3】 祈り
今回短いです。
(──?)
誰かが……私の身体に触れている……。
飛び降りた衝撃で一瞬、気を失ったのか、後ろから抱き締められている感覚で目が覚めた。
ゆっくり、ゆっくりと上へ身体を上げてくれている。
(……誰……?)
まだ、はっきりとしない意識で懸命に辺りと、自分を抱き締める正体を見る。
ボンヤリと、まるで蛍のように光る球体が何十個とある……。
(マーメイド……)
その光る球体をマーメイド達が一つ一つ丁寧に両手で掴み、上へ掲げる。
(あれは……魂なのね……)
海で命を落とした、ソラヤ島の……。
何故か、そう確信した。
(──私を抱き締めているのは、マーメイド……?)
ゆっくりと後ろを向くと、やはりマーメイドで、目が合うとにっこりと微笑まれた。
魂の光のせいなのか、海の中はそれ程暗くなく、何故か暖かくさえ感じた。
ディーナを抱き締めるマーメイドは、口から透明の泡を出すとディーナの口を開け、押し込むと
微笑みながら身体から離れ、去っていった。
(ありがとう……)
魂を空へ還す作業をしているマーメイド達の間を潜り抜けながら、水面へ向かう。
(生きるんだ……みんなの為にも、父さんや母さん、アルフォンスの為にも……)
身体から離れ
自由となった魂を迷う事なく
惑わされる事なく
暗闇に引きずりこまれる事なく
再び
この世に生を受け
光を愛でる事ができるよう
共に水面に上がろうとする魂達に
祈りを奉げながら……
*
──あの大きな黒船とは、かなり離れた。
船から見えることはないだろう。
(……だけど、隣のテェンタンジェルと目と鼻の先なのに、何故、移動して襲わないんだろう?)
軍艦が集結するのを待ってる?
それとも、他に何か?
懸命に泳ぎながら、色々、脳裏に思い浮かべる。
(でないと、ティンタンジェルまで身体が持たない)
泳ぎは得意な方だが、だからと言って遠泳が出来るほど、今、体力があるわけではない。
海に飛び込むまでに随分、精神も体力も消耗してしまった。
(何か、考えながら泳がないと持たない……)
──早く岸に着かないと──
ボンヤリしてきた頭を振り、気持ちを奮い立たせると、不意に視線の先にこちらに向かって何台
かの小船が来るのが見えた。
(敵──?!)
縮み上がる。
(こんな処で捕まる訳にはいかない)
九十度方向転換してスピードを上げて泳いでいく。
しかし、疲れた身体に鞭を打っての遠泳。
またたく間に追いつかれてしまった。
(くっ!!)
一旦、潜って回避しようとしたその時、
「──待て! ソラヤ島の者か?!」
持ち上げるように腕を掴まれる。
「──えっ……?」
腕を掴んだ者と目が合う。
漆黒の肌、きちんと編んで止めてある銀の髪。
その銀髪と、まるでお揃いでしつらえた様な鎧。
切れ長の、気高さが滲み出ている瞳。
感謝祭の騎士団行進で、彼女を見たくて人混みを掻き分けて、ようやく彼女の姿を見る事ができた、
あの……。
「アリアン……様?」
ようやく、頼れる味方に出会えた安心感でディーナはそのまま気を失った……。
*
景色が白い……
身体が重い、動かない──私、死んだの?
額に冷たい物が乗る。
『もう、大丈夫だよ、ディーナ』
男の人の声……──お父さん?
『ゆっくり休んで』
「お父さん……」
手を優しく握ってくれる。
「──ごめんなさい……」
『──?』
「お母さんと、アルフォンス……守れなかったの……。
私、私が剣……なんて取りに行ったから……罰が下った……んだわ」
『もう、お休み』
「ごめんなさい……」
ディーナは再び、深い眠りに付いた……。
「エリディルス様」
アリアンは高熱を出して、夢うつつのディーナを気遣うように、そっと扉を閉め、彼女の手を握り
締めている少年に声をかけた。
「後は、私とメイドが交代で彼女を看ます。 エリディルス様は、もうお休み下さい。
また、朝早くから会議なのですから……」
「……そうだね……。アリアンも無理のないように」
ディーナが気付かないように、ゆっくりと手を離すと立ち上がり、アリアンの方に踵を返した。
アリアンが会釈をし、エリディルスと呼ばれた少年も軽く会釈をし、部屋を出た。
扉のすぐ外で、一人の青年が控えていた。
「ノーツ……」
「はい」
「ディーナが目覚めた時、どう真実を話したら良いだろう……」
「──ありのままで。彼女は、聞きたい事は自分から訊ねるでしょう……最良も最悪の予想を把握して。
彼女の気質が失われていなければ、心が壊れる事はありません」
「失われていなければ……か」
歩きながら、一つに結わいてある髪を解く。
パラリと淡い金髪が真っ直ぐに肩へ下りた。
「父上の考え次第で、僕も支配する妖精を増やさないとならない。
──その時は、また、援護を頼みます」
「承知しております、エリディルス様」
恭しく会釈するノーツ。
その様子を不満げに見つめていたエリディルスは、ぽつりと言う。
「王宮でも、二人っきりの時は“エリダー”で良いって言ったでしょう? ノーツ」
「しかし、今は国家全体の危機の時……公私混同は避けねばなりません」
「──融通がきかないなあ……」
“エリダー”は肩を窄めた。