25】 リュトーン渓流
GWにつき、頑張って続けて投稿。
「ディーナ、お早う。調子はどうです?」
のそっと起きてきたディーナにエリダーはいつもの爽やかな笑顔で接する。
ディーナはあの後、ぐっすりと眠ってしまいそのまま朝になってしまったのだ。
「おは……」
ディーナは途中まで言いかけたが、昨晩のウィンダムの聞かされなかった要求を思い出してむっと口を閉ざした。
「?」
その様子を見てエリダーは不思議そうに首を傾げた。
「アリアン、お早う。私あの後ぐっすり寝ちゃったみたいで、グリーンウズの捕らえ方聞かなかったのよ」
ディーナはアリアンの横に座ると
「心配ないよ、私らで聞いといた」
そう言いながら、きつく絞った布をディーナに渡す。
「よく寝てたな、昼だぞ」
カインと一緒に中央の大樹に登って、甘いシャトネラをもぎ取っていたノーツが悪戯っぽい笑みを浮かべ、ディーナにシャトネラを投げた。
「何か凄く疲れていたみたい。──身体が重かった」
アリアンから渡された布で顔とシャトネラを拭き、シャトネラに噛り付く。
「そりゃあ、あんだけの大物呼び出したんだ。当然だろ?」
両手が塞がっている為、樹からカインが飛び降りてきた。
衝撃で足が痺れるのか、しばらく硬直していたが、すぐに歩き出し袋の中にシャトネラを詰める。
「俺、感動したぜ。スゲーの見せてもらった! ──もう、どんなに嫌がられてもついて行くぜ!」
「面白がってんな」
ノーツは呆れていた。
「どうせ、人の寿命なんざ生きて百年そこそこ。だったら、自分の好きなように行動して生きてみたい……ずっと思っていたんだ。まっ、要監視と言うのは妥協だな」
「──ふっ」
アリアンが火種を丹念に足で消しながら、カインに言った。
「自由はいつも“死”と隣合わせだと言うことを忘れるな」
「重々承知」
カインはふざけた態度でアリアンに敬礼した。
*
トゥラティン山脈はティタンジェル最大の山脈で、天候が良い日には空に連なっているように見える山脈が見え、美しい稜線を見せる。
ただ、標高が高く道が険しいので娯楽用の山ではなく、主に兵士達の訓練の場や玄人が挑戦で登る山である。
山脈を造っている土壌が固すぎて、歩道が作れないのだ。
「山脈の麓までは村があるので、そこまでは楽に行けるでしょう。取り合えず、そこまで行きましょう。女王が言っていた“泣き女の谷”は、この山脈にあるリスル山とホレイシア山の間の谷だと思われます」
「そこらだったら、私もノーツも訓練で行ったことがあるので道は分かります」
アリアンが言う。
「ここは丁度、山間の中間。向うとしたら、この比較的標高の低いミデル山から入り、リスル山を越えて谷に行った方が良いでしょう。ミデル山の山頂に山小屋がある。そこで馬を預かってもらえるはず」
「そこいらの村でカインの分の馬とテントを確保しましょう」
「──えっ! 俺、馬をもらえるの?」
「あげるんじゃなくて、貸すんだ! ずっとお前を乗せとくと俺の馬が早くにばててしまう。これから険しい場所に行くんだから、こちらも譲歩したんだ」
ノーツが必要以上のでかい声でカインに注意する。
「はい! 借ります、借ります! 借して下さい!! ヒャッホー!!」
子供のように喜ぶカインを見てノーツは
「……俺と同い年なんだよな……? 俺も周りから見れば、あんな幼いのか?」
と、頭を抱えた。
*
「トゥラティン山脈の麓のアンガス村に入る前に、リュトーン渓流の真横を通るんですが、そこの道は崖が抉れて出来た道なんです、面白いですよ」
「……」
エリダーが話しかけると徹底的に無視を決め込むディーナ。
そのリュトーン渓流に差し掛かる頃には、さすがに様子を見守っていたアリアン達もディーナに問い始めていた。
話すのを渋っていたディーナだったが、エリダーが気にしながら先頭に行ってしまったのを見て、渋々理由を話し出した。
「……アリアンは知ってた? ウィンダムの王家への要求……」
「ああ。だって、会議に出席していたから」
「ノーツも知ってるんだよね? エリダーの側近だもんね」
「ああ、そうだな」
「途中からのカインは別にして、知らなかったのは私だけだったんだね」
「エリディルス様から聞いていなかったのか?」
「ドーン様がおいでになった時、私、初めて聞いたの」
──それで──
あ〜、と納得したようにアリアンは頷いた。
仲間意識の強いディーナは、一人だけ仲間はずれにされた様で腹が立っているのだろうと察した。
『王太子の気持ちも分からんでも無いが』
アリアンはエリダーの後ろ姿を見て、息を付いた。
思い切ってアリアンに話したせいか、ディーナはますますヒートアップさせていく。
