから待って欲しいというのにも関わらず両手でまるでパン屑でも集めるかのように荷物ごとディーナ達を手の平に乗せ、地響きを鳴らしながら山を下りていった。
「──ココダ」
レーシィは一言言うと、拓けている野原の上にディーナ達を降ろした。
降ろした、と言うより転がした。表現が近いだろう。
散らかった荷物と一緒に転がり、一番軽いディーナなどはコロコロ転がってしまい慌ててエリダーが止めたが、暫くは目を回していた。
「私ラハ、冬ニナレバ深ク眠ッテシマウ。春ノ息吹ト共ニ目覚メタ時、私ラノ居場所が残ッテイルカドウカ……ソコノ少女ト、少女ガ持ツ鍵ニカカッテイル。頼ムゾ……」
レーシィはそう言うとディーナ達に頭を下げた。
泣きそうな深い悲しみを秘めたような緑の瞳……。
「必ず、必ず! この国を守って見せます! だから安心して!」
「……」
ディーナの力強い言い方にレーシィは目を見張ったが、フッと笑みを浮かべ瞬きをする間に消えた。
そうだ。
この国を守ることは、私達人間の為だけじゃなかったんだ。
この国で生きる全ての者達のこれからを守る為にも……。
女王ドーンの最強妖精騎士団──リュデケーン騎士団──。
目覚めさせる、きっと──。