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ティンタンジェル記  作者: 鳴澤うた
27/49

27】 アンガス村にて

GWスペシャル? 

 一向は夕方、ようやくアンガス村に入ることが出来た。

 エリダーは『支配』の力と、ケルピーの背に乗り長く水中に居た為、精も根も尽き果てアンガス村の宿に入ると、倒れこむように横になり、深い眠りに入った。

「明日までに、起きれるまで回復するかどうか分からんな」

「──様子見ですね」

 ノーツとアリアンがエリダーの容態について話していると、ディーナとカインが息せき切ってこちらにやって来た。

「アリアン、ノーツ、エリダーの容態は?」

「取り合えず、寝かしとくしかないな」

 ノーツが答える。

「熱とかは無いの?」

「体力の消耗が激しいだけで、後は何とも」

「──良かった」

 ディーナは安心して胸を撫で下ろした。

「長老に話を聞いたんだが、大分久しく出没していなかったらしいぜ『水棲牛』──何でも、三十年位は見かけんとか」

「私も初めて見た。ケルピーも初めてだけど……王家の妖精支配って、エリダーはどの位支配しているの?」

「──そりゃあ、教えられないよ、秘密!!」

 ノーツが人差し指を立てて、左右に振るのを見てディーナは

「意地悪!」

ムッとして、舌を出した。

「俺だって詳しくは知らないよ。直系の王家の秘密だから」

「エリディルス様が起きたら、ご本人にお尋ねしたらどうだい? ディーナになら、教えるかも知れないよ?」

 ディーナに問いかけるアリアン。

 暫くしかめっ面をしていたディーナだったが、思い直して頷いた。

「そうね。無視したこと、謝らなくちゃいけないし……。起きたら聞いてみる。──でも、今夜は無理そうね……」

「チューしたら起きるかも知れねえぜ」

 わざとらしく口を尖らして、面白おかしくキスの真似をするカインにディーナは顔を赤らめながら

「もう! やらしいな!」

と、肘でカインの脇腹をごついた。

 調子に乗ってまだ、口を尖らしているカインを追っかけているディーナを見て、ノーツとアリアンは笑っていたが、ふいに、ノーツがアリアンに耳打ちをした。

「……良いんですか? あんなこと言っちゃって」

ノーツの問いにアリアンは、視線を宙にそらした。

「エリディルス様も、国の将来を背負う身として、そろそろご決断をしても良い年頃であろう? ──例えこの先、どんな未来が待っていようと、一人より二人でいる方が心強かろう」

「アリアンさんは、二人をくっ付けたいんですね」

「ノーツはどうなんだ?」

 宙に浮いていたアリアンの視線がノーツに向けられる。

 今度はノーツが宙を見る番だった。

「……王宮内の実情を知っている従者は辛いですよ……」

 そう、ぽつりと呟いた。



 エリダーが目を覚ましたのは、次の日の夕方だった。

「すみません、僕が目を覚まさなかったばかりにミデル山入りが遅れてしまいました……」

 申し訳なさそうに頭を下げる。

「気にすんなよ。温泉に入ったりしてゆっくりしたし」

 エリダー以外、白い目でカインを見た。

 実際、保養地でもあるアンガス村に入り、滋養に良いという温泉に入りゆっくりと身体を休めることができたのは事実だ。

 その後、村の住民から勧められた酒を一人飲み、何人かの住民と夜遅くまで騒いで、先程まで二日酔いで苦しんでいた人間のセリフだとは思えない。

「……すいません、反省します」

 白い目に気付いてカインは皆に頭を下げて謝った。

「? ──ま、僕の方も身体の調子が戻りましたし明日、日の出る前にミデル山の山小屋に向けて出発しましょう」

「ミデル山以降は馬も入らない、山道とは言えないきつい道が続く。用意を怠らないように!」



 山の麓まで来ると、さすがに夜は冷える。

「──山の上はもっと冷えるのよね? エリダー」

「冷えるどころじゃない。寒い」

 エリダーがディーナに向って笑った。いつもの穏やかで柔らかな笑顔。

 ──良かった──と思う。

 ディーナはエリダーの身体の調子が戻ったことに。

 エリダーはディーナの機嫌が直ったことに。

「エリダーも言ったことがあるのよね? いつ?」

「丁度、今頃です。十三の秋休み……。ノーツから聞きましたよ。王族の直系しか持たない“支配する力”のことをディーナがしつこく聞きたがってたって」

「あっ、ひどーい! しつこくしてませーん! 一体、幾つ位支配してるのか聞いただけ!」

 ディーナの頬が膨らんだ。

「秘密なんですよ。──どうやって、その“力”を受け継ぐのか、王と王の位を継ぐ者との……。物心付いた頃には、『それは決して他言してはならない、それが王太子の務め、次期王になる為に教育を受ける、国を守る為の……』繰り返し、繰り返し、亡き母に言われてきました。

 ──母は、父に負い目があった。だから、余計に僕を次期国王としてふさわしい人間に育って欲しかったのでしょうね。厳しい人でしたよ」

「負い目って……?」

「母はね、僕を産む前に二度程、流産しているんです。そして、三度目で難産で僕を産んで、もう二度と子供は望めない身体になりました。父は、そんな母を責めもせず、妾を側に置くように勧められてもガンとして聞き入れませんでした。

