23】 譲渡
「ディーナ、これへ」
誘われ、ディーナは女王の前に膝ま付いた。
ドーンは百合の形をした杖を両手に持ち返す。
すると杖は強い光を放ち、その瞬間それは奇妙な形をした大きな鍵に変わった。
ドーンから恐る恐る受け取り、じっと凝視した。
「ドーン様、これは?」
「リュデケーン騎士団の“眠れる鍵”です」
「リュデケーン騎士団!! 太古、まだ人と妖精が一つの世界にいた頃に結成されたドーン様直属の最強騎士団のことですか?!」
エリダーがまだ信じられないと言う様に声を上げた。
「……本当に存在していたとは……」
ノーツも驚嘆の声を出す。
「──今でもトゥラティン山脈はありますか?」
「はい、名もそのままに」
女王の問いにアリアンが答えた。
「そこに“泣き女の谷”と言うのはまだ?」
少し考えアリアンは思いついたように答える。
「山びこが呼応する谷があると聞いています──そこではないでしょうか?」
ドーンは優しげに頷くと話を続けた。
「そこに赤い鳥がいます。名前は“コーファル”──名を呼べば近寄りますが、私以外の肩には止まりません。無理に取り押さえようとすると火を噴くので、近づいた所を同じ谷に住み着いているグリーンウズと言う名の蛇を投げ付けなさい。
そうすればコーファルはリュデケーン騎士団が眠っている洞窟まで案内してくれます」
「グリーンウズを捕らえる方法は?」
「後で教えましょう」
ノーツの疑問に女王は、ちらりとディーナを横目で見ながら答え、先に話を進める。
「洞窟を進むと大きな石の扉がありますからディーナ、その鍵を差しなさい。洞窟に入ると騎士団が両手両足を鎖で縛られて眠っています。
──ディーナ、良いですか? この後の手順を間違えないように!」
今まで厳かな雰囲気を出しながらも、ディーナ達に優しく穏やかな対応をしていたドーンだったがここに来て初めて“眠れる鍵”を手にしたディーナに厳しい口調で話し出した。
「はい」
「中央まで進むと台の上に百合の形をしたラッパと剣が置いてあります。貴女は一人でその剣で皆の鎖を切るのですよ。そして、全て切り離したら中央の台の上に上がりラッパを吹きなさい。そうすれば、皆狂うことなく目覚めます。
目覚めたら騎士団長のリュデケーンが問うでしょう。そうしたら私の名を言い、私の勧めでお前達を目覚めさせたと言うのです。
リュデケーンは敬意を称して貴女の手の甲にキスをするでしょう。──それで彼は全ての状況を把握します。そして事態が好転するまで彼らは動きます。
それまでディーナを中心に貴方達も指示の助けをするように。基本的に彼らは目覚めさせた者にしか従いませんから」
女王はそこまで一気に話すと、一旦間を置いてディーナの前でしゃがみ彼女の頬に優しく触れた。
「ディーナ、私の騎士団が本当にこの国を救えるかは分かりません。でも、貴女のその強い意志と仲間達がこの国を想う心に託します。
……私自身がこの世界に介入することはもうできない……。本当はハバスは私が何とかすべきなのですが……結局、その負担も貴女に背負ってもらうことになりました。
……許してくださいね……」
ディーナの頬を撫でる女王の手は、すべらかで人の手と変わらず温かかった。
母メーラと同じく愛しい我が子を慰めるその手のように……。
この方も『母』なんだ。地に落ちた我が子の愚考に心を痛める一人の母……。
「女王様……私、頑張ります」
妖精特有の薄緑の肌の手に触れ、女王に笑いかける。
ディーナの瞳の強い輝きを見て女王は、花のように微笑んだ。
──この国の運命を背負うこの娘に祝福あれ──
女王ドーンの祈りを込めたキスはその晩、ディーナを安らかな眠りを誘ってくれた。