はじまり
海はいつも、変わらず波打つ。
一時も、止まることを知らない。
僕はあの頃、世界のほとんどが嫌いだったように思う。青い空、蝉の声、踏切の音、長い髪、クリーニング屋の洗剤の匂い。それから、僕と、君。
嫌いなものを一つずつ数えては、唾と一緒に吐き出した。
自分の中から出たそれは、キラキラと輝いていて、なぜだかそれは、嫌いじゃなかった。
やる気の出ない、コンビニのバイト。外国人学生がカタコトの日本語で言う。
「コレドウスルノ?」
思わず舌打ちをしそうになって、ギリギリのところでとどまった。踏み止まって、丁寧に教えてやった。
「アア、ソウカ。」
ありがとうも言えねえのか。そんな言葉を頭の中で怒鳴り散らし、僕は自分の仕事に戻った。
「あの頃荒れてたもんね〜翔。」
背伸びをしながら僕の昔話を他人事のように言う。
すっかり伸びてしまったその髪は、海風に揺られていた。ひどく、似合っていなかった。
僕にとって、彼女が深く関わっているとしても、彼女にとっては、本当に他人事なのだろう。彼女とはきっと今日を最後にもう会うことはない。
「いろいろごめんね。ありがとっ…」
彼女の、そんな弱気な言葉は、聞きたくなかった。いい終わる前に唇を塞いだ。彼女を、忘れないように。何度も何度も今までのキスを思い出しながら、その感触を味わった。彼女の舌が僕を受け入れる。彼女の髪が僕の頬に触れる。もう片方の頬には、涙が伝う。ああ、嫌だ。長い髪は、やっぱり、嫌いだ。