32】 レーシィの子
ハバスの意志が、この国に届き作用できることに一同少なからずショックであった。
船や人は閉じ込めることが出来たが、ハバスの魂まで封じることは所詮無理なことなのだと改めて実感した。
──早く騎士団を目覚めさせないと──
一同は素早く荷物をまとめ、出発した。
ここから『泣き女の谷』まで未知の世界だった。
リスル山を降りて、すぐに広がる場所が目指す所だと分かっていたが何せ、道が無い。
確認しながら鉈で草木を切り、道を切り開いて行くがもあまり前へ進めなく日が暮れ、その場で野営すると言う繰り返しであった。
そんな日々を三日ほど過ごした夜──。
多少山を下っても夜の冷え込みは相変わらずだった。
五人、火を囲み暖を取る。
「この山が幸豊かで良かったわ」
ディーナが芋や木の実などの山の恵みを見つけて来てくれるので食料が底を付くことは無かったが、未開の地で夜を明かす寂しさを思うと一人も欠けず何とかここまで来れた事に皆感謝していた。
カインに必要以外口をきかず、そっけなかったアリアンもこの二、三日から普通に彼に声を掛けるようになりプロポーズの件で気まずい雰囲気にあったディーナとエリダーの間も、今までと変わらなく接するようになっていた。
談笑しながら夕餉を済まし、今夜も交代で見張りを行うことにし最初はディーナが見張り当番となった。
一日中、道を切り開きながら歩き続けたのせいか皆、クタクタで、横になるとすぐに寝息を立て始めた。
ディーナは時々、火に薪を足したり残ったスープが焦げ付かないようかき混ぜたりと、適当に暇を潰していたその時──。
「……?」
少し離れた所に、一人ぽつんとこちらの様子を伺っている子供がいた。
──こんな所に子供が?
と不思議に思ったが黒ブッカや暗い妖精のようなぞっと背筋が凍る感覚が無かった。
子供の髪はボサボサで頬や唇は真っ青だった。
(寒いのかしら?)
ディーナはそう思い、子供に「おいで」と手招きをし子供を火の側に誘った。
子供は悩んでいたようだが、焚き火の明るさが気になるらしく思い切ったように小走りで近寄ってきた。
「──あっ……!」
思わず声が出た。
明るい所で見たその子供は、その髪も眉も緑色だったのだ。
子供は焚き火の前にちょこんと座り、じーっと火と鍋の中のスープを交互に見詰めている。
「何? コレ?」
「明るいのは焚き火。この黒いのは鍋。そして鍋の中に入っているのはスープと言うものよ。食べる?」
子供は素直に頷いた。
お碗に盛られた中身を見て子供は
「茸、芋、コレ、オラノ山ノ物」
と嬉しそうに言うと、一気に飲み込んだ。
「熱いわよ!」
「アツッ!」
子供は慌ててお碗を投げて口を塞いだ。
初めての経験らしいのか、涙目になってくるくる走り回っている。
「ほら、お水」
ディーナも慌ててその子供を追いかけ、水を与えた。
聞いた事の無い子供の声にエリダーが起きて来て、緑色の髪に青い頬の子供を見て子供の側に近付いた。
「君はレシェーンチ?]
エリダーの問いに何の疑いも無く子供は頷いた。
「お父様のレーシィは?」
「父ハ機嫌ガ悪イノ。草木ガ枯レテキタカラ」
「機嫌が悪い所に人が入って来て余計におかんむりでしょう?」
「ハイネス様カラ、ゴ通達ハ来テルカラ。ダカラ、オラガ父ノ代ワリニオ前ラニ手助ケシテルンダ」
「この山の幸は、あなたが授けてくれたのね、ありがとう」
ディーナが敬意のキスをすると、レシェーンチは青い頬を真っ赤にして恥ずかしそうに笑った。