30】 生還
リスル山山頂の拓けた場所に野営をすることになった。
あの鐘の音の後、今まで濃い霧が視界を遮っていたなど考えられない程、サアッと明るくなり目を見張る紅葉の並々が代わりに視界を釘付けにした。
しかし、それで皆の心が晴れた訳ではなく、特にディーナはすっかり口を閉ざし用が無い時は稜線を眺めていた。
「ディーナ、明日も早い。もう床に就きましょう」
エリダーが促した。
「エリダー……」
ディーナは稜線から目を離さずにエリダーに話しかけた。
「私……こんな形でカインが去るとは思っていなかったの。一緒に行動を共にしたけど、心から許していなかったし信じてなかった。どうせ、旅の途中で逃げ出すだろうって思ってた……」
「カインは、“後で必ず追い付くから”と言ったじゃないですか」
そう言ったものの、エリダーもあの状況で生存しているとは考えにくかった。
しかし今はディーナの悲しみの方を何とかしたかった。ソラヤ島の悲しみから何とか抜け出したばかりなのだ。
「我々四人で今夜は交代で見張りをしながらカインが来るのを待ちましょう。最初はノーツが見てくれるそうですから」
なかなか動こうとしないディーナの肩を抱いてテントに向った。
朝霧の中、一晩中絶やすことなく燃やし続けた焚き火にディーナは鍋を掛け、シナモン、砂糖、干したシャトネラを入れて煮込む。
まだ心の中で複雑なカインへの想いが彼女の表情に影を落としていた。
その時だ──。
ガチャンガチャンと鉄が砂利を踏む音がし、ディーナは震え上がった。
「──!? アリアン! ノーツ! エリダー!」
恐ろしさに手が震えながらも必死に剣を握った。
ただ事ではないディーナの声に飛び起きた三人は、剣を取り外へ飛び出す。
深い霧の向こうから、確かに砂利を引き摺る鉄の音がする……。
「ブッカか? ディーナ、塩の陣から出るなよ!」
黒ブッカの苦手な清めの塩をテントの周りに張り巡らせ、ブッカ除けにしていた。
近付いてくるブッカは、大小一体ずつのようだ。
息を潜め、じっと近付いてくる姿がはっきりするのを待つ。
「?! あれは──!」
いち早く気付いて声を上げたのはアリアンだった。
漆黒の髪、浅黒い肌、長身の躍動の筋肉を持つ──。
「カイン!!」
「──っよ」
身体中痣と切り傷だらけだが、底抜けの明るさは健在だった。
「お前! よく無事で!」
意外だったのはあからさまに嫌っていたアリアンが真っ先にカインに近寄った。
ついで一斉にディーナ、ノーツ、エリダーもカインに抱き付きつつ、顔や髪をクシャクシャに弄った。
「──まさかブッカになったんじゃないだろうな?」
ノーツがカインの身体中に触れた。
そのカインの腰にぶら下がる様に、不愉快そうな顔をしている小さな男がいた。
「うわっ! ゴブリン!!」
一斉にカインから離れ距離を取った。
身体の割には顔が大きく、皺が大きく刻まれた姿は老人のようだ。
鉄製の足枷を付けており、砂利を引き摺る音はこのゴブリンが鳴らしていたようだ。
「暫くブッカとやり合ってたんだが、さすがに力尽きて崖から落ちてさ。途中で引っ掛かったんだけどヘトヘトって訳よ。もう駄目だわ〜と思ってたら、鐘の音がして──急にブッカ達が苦しみながら消えて、霧がさあっって晴れたんだよ」
「──そうか、鎮魂の鐘の音で……」
「このゴブリンは?」
「崖から落ちた先に、この同じ顔がいーっぱい居てさあ! でも、俺シャトネラの袋ごと落ちたから近寄れねえで威嚇ばっかするんだよ。腹立ったから一匹ふん捕まえて連れてきたんだ」
剣の先にシャトネラを刺して、ゴブリンの顔に近付けるカイン。
「キィ──!!」
とゴブリンが猿の嘶きのような声を上げてシャトネラから顔を離した。
「度胸があると言うんでしょうかね……」
エリダーは笑いながらカインの太い神経に感心した。