1】 御触れ
──ここに一つの世界があった──
大小の大陸と島があり、それを海が路を結んでいた。
各大陸と各島々へ行き交う手段は船でしかなく、遠い大陸へ目指すのに船を乗り継いで
何ヶ月もかけなくてはならなかった。
各大陸、各島も、それぞれ、出来あっがた風習、生活、宗教があり、誰もが゛自分達の価値
感″を信じ、揺らぐ事無く生活していた。
*
「アルフォンス! 早く!! 船が出ちゃう!!」
スカートをたくし上げ、軽やかに走る少女は時々、止まりながら、ゼイゼイ言いながら決して
早いと言えない走りで、後ろから来る金髪の男の子にしきりに檄を飛ばす。
「ディーナお姉ちゃん、待ってよ〜」
「ん、もう!」
ディーナと呼ばれた少女は、男の子の側まで一旦戻ると素早く手を取り、引きずる様に男の子
を連れて行く。
「お姉ちゃん、そんなに急がなくても大丈夫だよ〜。
船頭のジョンさんは、僕らが毎日乗るの知ってるんだから〜。待っててくれるよぉ〜」
「今日は、昨日の試験の結果が学校に張り出されるの知ってるでしょ?
エリダーより早く見たいの!!」
「……エリダー兄ちゃんも、とんでもなく負けず嫌いの同期生でやりずらいだろうなぁ……」
アルフォンスはその負けず嫌いの姉、ディーナに聞こえないよう、そっと溜息を付いた……。
ディーナとアルフォンスが住んでいる村は、ティンタンジェルと言う大きな王国そのものが大陸名となっている、すぐ側にあるソラヤ島にある。
泳ぎの得意なものだったら、遠泳と洒落込んで行ける距離だ。
ただ、小さい島ゆえに学校が無く、有志が集まって子供達に勉強を教えていた。
それだけでは不十分だと思えば、ティンタンジェル王国の王立学校へ通わせる。
ディーナとアルフォンスの父、アルクは、そう思い通わせている数少ない親の一人だった。
そんな父の期待に応えようとしているのか、それとも父の見立て通りの子供達だったのか、ディーナとアルフォンスは姉弟揃って成績は良く、特にディーナは城内で勤務する騎士の子や、城下街で暮らす貴族の子を押しのけて上位に名を上げていた。
「……ただ、一人を除いてね……」
何とか間に合った乗り合い船で一人呟くディーナだった。
ティンタンジェルの港に着くや否や、ディーナは、
「ありがと、ジョン小父さん!」
ジョンの手の平に二人分の船賃を渡し、船から飛び降りて走り去ってしまった。
「──今日は、いつもより一層元気だなぁ、姉ちゃん。 なあ、アルフォンス」
「じゃじゃ馬と、はっきり言っても構わないですよ。ジョンさん」
「着飾って大人しくしてれば、貴族の嬢ちゃんに負けないベッピンさんなのになあぁ……」
ジョンは残念そうに溜息を付いた。
*
王立学校は、ディーナ達がいつも利用している一番大きな港に程近い場所に、広大に建てられていた。
そこに王の親族を始め、貴族、商工関係、一般家庭の子供達が、多種多様の学問を学びに来る。
毎日通うには遠すぎるという子の為に、寄宿棟もあり、
才があるのに家庭経済の事情で通えない子の為に学資救済制度があったりと、推進的な政策を整えていた。
“将来の国と民衆の為の政策”
ティンタンジェル国王、フォークロアーの民政の一つである。
それが見事に功を成した一つが王立学校であった。
ディーナは、その王立学校の開いている大きな鉄製の門の下を軽やかな走りでくぐったが、真っ直ぐ続いている煉瓦の道に差し掛かると、さすがに息が上がって歩き出した。
初秋の風が、ディーナの焦げ茶色の長く柔らかな髪を撫でながら通り過ぎていく。
中庭に設置されている給水場で喉を潤す。
「ディーナぁ、お早う!」
中庭の木立でたむろっていた少女達が、ディーナに気付いて近寄ってきた。
「お早う! サラ、リリス、クレア──何を読んでいたの?」
「あっ、そうそう! ──これ、王宮のメイドの募集よ。
今日は何と! エリディルス王太子のメイドですって! これに受かれば、王太子様を間近に拝見出来るのよ!!」
サラが興奮のあまり、まるで自分が採用されたかのように身体をくるくると回して踊りだす。
「ねぇねぇディーナ、あなた受けてみたら?」
「王宮で働くのも学歴が必要ですもの、あなただったら成績優秀だから直ぐに採用よ」
リリスもクレアも騒ぎ出す。
「う〜ん……。 私がなりたいのはメイドじゃあないもの」
「──じゃあ、何?」
サラが噛み付くように突っかかる。
リリスもクレアも自分じゃ無くディーナに“メイド募集”の求人を勧めたのが気に入らなかったらしい。
「──私、アリアン様のような騎士か王宮付学者になりたいの!!」
「……アリアン様か……」