「それって、私のこと信用していないってことじゃない? ねっ、アリアン。そりゃあ私は王族じゃないし、城に仕える身分の高い人間じゃないし……でも! 同じ学校に通ってずっと仲良くしてきて……友達だと思っていたのに……。心の底から私のこと信用していなかったんだな〜って、そう思うじゃない? アリアン」
「いやあ〜、全てを包み隠さずに話すことが友達とか信用しているとか……そう言う事じゃないと思うよ」
内心、アリアンも困っているのが見て取れる。
「私の家族は小さな事でも、秘密にしちゃいけないって言うルールだったもの!」
──そりゃあ、小さい頃はそうだろうけど──
年頃になってもディーナは馬鹿正直に話していたのか、顔に出ていたのか──どちらもだな。
ディーナ以外の人間は、皆そう思った。
ヒートアップしてきたので、ディーナの話し声が先頭のエリダーにまではっきりと聞こえたのだ。
「──だったら、いつまでも怒って無視を決め込んでないで、理由聞いて来いよ」
カインが自分の馬を横付けしてディーナに言った。
「ここまでの間ずっとツンツンしやがって、聞いてみりゃあ小さいことでうだうだと」
「私にとっては小さいことじゃないの!」
「ああ、そうですかあ。それで、周囲の雰囲気悪くしても私のせいじゃない、王太子のせいですか。とんだ甘ちゃんで──お前、何しに来てるんだよ。自分の自己満足の旅か?」
「……」
ディーナは言い返せなかった。
カインに言われ、今初めて周囲にいる仲間達を見回す。
みんな、困ったような──どこかうんざりしたような表情でいることに初めて気付いた。
今は、国を救う為に動いているのに、確かにそれに比べれば自分の怒っている理由なんか小さいことだし──こんなことで皆を振り回している場合じゃない。
「自覚しろよ。これじゃあ、いつまでもお嬢ちゃん止まりだぜ」
それだけ言うと、カインはディーナを追い越してさっさと前へ行ってしまった。
「……何よ、言い逃げして……」
でも──よくよく落ち着いて考えると、エリダーが私に話さなかったことに関しては、彼と私の二人の問題で今、国を救う為に行動していることに殆ど関係が無いのよね──。
「あ〜、反省しないと」
「落ち着いた?」
アリアンが声をかけてきた。
「うん、ごめんね。ほんっとに大人げないよね、私」
「いや、本当にまだ子供なんだから気にしないで──」
はっと、自分の口を塞ぐアリアン。
「……子供でごめん……」
「あっ、すまん! いや、悪い意味じゃなくて、まだ子供の純粋さや素直さが残っていると言う意味……」
「……良いの、もう少し大人になるよう努力するね……」
アリアンが弁解する度にディーナは落ち込んでいった。
「どうする?」
ノーツに尋ねられエリダーは
「アンガス村に着いたら、ディーナと話をしますよ」
困った風に肩を竦めた。
「この渓流を通ったらすぐですから」
*
突如、目の前に開けた渓流の大きさと、見るからに激しい川の流れにディーナは無言で見つめていた。
「ディーナ、こっち! この脇道を通って抜けたら、アンガス村に入る」
ノーツが手招きをしてディーナを招く。
「……うわぁ……! 本当に崖が綺麗に削れている……本当に人の手が入ってないの?」
「昔はね、水棲牛が身体が痒くて崖に擦り付けた名残、なんて言われていたけど……。この渓流の流れの激しさを見ると分かると思う」
アリアンが渓流を指差ししながら謎かけをする。
「……大雨とかで増水して、その度に崖を少しずつ、長い時間を掛けて削れて、道ができたってこと?」
「正解!」
「……自然の力って凄いのね……」
改めて感嘆の声を上げる。
「だから、雨が続くと今でも増水して通行止めになるんだ」
「──じゃあ、今回は平気だな。こんなに良い天気なら暫く──」
カインが渓流の先を眺めながら喋っていたが、突然口を閉ざすと険しい顔で
「戻れ!!」
と怒鳴った。
「──!?」
激しい地響きと共に近付いてくる、波──。
「……波の中に何かいるわ!」
ディーナの叫びに、全員振り返った。
──その時、波の中で何かが光り、その瞬間、ディーナの言う『その何か』が、水飛沫を上げて跳ねた。
長く太い角
緑の苔を身体中にびっしりと生やし
「ヴォォォォォォォォ!!」
と、風が舞うほどの荒い鼻息を出し、波を滑る様にこちらに向かい泳いでくる。
「──牛!? 何で牛が川の中に? ──っていうか馬鹿でけえ!!」
カインが叫びながら必死に馬を走らせた。
「あれが水棲牛だ! 急げ!」
ノーツが後ろでカインを急かした。
だが、普通の馬と妖精の部類の牛では速さが雲泥の差であった。たちまち追い付かれた。
「──あっ!!」
エリダーの短い叫び声。
水棲牛の角にエリダーのマントが引っ掛かり、そのまま川に引き込まれてしまったのだ。