26】 水棲牛対ケルピー
前回で水の中に引きずり込まれたエリダー。
どうするんでしょう?
「エリダー!!」
全員馬から降り、流れの激しい渓流に目を凝らしながら皆、必死にエリダーを捜した。
「おい水棲牛って言うのは、やばいのか?」
急いで救出用のロープを持ってきたカインが、ノーツに尋ねた。
「獰猛で危険な妖精の部類だ。人が好物で、人を水の中に引きずり込んで、内臓以外の全てを喰らう」
「弱点は?」
「……エリダーの支配次第……」
ノーツがそう言って唇を噛み絞めた。
「?」
不思議な言い返しにカインは首を傾げた。
「エリダー」
ディーナは顔を真っ青にし、震えで咬み合わない歯をカタカタと鳴らし、それでも、必死に渓流からエリダーが出てくるのを祈っていた。
(エリダー! 早く、早く顔を出して!!)
私、無視したことをまだ謝っていない。エリダーの気持ち、聞いていない。
「エリダー!!」
咬み合わない口で懸命に彼の名を呼んだ。
──その時
渓流の中から、二体の大きな動物が重なるように飛び跳ねた。
一体は水棲牛。
もう一体は、エリダーを背に乗せた見目美しい白い大きな馬。
躍動する筋肉に水飛沫が弾むように散る。
そして、その雄雄しき姿に相応しい蔵を付けて、それにエリダーが乗っていた。
「──よし! ケルピーなら!」
アリアンが拳を上げた。
「今度は馬!? ノーツ、ケルピーってなんだ?」
「水に棲む中で、(最も)獰猛な奴さ。あーやって蔵を付けて支配するんだ」
ケルピーと水棲牛は空中で、お互いの長く鋭い角でやり合いながら、また水の中に沈んだ。
「ノーツ! ボウガン! 矢は三股のを!!」
「承知!」
アリアンの言葉にノーツは素早くボウガンを握り、アリアンに渡す。
受け取ったアリアンは、片膝を付いて次に出てくるのを待った。
ノーツ、カイン、ディーナも剣を握り、じっと息を潜めて待つ。
次はそんな長い時間ではなかった。また、二体同時に飛び跳ねる形で水上から出てきた。
──お互い、自分の方が強いと言わんばかりに、お互いの角を叩き合う。
ヒュッ!! すぐにアリアンがボウガンを放った。
水棲牛に刺さる──が、堪えていない様だ。
「ちっ! 急所を外したか」
アリアンが唸る。
その時、カインが岸ぎりぎりまで勢いを付けて走り寄ると、持っていた剣を水棲牛に投げ飛ばした。
「──エリダーに当たったら!」
ディーナが叫ぶが、剣は見事水棲牛の首元に突き刺さった。
「ゴオオオオオオアアアアァァァァ!!」
痛みで仰け反った水棲牛にケルピーは止めと言わんばかりに、自分の角を突き刺す。
そして、そのまま押し込むように川の中へ落ちていった。
「……倒せたのか?」
ノーツが渓流の流れの中を覗くと、水面に星屑の残骸のような物が浮かんできて、それは激しい流れの為にあっと言うまに流されてしまった。
ついで、のっそりとケルピーとケルピーの背に乗ったエリダーが岸に上がって来た。
「エリダー!」
しばらく激しい水に中にいたせいか彼の呼吸が激しい。
エリダーは、フラフラになりながらもケルピーから降り、美しく輝く白い鬣を撫でながら告げた。
「素晴らしい働き、真、感謝至極。また再び、余が汝に呼びかけ、汝が応えるまで『去れ』と命ずる」
〈──余、汝が呼びかけ、それに応えるまで眠る〉
ケルピーは、そうエリダーに返事を返すと彼の胸もとの水晶のブローチに吸い込まれていった。
倒れそうなエリダーを全身で受け止めたのは、アリアンでもノーツでもなくディーナだった。
水を含み重くなった分、一番力の無いディーナは到底、受け止められるはずはなく、あっという間に崩れた。
二人しゃがみ、ディーナが抱き締めている形となる。
「ディーナ……濡れますよ……」
エリダーが荒い息で注意したが、ディーナはますますエリダーを抱き締める腕に力を入れた。
小刻みに震えている。ディーナは泣いていた。
「……良かった、本当に……。もう誰も私の目の前で……死んで欲しくない……」
ディーナはそう言うのが精一杯だった。
*
頼りない蝋燭の前にしゃがみ、じっと背を丸めて眺めている老人がいた。
身なりは大変良く、長く生やしている顎鬚は艶々としている。
──だが、肌の色はかなり悪く、まるで病明けのような黒さがあり、また瞬き一つしない瞳は充血し、狂気の色を隠せない。
目の前にあった、たった一つしかない蝋燭の明かりが小さくなったかと思うと、パッと誰かが握りつぶしたかのように消えた。
「役立たずが!」
一喝するや、蝋燭を蹴飛ばす。
そして落ち着き無く部屋をウロウロ歩き回り、ぶつぶつと呟いていた。
「駄目だ駄目だ駄目だ。倒す倒す倒す」
突然、立ち止まったかと思うと「ひひひ」と甲高い声を上げて笑い
また「駄目だ駄目だ駄目だ。倒す倒す倒す」と呟きながら部屋をうろつく。
部屋のすぐ外──扉の前にいたクロフトンの耳にも気味の悪い声が届いた。
(いかれてる)
──一体、いつからなのか?──
このティンタンジェルに着くまでは、もっと、まともだった気がする。
(それとも、気付かなかっただけか?)
クロフトンは静かにその場を離れた。
兵士達が異常に気付く前に、早く手を打たないと──。