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ティンタンジェル記  作者: 鳴澤うた
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29】 暗い妖精

 リスル山まで続く稜線、歩く道は平らではあるが道幅は狭く、すぐ横は崖である。誤って踏み外せば途中で引っ掛かる場所が無いので崖下まで転がり落ちる。勿論、命の保障は無い。

それでも、天候が良かったので皆、最初はハイキング気分で歩いていたが霧が瞬く間に視界を遮り、辺りは暗く灰色の空界になってしまった。

 かろうじて何とかすぐ、自分の前にいる人が分かる程度だ。

「まずいな……」

 アリアンが唸る。

「無理に進むと足を踏み外す恐れがある。霧が薄くなるまでここでじっとしている他ないな」

 一同了解した。

 霧がかかり、日の光がなくなった為に急に気温が下がってきたようだ。山小屋で調達してきた厚手の上着を羽織る。

「下手すると、ここで野宿か?」

「最悪な」

 カインとノーツがディーナを挟んで話していた。と言うのも、ディーナが小刻みに震えていたからだ。

「ディーナ、寒いのか?」

 ノーツが尋ねる。

「……ここから、早く去った方が良いんじゃないかと思ってきたの」

 ディーナが珍しくカインの腕にしがみ付いて話した。

 すぐにカインも勘付き、先頭のアリアンに怒鳴った。

「火は使えないか! アリアンの姉貴!」

『姉貴』と言う言葉にカチンと来たが、声から危機がすぐ側まで来ているのを知って、私情は押さえ返事をする。

「油を染み込ませた布がある! それは非常ようだ!」

「今が非常事態だ! 後ろから『何か』来るぞ!」

 ── 一つよこせ! カインの言葉と同時にアリアンは棒に巻いた油布に火を付け、手渡しでカインに届けた。


 金具が砂利を引き摺る音が近付いて来る。

「──ディーナ、この国では死んだ人間が彷徨って出て来るのを何て呼んでいるんだ?」

「『ブッカ』……。人を助けてくれるのは『白ブッカ』邪悪なのは『黒ブッカ』」

 落ちないように、全員少しずつ前へ進みながらカインはディーナに尋ねた──後ろから迫り来る『ブッカ』と言うものを。

「今、後ろから来ているのは、どっちだと思う?」

「……黒ブッカ……」

 ディーナが生唾を飲み込みながら答えた。

「……俺もそう思うよ」

 カインも同意する。

 砂利を引き摺る金属音は、一つや二つでは無い。

 恐らく、何百何千……。重々しくも足並みが揃っているらしくリズムがあり、それが余計に皆の恐怖を倍増させた。

「早く、早く、アリアン、エリダー、ノーツ……!」

 ディーナの震えが更に酷いものになってきていた。顔も真っ青だ。

「ディーナ、前へ!」

 ノーツが道を譲ろうとディーナを促したが、ディーナは首を横に振りながら言った。

「──後ろだけじゃないの! 崖からも『暗い』奴らが来てる!」

「──!?」

 恐怖と焦る心を落ち着かせながら先へ進み、崖の方にも耳を傾けてみる。

 時々落ちる石の音と、恐らく、何百人かの息遣い……。

「……確かに、何者か登ってきている」

「どんな『暗い』奴か確認できれば……」

 珍しくエリダーが舌打ちをした。

「『暗い』奴らに共通の弱点って無いのか? せめて、崖の奴らだけでも何とかしないと!」

「そんなこと分かってる!」

 アリアンがカインに怒鳴り返した。

「あ〜、四葉の持って来れば良かったあ。アンガス村にあんなに沢山生えていたのに」

 ディーナが悔しそうに呟いた。

「はっ? 何それ? おまじない?」

 カインが前に進みながら、眉を吊り上げ奇妙な顔をした。

「『暗い』奴らの弱点なの。他にサンザシとかの赤い実が……」


「──ああああ!! カイン!!」


 思い出したように皆一斉にカインの方に振り向く。

「なっ、何だよ?!」

「お前、シャトネラはどうした!」

「──へっ? 持ってるよ。俺のリュックにそれは大量に」

「赤い実も弱点なんです!」

「──何?!」

 カインは松明をディーナに渡すと、急いでリュックの中からシャトネラを取り出すと、半信半疑ながら二〜三個崖へ向けて転がして見た。

「──ギャッ!!」

 猿の嘶きのような叫びと、物が転がり落ちる音……。

 一つシャトネラを落とす度に、何体かの叫び声と共にまとまって崖から転がり落ちる音がした。

「……変なものが弱点なんだ……旨いのに」

 妙な感心をしてしまうカインだった。

「カイン、崖へ落としながら先へ進むぞ! まだ後ろに黒ブッカがいるのを忘れるな!」

「そうでした」と我の返って前へ進む。

 しかし、この霧の中でゆっくり進みながらでは負い付かれてしまう。どんどん距離を縮めているのが靴を鳴らす音で分かった。

「この稜線、何処まで続くんだ!?」

「まだ終わらん!」

「黒ブッカの方の弱点はあんの? ──うちの(ウィンダム)の所は聖水・お経・十字架・その他だけど!」

「今作ってる!」

 ノーツが答えた。

 見ると、エリダー、ノーツとディーナが二本の矢をクロスにして紐で縛り、矢の十字架をせっせと作っていた。

「霧で視界がはっきりしないが、何もしないよりかはマシだ! しゃがめ!!」

 アリアンはエリダーから十字の矢を受け取ると、すぐに矢を放った。


 しかし、何の反応も無い──。


「次!!」

 作った矢を次々と放つが何の反応も無く、あの気味の悪い足音はますます近付いてくる。

 そして──剣の抜く音──。

「!!」

 一瞬、早くカインが自分の剣を抜き、それを防いだ。

「ちっ! 万事休すだな。ここは俺が防ぐ! お前ら、一刻も早く先へ進め!」

「カイン!!」

「良いから! ここは道幅が狭い! 俺がいればこいつらは前へ進めん!」

「──でも!」

 躊躇うディーナをノーツが無理矢理引っ張り歩き出した。

「──駄目! 駄目よ! カインを見殺しにしないで!」

「ここで共倒れになるわけには行かないんだ! 我々の使命は何だ!?」

 ノーツが今までに無いほど、ディーナを厳しく叱りつけた。

「ディーナ!」

 カインがブッカと剣をやり合いながら怒鳴る。

「先に行ってろ! 俺のことは心配いらねェ、後で必ず追い付くから!」

「カイン……」

 先頭のブッカが、カインの剣捌きで崖に転がり落ちた。

「──なっ?」

 心配しなさんな、と言わんばかりのカインの笑顔にディーナは泣きそうになった。

「……きっとよ、カイン。きっとだよ!」

 霧で崖に足をとられそうになりながらも、カインの身を案じながらも、皆、必死に走った。

 ──ここで、ここまで来て倒れるわけには行かない。死ぬわけには行かない!!

 強い意志が五感を敏感にし、危険な霧の稜線越えを見事にやり遂げた。


 その時

 カーン

 カーン


「……鐘の音?」

「ミデル山の鐘の音ですね……」

 鐘の音が山々に跳ね返って、何度も呼応する。

 皆、黙って鐘の音に耳を傾けた。

 神々しいが、どこか物悲しさを感じるのは

 亡くなった者への鎮魂の鐘だからだろうか……。


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