 ──父にとって、そうすることで母や僕に対する愛情を示していたのでしょうけど、母には重荷のようでした……」

「……」

 いつもの優しげな顔ではなく、何か、物悲しい表情のエリダーを見て、ディーナは、言葉をかけることができなかった。

 

 エリダーの話は続く。

「母が他界する二〜三年位、母は何度も懇願していました。

 ──故郷に帰らせて欲しい──

 実質的に離縁、王妃の座を辞する。と言うことです。父は許しませんでした。母への執着もあったでしょうし、何より、直系の者しか知らない“支配する力”を知っていたから……。最終的には、精神薄弱のようになり、心身ともに弱って儚くなりましたが……。

 ──ねえ、ディーナ。ウィンダムの要求で王族の処刑の件、話さなかったことがそんなに嫌でした?」

 急に話が変わってディーナはどきまぎしたが、それでも「うん」とはっきり答えた。

「アリアンやノーツは、王太子としての立場で言わせてもらえば、『主従』です。彼らは、国や王の為に働きますが僕の為ではない。国の為なんです。王家が処刑を受け入れ、実行したら、必ず民は動揺し、国が乱れ、なかなか治まらないでしょう。──ノーツはそれが、身近に感じて理解できるから協力する。そしてアリアンは国を治める主を信じる自分を信じている。彼らの考えの原点はそこなんです。

 ──でも、ディーナは違うでしょう? 僕を王太子としてではなく、普通の友人として見てくれている。友人として僕を助けようと必死になってしまう。僕を死なせまいと自分が傷つこうがどうしようが頑張るディーナを簡単に想像出来てしまうんです。

 そんなディーナを見て、無理させないようにあらゆる手を尽くす僕も想像できてしまう。──そして」

 長い沈黙が続いた。

「……自分に嫁いだばかりに王家の秘密を背負い、逝ってしまった母に懺悔の日々を過ごす父のように、僕もなるのかと……」


 「──馬鹿! エリダーの馬鹿!」

 頭ごなしに怒鳴られ、エリダーは仰天してディーナを見た。

 ディーナはヒャックリを上げながら怒っていた。

「私は王妃様──エリダーのお母様じゃない! お母様の王妃としてのお立場を考えれば、お可哀相だと思う……。でも、でも、友人の為に一生懸命になるのが悪いことで、主人の為に頑張ることは良いの? 分からないよ!

 ──何で、お母様と私を重ねるの?! 何で、私がエリダーの為に動いちゃいけないの?! 私は私としてエリダーの助けになりたかっただけ。 だから、だから……私はノーツみたいに、いつも側にいて信頼の置ける人じゃないかも知れないし、アリアンみたいに武力に長ける人じゃ無い……頼りにならないと言われても仕方ないと思うけど、私だって、エリダーの助けになって、そして、島のみんなを助けたい!!」

 子供のように泣きじゃくりながら喋るディーナ。


 エリダーは微動だにせず、ずっとディーナの話を聞いていたがフッと深呼吸すると、自分のマントの端を掴みディーナの身体を包んだ。

「──?!」

 ディーナは、ヒャックリが一瞬で止まるほどに驚いた。

 紳士らしい態度で、馴れ馴れしく滅多に身体に触れないエリダーが、自分を抱き締めている……。

 いつもの彼と違うことを肌で感じて動くことができなかった。

「ごめん、ディーナ……。母のことを引き合いに出して嫌な思いをさせました。でも、ウィンダムの要求の話をディーナに話すの、僕の気持ち的に卑怯にも思ったんです」

「卑怯って……?」

 ディーナは思わず顔を上げてエリダーを見たが、すぐ側にエリダーの顔があり慌てて顔を伏せた。

「ディーナのことだから、僕の気持ちを考えて自分の気持ちを抑えて、僕の思いに応えようとするんじゃないかと……。ウィンダムの要求を利用しているみたいで……」

 全身が熱くなる。

 ──えっ? えっ?──

 これって、告白? 

 エリダーは王立学校の同期生で、ライバルで、剣を教えてもらって──。

 一番の友人で──。

 ティンタンジェルの王太子──。

 急に自分の足ががくがくと震えた。

 気付いたエリダーが「寒いですか?」と、ますます強くディーナを抱き締める。

「ちっ、違……!」

 ディーナにとって、家族以外の男性に抱き締められたのは初めてのことで、硬直してしまい声も出なくなってしまった。

「ディーナ“支配する力”のことは話せません。理由は分かりましたよね?」

 ディーナは顔を伏せながら、懸命に頷いた。

「……それでも、どうしても知りたいなら──王太妃にならなければなりませんよ」


 ──王太妃って──?


 ──エリダーのお嫁さんってことよね……?



『今すぐに返事が欲しいわけでは無いから、ゆっくり考えて』

 エリダーはディーナを部屋まで送り、全身硬直して赤くしている彼女の手の甲にキスをすると、その場を去った。

 部屋に入っても、扉にもたれかかってボーッとしているディーナを見て、大体の事情を察したアリアンは何も聞かず、おちょこ程の酒を飲ませ「明日は早いから」と促して寝かしつけた。



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