真っ白な幻影
かたつむりのようだね。年端のいかない女の子が公園で泣いていた男を指さし、けたけたと笑って言った。
小さく丸めて震えていた体を止め、男は恐る恐る声がした方を振り向くと、また女の子は何が面白いのかまたけたけたと笑った。
おもしろい、おもしろい。
隣に保護者はおらず、しかし迷子という風にも見えない。ただただ、そこにいて、男を嘲笑うかの如くけたけたと笑う。
笑われても良い。男はそう思い、一層身体を丸めて震え始めた。
なんで泣いてるの?
女の子はいつの間にか男の前に立ち、表情を一切崩さないまま訪ねた。
「悲しいからだよ」
声を絞り込むように吐き出した言葉に、他意はない。本当に男は悲しいから泣いているのだ。公園で、カタツムリのように丸まって。
女の子は男の回答にけたけた笑って復唱した。かなしいから、かなしいから、と。何がそんなに面白いのか。
男は女の子を無視して泣き続けた。
かなしいから、かなしいから。なんでかなしいの? ねえねえ、なんでかなしいの?
女の子の問いに男は一瞬言葉が詰まる。
「それは……」
わたしもかなしい? わたしもかなしいの?
女の子の言葉に「そうだね……」と男は答えると、男はまた黙り込んだ。
なにそれ? なにそれ? 男がしばらく黙っていると、背中から女の子の声が聞こえた。
女の子の問いかけに覚えは一つしかない。
「これは、薬だよ」
地面に散乱した薬。小さい袋に入った薬に、男は笑って言った。
「おれが、またわらえるようになる薬」
震えた声。絞り出した声に女の子は小首を傾げる。それを見て少し言葉足らずだったことに気づき苦笑する。そして言葉を継ぎたそうとして、
「――――――」
出なかった。
否、声は出したはずだった。しかしそれが本当に出ていたのか、わからない。
わらって、わらって。きゃははっ。
ふときづけば、まわりのおとがなにもきこえない。
わらって、わらって。わらってわらって、わらってよわらってよもっともっともっともっともっともっとわらってよ。
くるくるとゆっくり回転する女の子。縦に回転する女の子。
ああ、ああ。
狂った、と。男はどこか遠い世界の出来事かのように思う。
遠くで女の子の声が響く。その女の子がくるくると小さく回り、徐々に収束する。と同時に男の世界がゆがみ始めた。
そして、男のすべては真っ白になって失われた。
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