19】 シャトネラの丘
一行は夜明け前に出発した。
「現在でも妖精が度々目撃されている妖精樹があります。そこへ行きましょう」
目指すは『シャトネラの丘』
野生のシャトネラの樹が自生している丘で、その中で一際大きいシャトネラの樹でよく見かけると言う。
「その場所までどの位時間がかかる?」
カインが誰となく尋ねる。
「馬を走らせて二、三時間位だな」
ノーツが答えた。
「……じゃあ、それまで俺はノーツに後ろから抱きしめられながら馬に乗ってるわけ……」
「──何か不満が?」
既に今の段階で、後ろからノーツに抱きしめられた形で二人乗りで馬に跨り走らせている。
「まだまだお前に馬も剣もやる訳にはいかん。諦めろ」
「──それは良いんだけど、できればそちらの銀髪のお姉さんのお馬に。駄目なら、そこの発育途上のお嬢ちゃんのお馬でも良いんだけど」
「止めてくれ」
「誰が発育途上よ!」
女性群二人に即効で振られ、カインは深く溜息を付いた。
「あのなぁ、俺だって野郎抱き絞めて馬走らせたくないの! だけどこの四人のなかじゃ、お前抑えるのには俺が適任だろ? ──それに、アリアンさんは筋肉質だしディーナはナインだ。俺と大して変わらん」
「何ですって?!」
「ノーツ! 昨日覗いたの?!」
殺気だった二人の手綱捌きにノーツは慌てて
「覗かなくったって分かるって! 二人乗ってて早く走れないんだから! ちょっと勘弁!!」
「俺まで巻き添えじゃねーか!」
ディーナとアリアンに馬ごと囲まれて、剣の鞘でゴツかれる二人。
その少し離れた脇でエリダーは、馬の首に顔を付けるほど大爆笑をしていた。
*
二人乗せているノーツの馬が、やはり他の馬に比べて疲労が早く出る為に休みを多く取りながらの進行だったが、それでも昼前には目的の土地に着いた。
丁度、実の盛りの時期で赤い可愛らしい実がたわわになっていた。
「うふ。 これ、砂糖で煮ると美味しいのよね」
ディーナがそう言いながら実を一つ枝から取り、かぶり付いた。
アリアンも一つ実をもいで一口、口にした──途端、渋い顔をする。
「アリアン、野生のシャトネラは渋みが強いのよ。知らなかった?」
「……そう言えば、いつも食べているのは王宮に献上されたシャトネラだ。ディーナが平気で食べてるから何ともないと思っていたよ」
「私、食べなれてるから」
カインも真似て一つ実をもぎ取る。
「シャトネラって何かと思ったら林檎のことか」
かじると、野生の渋みの酸味が口いっぱいに広がる。
「──林檎って言うの?」
「ああ。こっちの国でも改良・栽培されてんだな」
「──困ったな」
ディーナ、アリアン、カインが会話している横を通り過ぎ先に進もうとしていたエリダーが呟いた。
「どうしました?」
アリアンに問われて丘の上を指差す。
野生のシャトネラの群生に囲まれるように、丘の上に大きなシャトネラの樹が一つたっている。
その下に、賑やかに遊び回っている数人の子供達と、その母親か姉かと思われる女人達が談笑していた。
「あちゃ〜、陣取られてるな」
「あの様子だと夕方位まで居そうですね」
大量にある飲み物とバスケットを見て、エリダーとアリアンは溜息を付いた。
「早めに来たのが裏目に出たか?」
「夜まで待つか?」
「訳を話してどいてもらう?」
「──いや、それは駄目だ。例え、どいてもらっても理由を聞きつけて野次馬で群がるぞ」
*
結局──エリダーとノーツがシャトネラの丘を王家権限で今夜からしばらく立ち入り禁止の命を出すことにした。
すぐ近くの村に行き、少なくてもシャトネラの丘付近の村にはすぐ通達を出す為にエリダーとノーツは馬を走らせた。
その間、夜まで女王ドーンを呼び出すディーナを休ませ、アリアンはカインを見張る役となった。
カインは呑気に木陰で昼寝をしている。
ディーナとアリアンは、非常食用にとシャトネラを薄く切り、干していた。
驚いたことに、中央のシャトネラの実は渋さが全く無く甘かった。
「さて……と、まだ時間はたっぷりあるし。ディーナは少し寝てなさい。私はカインを見張ってるから」
「時間があるなら剣の指南をしてもらいたいな……駄目?」
「駄目。今日、早く出発した上に昨晩あまり寝ていないだろ?
呼び出すのにどの位時間がかかるのか分からん。今は体力を温存しておけ」
アリアンに悟られ、渋々ディーナは木陰に入って横になった。
──とは言え、昨晩は興奮してよく眠れなかったので横になると直ぐに睡魔やってきて、柔らかい草花達に包まれ、あっと言う間に深い眠りに落ちていった。