20】 昔話
「ディーナお嬢さんはお昼寝中かい?」
代わりにカインが大あくびをしながら起き上がってきた。
またシャトネラを樹から実をもぎ取り齧り始める。
アリアンはちらりとカインを一瞥すると、そっぽを向いて視界に広がるシャトネラの群生を眺めた。
そんなアリアンの後姿をじっとカインは眺めていたが、思い切ったようにアリアンの横に座った。
「俺、あんたに嫌われてるみたいね」
「……」
「あんた、元々この国の住人じゃないんだろ? 髪の色といい剣筋といい北西にあった民族の特徴によく似てんだ。──もしかして、そこの民族の生き残り?」
「北西の国なんぞ沢山あるだろ?」
「……まあ、聞けよ。ウィンダムのお偉いさんが若い頃、そこの国の娘に夢中になった。幸運にも恋は実り、両思いになり二人は結ばれた。
やがて二人の間に娘が産まれた。しばらくは幸福な日々が続いた。
──しかし、母となった女は知らなかった。夫となった自分の伴侶が次々と他国の侵略を進め、自分の国まで征服し住んでいた村を焼き払っていたことに。そして、自分以外にも妻と子がいることにも。
……それを知った女は、夫の留守を狙って娘を連れて姿を消してしまった」
「不誠実な男の正体を見抜けなかった女の話かい?」
「案外、世間って狭いもんだなって話さ──さて、もう一眠りするかな。ノーツと王太子殿が帰ってきたら起こしてくれな、アリアンお姉様」
そう、言うだけいってカインはアリアンから離れると、先程自分が寝ていた木陰に戻って行った。
アリアンは微動だにせず、ただ、ずっとシャトネラの群生を眺めていた。
中央の大樹では相変わらず子供達の楽しげな声と、女性らの高らかな笑い声が聞こえる。
夕方には大樹に陣取っている者達も去り、ここは異界の者達の宴の場となるだろう。
──人間の世界の出来事に力を貸してくれるのだろうか──
同じ世界で生きている者同士で戦い合っている、くだらない者達に。
──あの時と同じ不安が募る。
父から逃げる為に母と一緒に船に乗り継ぎ、安住の地を探し続けていた頃を──
“……私達を受け入れてくれる国はあるの?”
毎日、頭のどこかにあった不安と似ている。
“……もう、逃げる生活は嫌だ”
“安住の地を失うのも嫌!”
──だから騎士になった。
「守る……」
この国を
この国を救う為に動いているディーナを。
「私の剣はその為の物……」
鞘ごと腰に付けていた剣を抜く。
今や母の形見となった剣は、昔と変わらず鋭い輝きを放ち存在を知らしめた。
流浪の旅の頃は生きる為の剣。
今は母と共に受け入れたくれた、この国を守る為の剣。
この地で力尽きてしまった母だが、きっと私の志を見守ってくれている。
「母上……どうかこの国の行く末をお祈り下さい……」
アリアンは自分の剣に口付けをした。
──誰かを愛おしむように。