13】 王家の支配
グガァァァァアアアオオオ──!!
耳がつんざけるのではないかと言う金切り声にディーナが我に返った。
「──えっ? 私……」
当たり前のように側にいる黒浅色の肌の青年と、視線が重なる。
「──あんた?! ウィンダムの? 何で此処に?!」
「正気に戻ったか」
しっかりと自分を抱き締め、ちゃっかり自分の剣を持っている男は先程、トロールの村に置いて来たウィンダムの脱走兵の青年だった。
青年は手際よく枝に縛られている三人を剣で解放させ、特に、木々からディーナを庇った。
「──この大木の支配者……若い娘が特にお気に入りな様だぜ。一太刀浴びて弱ってるが油断ならん」
「──あんた、何で此処にいるのよ?」
ディーナが腹ただしげに青年に言う。
「振り切って追いかけて来たんだよ。言っただろう? この森、普通じゃないって。
死ぬって分かってて放っておけないだろうが!!」
「……逃げたりしたら、自分が殺されるかも知れないのよ?」
「戦士が“死”を恐れてどうする?」
「……」
青年の即答にディーナはグッと、口つぐんだ。
「ディーナ! 下がれ!」
ノーツの厳しい声に反応し彼の後ろに下がった。
見ると、エリダーがマントのブローチに付いていた水晶に念を込めていた。
エリダーの周囲を何か、うっすらと陣のようなものが浮かび上がっている。
「ノーツ、これは……?」
「この樹に巣くっている妖精を呼び出し、支配するんだ」
「──へえ、じゃあ。この坊ちゃんが王太子なわけだ」
青年はヒュウ! とからかう様に口笛を鳴らす。
「……ふん。そんな情報まで握ってるとはね。大した一般兵だな」
アリアンは皮肉たっぷりに言い返し、青年が持っていたディーナの剣を引っ手繰るとディーナに返した。
エリダーは、周囲の会話が耳に入らないらしかった。
ただ、ひたすら呪文を唱えている。
「我が名はエリディルス・ファヴァル。妖精を支配する力の者。
余は汝を束縛し、支配を明確にし命令する。ハイネスの名において、すなわちネワン、バウ、キハ、モーリグー、その他尊き御名──口にしうる名も、口にしえない名をも含めて恩寵と、徳を余は受ける者なり。
この石を証しに汝は知ることなり。汝が温和しくこの石に、危害や危険をもたらすことなく、従順に奉仕し、余の同意とハイネスの名を汚すことなく、その他尊き御名の裁きに合うことなく、静かに余に真実に完全に不正や偽装や欺瞞もなく今後永久に日時を問わず、ありとあらゆる場所に汝を呼べば尽くし服従することを誓え」
呪文の詠唱の終了と共に大木の根元から、地上に這い上がってくる奇妙な雄たけびと醜い顔の黒い小男が出てきた。
顔には深く皺が刻み込まれ、輪郭が分らないほどであり、身体と言えば闇に紛れ込んでしまえばそこに居るとは分からないほどに黒い。
「これは……オーク?」
「──オークでも成れの果てだ。何処かで人間の血肉を覚えたんだろう」
ディーナの問いにノーツが答えた。
「俺ん所じゃ、単純に妖怪と呼んでる奴等だ……」
青年がぼそりと言った。
「エリディルス様、彼奴を支配するおつもりで?」
慰ぶしかげにアリアンがエリダーに尋ねた。
「……結局、この水晶に取り込んでも水晶の『聖』の力に負けて消滅するでしょうね。
だけど、このまま放置するわけにはいかない危険な妖精ですから」
そう答えるとエリダーは、周囲がよく聞き取れない調子の呪文を唱える。
エリダーを囲んでいた陣の紋章が、一瞬で成れの果てのオークを縛りあげ、あっという間にエリダーの水晶の中に吸収されてしまった。
「──あ! 樹が……」
主がいなくなったその大木は、みるみる葉が落ち、黒々と肥えていた幹は萎んでいき細く小さくなり、先程、脱走兵の青年が切りつけた場所からぽっきりと折れ、その寿命を終えた。
周囲を見渡すと、気のせいではなく鬱蒼としながらも枝々から、森の中に太陽の光が差し込んでいる。
「本来の森の姿に戻ったな」
鳥の鳴き声が、耳に懐かしく聞こえる。
四人と青年の顔にようやく笑みが戻った。