12】 淵の森
ウィンダムの脱走兵の青年を、このまま旅に連れて行けないので、トロールの村の留置場に入れ城からの引取りが来るまで預かってもらうことにした。
「それじゃあ頼むよ」
常置している兵士達に青年を引き渡す。
「皆様はこれから何処へ?」
トロールの兵の一人が尋ねる。
「──あの森に用があってね」
ノーツがやや北にある、大きな森を指差す。
その途端、トロールの兵士達と青年の顔が青ざめた。そして
「お言葉を返すようですが……あの森にお出かけになるのは、御止めになった方が宜し
いですよ」
と、慌てて止めた。
「?」
「あそこは『淵の森』と呼ばれていて、人が森の中へ入っていって帰って来た例が無いんです」
「『人食い森』とも呼ばれていて、この辺りに住んでいる者は近付きもしません」
「まさか? ──森に入ったと見せかけて、他の町や村に行ったのでは?
そう言う話はよくある」
アリアンは言う。
「……止めとけよ」
突然、ウィンダムの青年兵が厳しい口調で、割り込んできた。
「こんな遠目から見てもあの森、普通じゃないとすぐに分かったぜ。こっちまで邪気を
飛ばす位の奴が、あの森にいる……」
「お前は〜! 口を挟むな」
と、またノーツにごつかれた。
「信じろよ! 俺はそう言うのが分かる体質なんだよ!! ──おい!」
見えなくなっても、止めるように怒鳴っている青年兵に何故か後ろ髪を引かれつつ、ディーナ達は例の『淵の森』へと馬を走らせた。
*
近くで見ると本当に不気味で、何かを飲み込みたくていつも大きな口を開いて待ち構えている
──そんな森だった。
「……妖精がいる森の感じと随分違うね……」
ディーナの言葉に一同頷く。
「稀に妖精樹を守る為に、森全体が変体することがあるらしいから。それに賭けてみましょう」
エリダーの意見に従って、森の中に入ることにした。
*
森の中に入ってみると、日は全く入らず、まるで暗闇の中を彷徨っているに錯覚する。
仕方なく松明に火を付け、歩く。
日頃、人が入らないと言うのは本当らしく、道が全く無い。
「獣道まで無いとはな……動物も入らないと見える。──この森、見当違いではないか?」
獣は危険を察しやすい。その獣達が生息している気配が少しも無い。
「森が妖精樹を守って変体しているのではなくて──森自体が何かの影響で悪質化してい
るってことか?」
「……一刻も早く出た方が良いな」
あらかじめ、アリアンが目印を付けておいた赤い糸を手繰りながら引き返す。
しかし、歩けど歩けどなかなか外へ出れない。
それどころか、赤い糸を結んだ枝の木自体が見付からなくなっていた。
「──どういうことだ?」
一同固まって、周囲を見渡してみる。
「……ねえ、わたし、ずっと気になっていた音があるの」
珍しくずっと黙り、皆の後を付いて来たディーナが口を開いた。
「音?」
「……獣一匹いない、森の中に私達しかいないはずなのに、私達が歩くと何かが素早く
地を這う音がするの。
それで、私達が止まると止まる。
それにその時、決まって揺れる木々があるのよ。風も通らない森なのに……」
「……地を這うような音……」
四人、各四方の地面に視線を向けて歩いて見る。
「──?! この森の木々は動いてます!!」
一番早く気付いたのはエリダーだった。
土深く張り巡らされているはずの根は、地上に出てまるで蛇のようにクネクネと人の
動きに合わせて左右に素早く動き回っている。
四人に気付かれたのが分かったのか、もう視線に気にすることもなく、大木とは思えな
い早い動きで左右に避け、真っ直ぐな道を作り出した。
その真っ直ぐな道の先には、ポツンと立つ一本の大木がそびえ立っている。
「妖精樹……?」
どっしりと構える太く大きな幹。大きく枝を広げるその様子は、妖精達の扉として使われてもおかしくない程の風格だ。
「しかし……」
エリダーの表情は厳しい。
高貴さが全く感じられないのだ。それどころか、禍々しく樹全体が黒い……。
「ディーナ? どうした?」
「……」
ディーナからの返事が無い。
下手な人形師に操られている人形のように、滑稽な歩き方をしてその大木に近付いていく。
「ディーナ!?」
エリダーがディーナの肩を掴み制止させようとしたが、逆に突き飛ばされた。
「……私の血と肉……。『この方』の飢えと乾きの為に……捧ぐ……」
夢を見ているかのような、眠っているかのような、宙を浮く視線。
「操り──!」
素早くノーツとアリアンは剣を抜いたが、それより早く、周囲の木々達が生き物のよ
うに剣を奪い、エリダーを含め枝にがんじがらめにされた。
「平気よ……すぐに1つになれるって……私達……。」
不可解なディーナの言葉と共に、その黒い大木は本性を表したのか、幹が口のように
バックリと割れた。
次の瞬間だった──。
「借りるぜ!」
何処から来たのか、疾風のようにディーナの剣を取るや否や、大木の幹の口を切り裂いた。