「……まっ、夢は大きく持った方が良いけどね……」
目を輝かして語るディーナを横目に、サラ、リリスとクレアはそっと呟く。
──王立直属騎士団──
七つの騎士団から構成されていて、その内の一つの騎士団を任されている女性がいた。
アリアン=マハ
豹のように素早い動き、しなやかな体躯、漆黒の肌をまるで守るようにまとわる銀の髪。
その美しさと強さを称え皆、こう呼んでいる。
──銀髪の戦乙女───
自分の後ろから笑いを堪えている声が聞こえ、ディーナは夢心地からハッと覚め、いつの間に後ろにいる一人の少年と一人の青年を睨み付けた。
「何か用? エリダーにノーツ」
「お早う、ディーナ、サラ、リリス、クレア」
にこやかに笑う少年──エリダー。
癖が無く、真っ直ぐに落ちる金髪を後ろで一つに結わいて、背筋良く立つその姿は何処か気品に溢れている。
そして、その横でまだくすくす笑っている背の高い茶髪の青年──ノーツ。
「ノーツ! ──何か私に言いたいことあるみたいね?」
「いや〜、アリアン様か〜。うんうん!自分に無いものを求める気持ち、分かるなぁ。
あの方の上品さと気高さ! ディーナには無いからねぇ〜」
ノーツの顔に教科書が飛んできた。
「──あっ、そう言えばディーナ、昨日の試験の結果の順位を見てきましたか?」
慌ててエリダーはノーツの前に立ち塞がり、話を逸らした。
「──忘れてた! その為に走ってきたのに」
「僕もまだなんです、一緒に見に行きましょう」
サラ、リリス、クレアに「じゃあ、また」と声をかけ、エリダーとノーツと一緒に校舎の中に入って行った。
三人を見送ったクレアが溜息を付いた。
「どうしたの?」
「羨ましいなぁ、ディーナ……。
私、ノーツさんに憧れてるのに〜」
「そう言えばノーツさんって、日ごろは寡黙でジッとエリダーの側にいるよね。
あんなに毒舌吐くのディーナにだけじゃない?」
「毒舌でも良い〜」
悶絶するクレアの隣でサラが、
「……上品と気高さは無いといっても、騎士になる才能は無いと言ってないんだよね、ノーツ
さん……」
ボソッと呟いた。
*
夕方
西に沈んでいこうとする太陽を険しい視線で見、エリダーは学校の西棟にある競技場へ向かった。
数ある競技場の1つから、鋼と鋼がぶつかりある音がする。
覗くと丁度中央で、ディーナとノーツが剣の練習をしていた。
顔を横に向けると、出入り口付近でアルフォンスがちょこんと座って、本に読みふっけている。
ディーナは、もう大分前からノーツから剣の指南をしてもらっている。
動体視力が優れているのだろう──それに運動神経の良さが加わって、ディーナの剣の
上達はなかなか早かった。
エリダーは脇に立てかけてある長剣を取ると、素早くディーナとノーツの間に入る。
「──!?」
カ─────ン
ディーナの剣が宙を飛び、床に転げ落ちた。
練習用の剣には刃が無い。
故に床に刺さる事がないのだ。
エリダーの剣を受けたのはノーツだ。
「ディーナ、戦は一対一ではありません。集中しすぎて周りを見失わないように」
「……分かった」
荒い息を整えながら、ディーナは落ちた剣を拾いに行った。
その隙にエリダーは、スッとノーツの耳元に囁く。
「ノーツ……夕焼けが酷く赤い。 海の色もだ……」
「──クロ・マラー(海牛)が暴れているようで?」
「人魚が泣いているのかも知れない……。 ──どのみち、不吉な事が起きる前兆だ」
キョトンと、二人のひそひそ話しを見ているディーナにエリダーは
「今日はこれで終わり、港まで送っていきますよ」
にっこり笑って促した。
*
「お姉ちゃん……」
「何?」
エリダーが操る馬の後ろにアルフォンス。
ノーツの方にはディーナ。
「試験の結果、また負けたんでしょ?」
帰りはいつもエリダーとノーツに馬に乗せてもらっている。
いつもは
エリダーの後ろにディーナ
ノーツの後ろにアルフォンス──なのだが、時々それが逆になる。
「『また』とは何よ!」
「薬学と文学はディーナの方が上でしたよ」
「自分が負けたエリダーに言われたくない」
苦笑いするエリダーに「イッ」と舌を出し、プイッと海の方を向いてハッとした。
「──海が赤い……」
いつもの夕日に染まっている海の色では無い。
人の血のような赤さだ。
(こんな海の色、見るの初めて……)
身体の奥底から暗雲のように立ち込めてくる不安に、ノーツに掴る手に力がこもる。
「ディーナ、今日午後付けで鍛冶屋は武器を中心に至急、大量に造る様に勅令が出た」
何かを察するかのように、ノーツが口を開いた。
「お姉ちゃん……お父さん……」
「うん……」
(戦争が始まるの? ティンタンジェル内で?)
