★1分で読める短篇小説『未来から来たウルトラ母さん』
1分で読める短編小説です。不定期で更新しています。
母は自分を「ウルトラの母」と呼んだ。そして私は、ウルトラの母の娘のぞみ(16歳)だ。午後11時、勉強を終えて1階に下りていくと、母は明日の朝食のパンを丸めていた。
「お母さんはウルトラの母だから、ホームベーカリーなんか要らないの」
母は、パンもヨーグルト酵母から作るウルトラ主婦だった。味噌も醤油もオーガニック大豆から拘った手作り。最近はプランターで野菜作りも始めた。
勉強の後、母が料理している横で、いろんなことを話すのが日課だった。私と母は何でも話した。だから、母は自分の不思議な力のことも教えてくれた。
母は、平凡な主婦に見えて、実はタイムスリップというすごい力を持っているのだ。昔は大手新聞社の敏腕記者で、未来を行っては、数々のスクープをモノにしていた。我が家は、タイムトラベラーの家系で、その不思議な力は女性だけに遺伝され、秘密は固く守られているのだそうだ。
「俊子おばさんがおじさんと結婚したのは、おじさんが将来、事業で大成功するって知っていたからなのよ」
確かに華やかな俊子おばさんが地味でパッとしないおじさんと結婚したのは不思議だった。「きっと財産があるのよ」親戚はそう噂していたが、そういう確実な情報があったとは。
母も叔母もタイムスリップを利用して人生を楽しむつもりだった。しかし、ある時、母は突然会社を辞め、結婚して家庭に収まってしまった。未来の世界で、人生観がガラリと変わるある事件を目撃したのだ。そして私が生まれ、母は家庭を守るウルトラの母に変身したのだった。
◇
ウルトラの母と名乗る通り、母は主婦業を完璧に熟した。母は私に家事を教えた。しかし、私が知りたいのは母が見たという未来だった。
「お母さんが見た大事件て何?」
そう聞く度に、母はきっぱりとこう言った。
「未来なんて、知らない方がいいの」
母の家系なら私にも同じ力があるはずだけど、母は私にはタイムスリップを教えなかった。
「のぞみは、【その日】が来てもいいように、しっかり準備しておいてもらいたいの。そのために料理を教えているんだからね」。
確かに母の教育方針は他の親とは違っていた。勉強しろと言う代わりに「自分で料理して食べなさい」が口癖だった。
「ねえ、その日っていつ?」
「来たら分かるから大丈夫」
母の料理は、カリスマ主婦がブログに載せるようなおしゃれさはゼロで、家電や市販の食材を使わず、食材や節約を重視していた。カレーも玉ねぎを炒め、トマトを煮詰めるところから。味噌や醤油だけでなく、バターや豆腐も。ワインを作ろうとして、何度も失敗して材料を無駄にしたっけ。
「パンはね、冬は酵母の発酵がゆっくりだから、夜、生地をまるめておくの。朝起きた時、二次発酵が終わっているから、15分後にパンが焼き上がる。焼きたてより、少し時間が経ってからの方がおいしいから、お父さんが起きてくる時間に食べ頃になるという段取りなのよ」
「こんな面倒臭いこと、何でやらなくちゃいけないの?勉強だってあるのに」
文句を言っても完全にスルーされた。
「きちんとしたものをしっかり食べること。勉強が出来たって、食べてなければ生き残れないんだから」
◇
しかし、私は母の見た未来がどうしても気になった。高校1年生が終わりに近づき、母の態度から、【その日】が近づいてような気がした。母は、私が最近、知り合った他校の男子の名前をなぜか知っている。
「ねえ、お母さん、未来って変わるの?」
私は思い切って聞いた。
「未来に行って見たことを記事にするということは、過去を変えるということだよね。過去が変われば、未来も変わるよね?」
「変わらないわよ」
あまりの即答に私はずっこけた。母はきっぱりした口調で続けた。
「未来は変えられないのよ。でもひとつ方法があるのよ。」
「何なに?」
「ふふふ、自分を変えることよ」
私はがっくりした。母は構わずに続けた。
「例えば、のぞみが卓也君とデートの約束をしたとする。でも、約束の日、大雪が降ったら、予定はキャンセルになるよね。でも、もしのぞみがウルトラマンみたいに空を飛べたら、大雪でも平気でしょ?」
「お母さん、自分を変えても空を飛ぶのは無理よ」
そう言いながら内心ドキっとした。卓也と私は本当に会う約束をしていたから。3月は受験シーズンだから、高校は休みが多いのだ。
デートの日は快晴だった。母は朝から何となく変だった。もしかして、やっぱりそう?
玄関で靴を履いていると、母が後ろから抱き付いてきた。
「ウルトラの母は、のぞみが大好きだからね」
これで分かった。お母さんが見た未来って、今日のことだったんだ。私、卓也君と結婚するんだ。だから料理を教えられたんだ。
私は足早に待ち合わせ場所に向かった。お母さんが見た【未来】がやって来た。今日は、2011年3月11日、金曜日だ。