14】 休息
『淵の森』から抜けたディーナ達は、今一度トロールの村に戻ることにした。
『淵の森』が普通の森に戻ったことを伝える為と、自分達を助ける為に自分の命を自ら危険に晒すことを承知で、兵士達を振り切ってきた脱走兵の青年の身柄を安全にする為だった。
トロールの長と直談し、再度城へ伝書鳩を飛ばすなど諸手続きをしていたら、すっかり日が落ちてしまった。
長の好意もあり、一晩泊めて貰うことにした。
剣と剣のぶつかる音が長宅の前で響いている。
「腕だけで剣を振らない。調子を自分なりに付けて。踊るようにしたっておかしくない──そう! そんな感じで」
夕食までの空いた時間、約束通りアリアンから剣の指南をしてもらうディーナ。
その横でウィンダムの青年が胡坐を掻いて、ずっとその様子を眺めていた。勿論、手足は縛られているが。
「アリアン、ディーナ!」ノーツが声をかける。
「村長が湯を作ってくれたから、汗流して来いよ」
「アリアン、どうする?」う〜んと、考え込む二人。
「? 別に考え込むことじゃ無いだろ?」
「もう少し練習したいし、それにねぇ? アリアン」
「う〜む……。湯はありがたいのだが、周囲の柵がな……。」
「ねぇ……?」
ディーナやアリアンが悩むのも無理は無い。
日頃、長の宅は本人である翁と、年老いた妻しかいないせいなのか、長宅の湯張り場の目張りの柵はかなり荒れていて、特に努力しなくても覗けるほどのものであった。
「ちゃんと布で目隠ししといたよ」
そう言う彼の顔を不振な眼差しで見つめる女性群に、むっとしたのかノーツは
「だったら、俺らが先に使わせてもらいますよ〜。垢だらけでも文句言うなよ〜」
と、言い放つ。
「──入ります!」
アリアンとディーナ、揃って駆け足で湯張り場に向かった。
「……俺も入りてぇ……」
大人しく、ずっと三人のやり取りを聞いていた脱走兵の青年がぼそりと言った。
それを聞いたノーツが青年に近づき、目の前でしゃがむ。
「──何だよ、せめて最後の時は身綺麗にしたいと思うのは当然だろ?」
「処刑は無い」
「……えっ?」
「ディーナが、必死に温情処置を取ってくれって、エリダーにな……。
あんたのお察しの通り、彼は王太子だ。お前の『淵の森』での行動を見て、今まで俺らに話したこと信用してみようと言うことになった」
「──じゃあ、俺……」
「まだ要注意人物で要観察だ。今夜も色々聞きたいことがある。
アリアンとディーナが湯から出たら、俺らも入るぞ」
「ぃいいいいゃやった──!!」
青年の歓喜の雄たけびが村中に響き渡った。
*
「──何? 今の?」
湯に浸かっていたディーナがびくっと身を固まらせ、柵の方に視線をやる。
見えないように布で目張りをしてくれてはいるが、何処かで見えるんじゃないかとひやひやしていた。
「例の脱走兵じゃないか? ──あいつ、自分が捕虜だと言う意識が全く無いな」
アリアンは、忌々しそうに呟くと、編み込みを解いた銀の髪を湯で丁寧に梳かしている。
「アリアンの髪……綺麗……」
埃が落ちた彼女の銀の髪は、焚き木の明かりの中で輝き、金髪の輝きとはまた違った趣を出していた。
「私、金髪か銀髪が良かったなあ。金は妖精に祝福されるし、銀は魔よけになるし……」
──アルフォンス──
私の弟……。あの子も父譲りの見事な金髪だった。お天気が良い時は太陽の光を受けてキラキラ光って……。
金髪の子は妖精に好かれ、容易く妖精に会えたり妖精の国に招かれたりすると言う。
(私ではなく、アルフォンスが生き抜いていてくれたら……もっと簡単に妖精と会えたのに……)
「──ディーナ、後ろ向いて。髪、梳いてあげる」
「──あっ、はい」
突然のアリアンの申し出に、ディーナは素直に後ろを向く。
桶に入れた湯に櫛を浸し、それからディーナの髪にゆっくり櫛を入れ汚れを落としていく。
「栗色の良い髪だよ、ディーナの。ティンタンジェルでは金や銀の髪が喜ばれるけど、他国へ行けば銀の髪は魔女という魔の使い手の証だと嫌う国だってある。
髪の色で、その人の人格や人生まで決めてしまうのは滑稽なことだ」
「うん……。そうよね、ごめんなさい、アリアン。私ずっとあなたに心配ばかりかけてるね」
「気にしていない。──正直言うとね、私、妹欲しかったんだ。だから嬉しくってついお節介してしまって」
「──えっ? アリアン一人っ子じゃ……」
ディーナの髪を梳げる手が止まった。
「例えだよ。私が指揮する騎士団は、私以外皆男だからね」
一気に言うと、再びディーナの髪を梳げ始めた。
「そっか。沢山居るわよね、弟」
「そうそう」
二人は顔を見合わせて笑った。