「西から大きな勢力が迫ってきているらしい。
──備えだけはきちんとしとかんと──が、王のお考えなのだろう」
赤い海にポツリと浮かぶ黒い島。
そこは、自分が生れ育ったソラヤ島。
(何か島で良くない事が起きるの……?)
拭いきれない不安が頭から離れなかった……。
*
自宅に戻ると、いつもは終わっている鉄を叩く音が父、アルクの仕事場から聞こえている。
「父さん、ただいま」
ディーナの声に手を止め、微笑むアルク。
鍛冶場は女人禁制なので、ディーナは中に入れない。
「勅令があったって聞いた……。暫くは夜遅くまで仕事?」
「ああ、そう言う事になるな……。
──さっ、もう家に入って母さんの手伝いをしておいで、夕飯は一緒に食べよう」
「はい」
いつもの優しい父に安堵し、小走りに家の中に入っていった。
*
朝、ディーナとアルフォンスが学校に行く為に家を出ると、既に鍛冶場からリズムよく叩く音が聞こえていた。
「──ディーナ、アルフォンス」
家の中からエプロンで手を拭いながら母、メーラが出て来る。
「何? お母さん」
「……学校が終わってから毎日居残って勉強するのは熱心で感心するけど、今日は早く帰っ
て来ておくれ……。
海の色がおかしいと、猟師達が昨日から騒いでいるのよ」
「──うん、分かった。暫くは早く帰ってくる、何かあったら直ぐ戻ってくるわ」
エプロンの裾を握り、俯き加減で喋る心配性の母を安心させるよう、しっかりとした口調でディーナは応えた。
昨夜から笑顔を見せなかった母メーラは、ようやくいつもの笑顔を見せてくれた。
*
学校に着くと、エリダーとノーツは休みだった。
(あの二人って休む時も一緒ね)
しばらく剣の稽古が出来ない事を伝えたかったのだけど仕方ない。
(そう言えば……あの二人の家庭情況、全く知らないなぁ)
聞くと何となくはぐらかされるし……。
エリダーとノーツは血縁関係でも何でもないのに、いつも一緒だし……。
同期生で八歳からいつも顔を合わせているけど……。
(私のように民衆ではない事は確かよね、今度会ったら絶対聞き出してやる)
学校の帰り道
アルフォンスと港に向かって歩いていると
「ディーナァ! アルフォンス!」
後ろから嬉しそうに自分を呼ぶ声がして振り返る。
リリスがおさげを左右に振り、駆け寄ってきた。
「2人とも、今日は帰りが早いのね。──何処か寄ってくの?」
「ううん、当分は学校が終わったら真っ直ぐ帰るわ」
「じゃあ、暫く一緒に帰りましょうよ、2人とも、居残り勉強するように様になってから、同じ島に住んでるのにちーっとも会わなくなっちゃって、私一人寂しく帰ってるのよ」
プーと頬を膨らませリリスは抗議する。
「勉強は勉強でもね? お姉ちゃん」
「し──!!」
アルフォンスの笑いを含んだ謎掛けにディーナは慌てて人差し指を口元に立てた。
剣の指南は、友人には勿論、親にも内緒にしている。
講義は半分必修、半分選択制なのだが、母メーラの猛反対を受けて剣や弓矢などの武道の講義は選択できなく、意に反して裁縫、礼儀作法などの花嫁修業系になってしまったのだ。
(せめて剣だけでも……)
仕方なくエリダーとノーツに頼み込んで、毎日付き合ってもらっていたのだ。
──剣の指南してもらってるなんてリリス達に知れたら、絶対母さんの耳に入っちゃう
もの──
「──?」
リリスは2人のやり取りを見て、不思議そうに首を傾げた。