15】 捕虜の名
長から夕食をご馳走になった後、ウィンダムの青年脱走兵を部屋の中に入れ、本格的に聞き込みをすることになった。
昨晩はディーナが興奮したので、掻い摘まんでしか話を聞いていなかったのだ。
「今夜は落ち着いて聞けますか? ディーナ」
「うん」
エリダーの問いにディーナは、はっきりと返事を返した。
長が用意してくれた部屋の扉が開き、アリアンとノーツが例の脱走兵の青年を連れてきた。
ノーツが青年を中央に座らせる。
「悪いが、まだ全てを信用している訳じゃないから」
飛び掛ってこないように、両手両足の束縛は外さなかった。
これからの尋問は、大まかにノーツが行うことになった。
「──さて、まず名を聞かせてくれ」
「カイン。カイン・クローカー」
「役職は?」
「ウィンダム南一部隊・指揮隊長」
「ソラヤ島襲撃の切り込み部隊だな?」
「──ああ」
カインはちらりとディーナの方に視線を向けた。
今度は──ディーナはその向けられた視線を、真っ直ぐに見つめる。
恨みを込めた視線でも、怒りに身を包んだ態度でもなく、静かに冷静にカインを見つめているのを知り返ってカインの方が目を逸らした。
「今のウィンダムの国の内情を、知ってる限り教えてもらいたい──それとも、敵国に母国のことを教えるのは気が引けるか?」
ノーツの挑発的な台詞にカインは「フッ」と鼻を鳴らした。
「まだ、スパイ容疑か? 悪いが愛国精神なんて俺には無いぜ──元々、俺の国もウィンダムに侵略されたからな」
そしてカインは、一気に、それでも淡々と話し続けた。
ウィンダムは、二十数年も前から少しずつ統一に向けて小国や小島を中心に侵略を進めていた。
急速に力を強め、武器や武装の開発に力を入れ始めたのは約五年前。
それから方針を変え、武力行使になって次々と国々を侵略した。
侵略した国にウィンダムの生活、習慣、宗教を強いてそれに逆らう人々の弾圧。
「──だがな、郷に入ったら郷に従えってな。慣れて来ちまうんだよ、次第に。それが当たり前になってきちまう。占領されてから産まれた奴等なんか、もう何百年もこう生活してましたって感じで疑いもしねえ」
「お前も占領されてから産まれた一人なのだろう?」
「ああ、最初の方のな。そん時は、その国の信仰や生活習慣なんか認められていた。
『最高指導者の手足となり、全ての生はドルイト教皇の思いのままに』なんての? 馬鹿らしくてやってらんねーよ」
「──お前みたいな奴は、まだいるのか?」
「ああいるよ、当然。建前は従ってるけどな……。少しでも反骨精神出すと、親戚縁者全て捕まり拷問さ」
「……何てことを……」
思わずディーナが呟く。
「肉体的にも精神的にも痛めつけて、服従させるのが一番手っ取り早いのさ」
「……一番洗脳しやすい方法でもある」
アリアンがぼやく。
エリダーが気付いたようにカインに尋ねた。
「──貴方が逃げたことによって、家族や親戚の方に被害は?」
「問題無い、天涯孤独だ。──唯一の肉親の俺のおふくろも五年前に死んだ」
取り合えず水! と言うカインにアリアンは碗で水を飲ませた。
そ の間にエリダーは、一枚の地図をカインの前に広げた。
「今、ウィンダムはどれ位侵攻しているのか分かりますか?」
「……俺が見てたのは、ウィンダム本国が中心の地図だからな……。見ずらいな……。
──ここが、ウィンダム本国で良いのか?」
「ええ」
「じゃあ、こう……こうだな」
当然、ティンタンジェルで作られた地図なので中心にティンタンジェルがある。
カインが軽く鉛筆で区切った線を見ると、もう、かなりの国が占領されていた。
「……わずか二十数年で……こんなに」
四人愕然とした。