10】 ウィンダムの兵士
時間が無いことを考慮して、日が沈まないうちに次の妖精樹の場所まで行こうと、老婆の家から早々に失礼して、グルバの街を後にした。
「暗くなる前に次の妖精樹の近くの村、トロールに着こう」
──できるだけ多くの妖精樹を見つけ、女王ドーンにつながる樹を見つけないと──
馬を操る手綱に力が入る。
「あの森を抜けた方が近いな。行こう!」
ノーツの意見に賛同し、森の中を駆け抜ける。
丁度、中間地点を抜けた辺りだろうか?
「──うっ!?」
一番後ろを走っていたアリアンの短い叫び声に一同、ぎょっとして馬を止め素早く剣を抜く。
そこにはアリアンが乗っていた愛馬がいるだけで、彼女の姿が無い。
「──そこ!!」
歩道からそれた雑木の場所が激しく揺れていた。
「アリアン!」
草木を分けてアリアンの顔が覗く。
「──平気だ! ほら、歩け!!」
茂みからアリアンと、彼女に腕を押さえられ、咽喉元を剣で押し付けられた男が出てきた。
アリアンの銀髪は彼女だと分かるが、押さえられている男の顔は暗くてよく見えない。
「上から襲われた。私を振り落として馬を奪うつもりだったのだろう──手練だな」
「ちっ! 腹が減って怪我を負っていなけりゃ……」
暗くなってきたので、エリダーが松明に火を付け男の顔に近づける。
「──!? ぅうう……!」
ディーナの顔がみるみる青冷め、身体が震え始めた。
暗く濃い黒髪。
黒浅色の肌に、異国的な顔立ちの青年──。
「お前は! ウィンダムの兵士!!」
「──えっ!?」
「ディーナ!!」
振り上げたディーナの剣をノーツが叩き落した。
「馬鹿! アリアンも一緒に切るつもりか!!」
「ぅっ、うう……! ソラヤの人達を返せ!!」
頭に血が上っていて、ディーナの耳にノーツの言葉が入らないようだ。
血に飢えた獣のように青年に襲い掛かる。
だが、素早くアリアンは避けたので、地面に転がったのは青年とディーナの二人であった。
ディーナは素早く青年に馬乗りになり首を締めた。
「ディーナ? 止めなさい!」
アリアンが懸命に気の荒立つディーナを青年から離す。
「──さて」
エリダーとノーツ二人、剣の刃を青年の首元と背中に突きつけ、エリダーが言い放つ。
「貴方のお陰で今日は此処で野宿です。時間もたっぷりあることですし、貴方の身の上話を聞
かせてもらいましょうか」
と、柔らかな物言いではあるが、逆らうことができない凄みのある気迫でエリダーは青年に言い放つ。
青年は、力が抜けていくような溜息を付くと
「……飯、食わしてくれる? 腹減ったまま死にたく無いしさ」
と言った。
*
野宿とは言え森の狭い道で火を取る訳にはいかず、とにかく森を抜けた小広い野原で野営を組むことになった。
赤々と燃える焚き火に、グルバで汲んだ水を入れた鍋が沸騰してきた。
アリアンがそれに非常用の固形スープを入れ、溶けたのを確認すると木の椀によそり、パンと一緒に一人一人に手渡す。
既に青年は干し肉にがっついていて、渡されたスープも熱さなど構わずに一気に飲み干した。
ディーナは、火から少し離れた場所の木に寄りかかりそっぽを向いていた。
アリアンがスープとパンをディーナに渡そうと目の前に差し出したが、ディーナはそれをちらりと見ただけで首を横に振った。
それを見ていた青年が
「あっ、いらないなら頂戴」
と、くれくれと、手の平を揺らす。
「お前は要求できる立場か?!」
図々しい態度にノーツは呆れながら、青年の頭をごついだ。
青年は、パンを頬張りながらディーナの後ろ姿と剣を交互に見て「あっ」と声を上げた。
「──俺に馬乗りになった、その嬢ちゃん? ソラヤで俺が取り逃がした娘じゃん?!」
手足を縛られ不自由な身体で、それでも器用に跳ねながらディーナに近付こうとする青年を
「今度は俺が馬乗りしてやるよ」
と、ノーツが乗っかる。
ゆっくりとディーナは青年に近寄ると、無表情で話しかけた。
「……それで? 取り逃したから此処で私を殺すつもり? 島の人達を全員殺しといて、まだ殺し足りないの?」
「こっちはこっちの事情があったんだよ。好きでやってる奴なんて極少数だ」
「じゃあ、あんたは好きでやってる極少数に中に入るわね」
「──はっ! 口の減らない娘っこだぜ。教えてやらあ、ソラヤ襲撃で島に降りた兵士等はな、任務完全遂行しなっかったと言う理由で、全員処刑さ!!」
「……えっ……?」
これにはディーナだけではなく、エリダー、ノーツ、アリアンも絶句し、暫し言葉が出なかった。
「“ソラヤ島の民は皆殺しせよ”が上からの命令だ。
──ところがだ、一人。たった一人! てめえが逃げたせいで全員処刑さ」
「……嘘! だったら何であんたは此処にいるのよ!」
「嬢ちゃんと一緒だよ。命からがら逃げ延びたのさ。……まあ、手助けもあったけどな。
ほら、嬢ちゃんが足を切った兵士、覚えているかい? あの後、手当てはしたんだが足は使いもんにならなくなっちまった。
『両足、使えないんじゃあ国で待っている許婚が不憫だから……。処刑の方が気が楽です。
──でも、最後くらいは良いことしたい』
ってな、不自由な身体で剣の盾になって俺を逃がしてくれた……」
焚き火の明かりが青年の瞳に映り、それが風のように揺れた。
「……嘘よ……」
確かにあの時、怒りに任せて足を切った兵士がいた。
その人に国で待っている許婚がいた?
私一人が逃げ延びた為に、島に降りたウィンダムの兵士達が全員処刑?
「──おい! でまかせを言うな! 大方、侵入捜査か何かでティンタンジェルにいるんだろが!!」
ノーツが青年の首根を掴み罵倒する。
「信じる信じないはあんたらの勝手。
あの時、剣を交えた時に嬢ちゃんに言ったぜ? こっちはこっちの事情がある。
とどのつまりは『生きたきゃ殺せ』さ」
「……ウィンダムの指導者は、皆そうなのか?」
アリアンが尋ねる。
「上の奴等のことなど、どう考えてるなんて知らん。……ただ、ソラヤに乗り込んだ兵士の殆どは逆らうことは許されない“国の手足になって働け”と、幼い頃から言われ続けた者達だ。
良いとか悪いとか個人が考えることは国が一つにならない、意思に反する──だから、国の命に遂行できなかった者達は万死に値する。……皆、大人しく当たり前のように処刑された……いかれてる!!」
最後、青年は吐き捨てるように言い放った。
縛られている手首が震えていた。必死に怒りを抑えているのが見ていて分かった。
エリダーが、いつもの静かな口調で青年に聞く。
「──貴方達が信じ、信仰する者の考えだと捉えても間違いありませんか?」
「……さあな……。俺の母親が言うにゃあ、以前は教皇も穏やかだったと言ってるがな。
第一、俺はそんなもん信仰しとらん」
青年はそう言うと、拗ねたようにそっぽを向き黙ってしまった。